選ばれたのはケモナーでした

竹端景

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第七章 ケモナーと精霊の血脈

顔みせと手紙

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 翌日、班全員が集まって課題をすることになった。
 空いている教室を借りるのならばとクランで使っている教室を解放した。
 担当である俺がいれば誰も文句はいわない。それにケルンから俺が離れるのは、誘拐事件の後からほんどない。

 給仕係りとして教室の隅で待機しているミルディの横で、俺も原稿とかの作業でもしてようかと思ったが今後のことを考えて、顔合わせもかねて、挨拶だけ俺も参加させてもらう。

「よ、よろしくお願いします!」

 頭を下げたクラリスちゃんは銀髪に赤紫色の瞳をもった女の子だ。
 かなり珍しいから目立ちそうなんだが、芸術系でもケルンとは違って音楽系とかしかとっていないらしく、必修以外では顔を合わせたことはない。必修も杖とか魔法関連が数回あっただけだから、ほとんど初対面といえるだろう。

「よろしくね!」
「よろしく…俺たち以外は顔見知りってとこか?」

 クラリスちゃんは俺たちをちらちらと見ては目をそらすを繰り返している。人見知りってのは本当らしい。
 というか、俺に若干怯えてね?大人の男がだめとかいう感じだろうか?

 このメンバーの中で俺たちだけが、浮いている気がする。

 俺とケルンが挨拶をする中で他のメンバーは見知った人間だという雰囲気があるし、昨日、マティ君がいっていたことから察せられた。
 メリアちゃんはわざわざ昨日顔合わせのセッティングのために話していたようだし、それは俺たちのためってことなんだろう。

「ケルン様はいらっしたことはなかったですが、王城に建国貴族の子息を招いてお茶会をすることがあるんです」
「お茶会…」

 おっとケルンが前に誘われたお茶会のやつか。父様が断って喧嘩になったやつだからあんまり思い出してくれない方がいい。
 話をそらすにしても…何かいいネタは…あ、そうだ。

「みんなは仲がいいのかな?ケルンも仲良くなれるかな?」

 どれだけ仲がいいのかはわからないが、少なくてもケルンをのけ者にしようとはしない子たちだ。仲間にいれてやってくんねぇかと聞いてみると、マティ君がにやぁっとして笑う。

「俺やミケはんらはそないにちゃうかな?まぁ、アシュはもっと深い関係やで?」
「深い?」

 子供なのに深い関係…き、貴族ってそういうのも早いのか!だ、だめだぞ!ケルンには早すぎる!そ、そういうのは、もっと大きくなって、せ、責任を…はっ!アシュ君ってもしや俺よりも先に!

 冷や汗をだばだば出そうな錯覚で思考が加速して行く中でマティ君がさらっといった。

「婚約者候補の一人やからな」
「そうなの?」

 ずっこけそうになった。
 そりゃそうだよな。ケルンと同じ歳なんだもんな。

 表情がなくてよかった。ただ黙っているだけになるからな。棒人間の体ってこういうときに便利だ。

 ケルンがびっくりしてアシュ君に聞いているが、婚約者候補ってのは確かに驚くことだ。だってまだ七歳とかそこらへんだろ?早くね?

 そんな風にケルンと二人で思っていたら、アシュ君が呆れたようにいう。

「驚くことはないだろ。建国貴族ともなれば婚約者かその候補くらい複数人誰でもいる。マティもいるぞ」
「候補だけやけどなー。二十人くらいちゃうか?」
「また増えたのか…」
「アシュは十人ちょいやろ?めんどうやな」

 マティ君もいるのか。ってか、二十人つまて多いな!アシュ君は十人ちょいとか…まぁ、候補者であって全員とか結婚する訳じゃないから変ではないか。

 確かに建国貴族であるなら婚約者候補ぐらいいてもおかしくはないな。同じくらいの家の格を考えれば建国貴族である方が無難だろうし。
 ケルンには今のとこミルディぐらいか?本人の希望としてはメリアちゃんと、何でかミケ君まで入ってるけど。

 でも、婚約者候補の子と班って運命的だな。
 って思った矢先だった。

「それに候補止まりだ。将来的にもクラリスとは婚約者にはなれない」
「そうなのか?」
「どうして?」

 アシュ君が否定する。表情に変化はなく、何も気にしていないようだ。
 クラリスちゃんをみてもまったく変化はない。

 お互いまったく気にしてないってことは、甘酸っぱい関係とかは発生しなかったようだ…ん?一瞬、クラリスちゃんの表情がなくなったように、思ったが気のせいか。困ったようにおどおどしたままだ。

「それはですね」
「家の事情でな…お互いの家のな」

 クラリスちゃんが話そうとしたのを遮ってアシュ君が話を切る。
 触れさせないってことは家庭の事情が重いってことか。

 それからしばらくは打ち解けるために会話を楽しんだ。
 俺は黙って時折やってくる質問なんかに答えたり、ケルンからの同意に返事をしたりで子供たちの交流を見守っていた。

 ケルンに友達が増えるならとても喜ばしいことだからな。
 ミルディがいれてくれた全員に紅茶を配る中で俺は緑茶をすすっていた。

「失礼ですが…エフデ様のことは聞いたことがなかったのです…今までどこにいらしたのでしょうか?」

 クラリスちゃんからこの体になってから何度も色んな人に聞かれてきたことをいわれる。

「産まれたときから体が悪くてな。今はだいぶよくなって、こうして活動させてもらっている」
「お兄ちゃんね、人里はなれたじんがいまきょー?にいるんだよ」
「惜しい。人外魔境だと死ぬ。人里離れた秘境な」
「全然惜しくないやんか!」

 マティ君のつっこみはなかなかいいな。右手の位置がプロみたいだ。

「秘境ですか…どちらにおられるんですか?」
「すまないが答えられない。精霊様から内緒にするようにっていわれているんだ」

 クラリスちゃんが興味を持ってくれたのはいいが、俺の体がないことは秘密にしていなければならない。ミケ君たちにも何度か聞かれたが、父様からいわれた設定を使って誤魔化している。

「場所を教えれば俺を守る力を失い、容態が悪化するかもしれないといわれてるんだ。すまないな」
「そうなの!父様がいってたから内緒!お兄ちゃんが元気になるまでこの体で一緒にいるんだもん!ねー!」
「おー」

 こういえば全員深く尋ねることはなくなる。父様がいっていたっていうのはかなり、信用されることなんだ。フェスマルク当主で首席ロイヤルメイジの言葉だからだろうな。

「そうですか…おいくつになられるんですか?」
「歳か?三十ぐらいだ。あんまり年齢とか気にしてないんだけど」
「うちのおとんも同じこというてたわ…めっちゃ年寄りやからやっていうてたけど」

 マティ君のお父さんは見た目がかなり若いけど実年齢を聞いてびっくりしたからなぁ。父様よりもあんなに上とは思わなかった。

「誕生日はいつ頃なのですか?まだでしたら、お祝いができますわ!」

 メリアちゃんがそういってくれるがやめてほしいな。子供たちに祝われるってなんだかむず痒い。
 えーと、俺の誕生日…設定をしたのはいいけど、祝うのは厳しいな。

「お兄ちゃんの?あのね『世界が産まれた日』だよ!」

 祝日の中で最も大事な日である十一樹月の十一日。この日を俺の誕生日と決めたのは母様だ。
 いつでもよかったし、母様が決めたら誰も反対はしない。覚えやすいから聞かれたら答えやすい。

 ただこの日を誕生日として祝うのはほとんどない。この日に産まれた子は全員翌日に出生日とするようにされている。
 この日は世界が産まれたのを祝う日であるため、子供が産まれても祝ってはならないことになっているからだ。

「だったら翌日が出生日になりますね。義兄上」
「あら?ケルン様もそのころでしたわよね?確か十九日でしたよね?」

 ケルンの誕生日を覚えてくれてるメリアちゃんらしい言葉に俺は嬉しくなる。家族以外が覚えてくれるのは特別な気がするからな。

「そう!僕はお兄ちゃんからはちにちあと!」
「八日後(ようかご)な。誕生日が近いからケルンとまとめてやってるんだ」

 今年からな。
 今まではやってきていないから、俺にとって初めて誕生日を祝うことになる。
 まぁ、ケルンを祝うのがメインだけど。そうだ。あの話をしておこう。

「今年はサイジャルでやる予定だから、うちのクランの教室にぜひ来てくれ。招待状をそのときには送らさせてもらうから」

 まだ先の予定だがケルンの誕生日は盛大に祝う予定だ。父様たちはケルンの誕生日辺りは毎年忙しいからサイジャルに来れても短時間しか滞在できない。
 だからナザドが張り切っているんだけど、どうせなら色んな人に祝ってもらいたい。家族がいない朝を迎える誕生日が初めてになるケルンが寂しくないように盛大にな。

 わいわいとそんな話をする。誰々の誕生日がいついつだとか、どう祝ったのか。楽しい話だ。

「いいですね…喜ばれる方は」

 ただ、クラリスちゃんの冷めた呟きを俺は聞いてしまったが。

「何か気になるな…」

 顔合わせも終わり、日課のモフモ…絵のモデルたちへの挨拶を終え、寮に帰る道すがら声に出す。まとまりのない感情を吐き出したつもりだが、繋がっているケルンには俺が何を気にしているかはわかっていた。

「んーとね…クラリスちゃんは何だか不思議な感じがしたよ?」
「不思議な感じ?どんな風にだ?」
「ひやってして。ぽわってして、しょんぼり」

 クラリスちゃんのことをケルンも気にかけたのかと思って詳しく聞けば俺よりもかなり抽象的な感覚で返された。

「不思議でしょ?」
「不思議だな」

 不思議としかいいようがないな。ひやってして、ぽわってして、しょぼん?アイスとかもちとか?
 今度のデザートに頼んでみようか。

「警戒なさった方がよろしいと思います」

 ハンクに頼もうかと手紙の文面を考えているとミルディが固い声音でそういった。
 かなり警戒している。

「理由は?」
「気のせいならいいのですが…坊ちゃまへの視線に含むものがあったように見受けられました」

 ケルンへの視線に含むもの…あの言葉も気になるし…確かに何か裏があると思ってもいいかもしれない。
 あの瞳の色がどうも気になっている。

「ミルディがそういうなら、気をつけるね!」
「あん?えらく素直に聞くんだな」

 何で?どうして?ってなぜなに攻撃をするかと思ったんだけど。素直すぎないか?

「あのね、父様がね、お嫁さんのいうことは聞くんだぞ?っていってたもん。怒らせないのが夫婦えんまーん?の秘技?だって。お兄ちゃんもエセニアのいうことは聞いてるでしょ?」
「夫婦円満で秘技じゃなく秘訣でエセニアがどうしてでてくんのか聞きたいけど聞かないでおくわ。さあー帰るぞ!」

 ノンブレスって大切だな。
 ミルディも顔を真っ赤にして目をそらしているがこういうときは、止めてくれ?未来のケルンの嫁なのは俺も認めてるけど、エセニアが俺のそういうのじゃないって否定してくれ?
 え、エセニアに嫁じゃないって伝える?…やめてくれ。それはそれで母様に怒られる。

 ミルディといくつか取引を交わして…ミルディもすっかり大人というか人間らしくなってしまった。サイジャルで執事らしさを学んでいるって話だけど交渉術とかも学んでるのか?…なんとか伝えないように穏便にしてもらう。
 たぶん、力関係だとすでにミルディがおれより上なんだけど。

 寮に戻って早く風呂入って休みたい。ケルンの体を洗うのも大変なんだ。おもちゃで遊んでから上がるから湯冷めしないようにお湯に浸からせないといけない。

 そのあとはミルディが用意してくれた果実水を飲んで課題をやる。その間俺は原稿だ…そして就寝。

 これがいつもの流れなんだが、今日はそれができないかもしれない。

「あ、ケルン君。エフデ先生。お帰りなさい」

 おじリスの管理人さんが寮の前で待っていた。

「どうされました?」
「クッキーどうぞ!」

 ケルンが渡したクッキーをおじリスさんは礼をいって受けとる。
 おじリスさんは寮の管理人さんであり、手紙の配達人でもある。

 ただ、俺たちへの手紙は全て屋敷に送るようにしてもらっている。かなりの量だから読めないし、たまにろくでもないものが混じっていることもある。ストーカーは死すべす、慈悲はない。

「その…学長先生から渡すようにと…」

 渡してきたのは細かな細工が描かれた封筒だった。
 表にはユリばあよりと書いてあった。



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『死人事件』がどうしても本編で出せそうなタイミングがないので別なものとして設定が本編で出し終わったら出そうと思います。
ディアニアが公爵令嬢だったころの話です。
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