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4. 涙
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リアンは無事試験に合格した。オーウェンもなんとか合格した。リアンの父親はもちろんどちらの合格にも喜んだが、オーウェンの合格発表を聞いた時の方がより目を輝かせたのをリアンは見過ごさなかった。
「こいつ、勉強さぼってばかりで、オーウェンの方がよっぽど必死にやってたからなあ」
「それでもやっぱり親父さんの血をひいているんですよ。騎士になるための血が!」
ガハハと肩を叩いて笑いあう大人たちに呆れ、リアンはこっそりと家から抜け出した。行き先は決まっている。
「リアン。騎士の試験、合格したんでしょう? おめでとう」
ナタリーの笑顔にリアンは今まで努力が報われる気がした。そして、ほんの少し得意げな気持ちになった。
「さぼってばかりだったからギリギリだったけどな」
照れ隠しにわざと何でもないように言う。
「そんなことないよ。リアンが毎日一人で剣の稽古をしたり、礼儀作法についての本を読んでいたの、わたし知ってるもの」
リアンは知っていたのかと、とたんに気恥ずかしくなった。ナタリーは優しく微笑んで、リアンの豆だらけの手をそっと握った。
「お父様のためでしょう?」
「……ああ」
観念したように頷く。
「リアンは優しいね。もし試験に落ちてしまってもお父様をがっかりさせないよう、わざとこっそり勉強していたんでしょう?」
すべてお見通しのナタリーにリアンは頭が上がらなかった。
「でも、そっか。二人とも王都に行っちゃうんだね」
ナタリーの寂しそうな声に、リアンははっとする。そうだ。自分たちが騎士になるために王都へ行けば、ナタリーは一人ぼっちになってしまう。リアンは急に不安に駆られた。
「ナタリー……」
「でも、夢を叶えるためだもんね。ごめんね、暗い顔しちゃって」
黙り込んだリアンを気遣うように、ナタリーは明るく言った。リアンは申し訳なくなり、かといって気のきいた言葉も思いつかずに、困った顔で首を振った。
「休みの日には帰ってくるよ」
「うん」
ナタリーもそれ以上は深く尋ねることはしなかった。彼女にはきっとわかっていたのだと思う。リアンたちと会えるのは、もうこれっきりになるかもしれないと。
別れの日、たくさんの人たちがリアンとオーウェンを見送りに来てくれた。その中に小柄な少女がいることをリアンは真っ先に気がついた。人混みをかき分け、彼は微笑みかけた。少女も、精いっぱいそれに応えてくれた。
「リアン、本当におめでとう。遠く離れても、応援しているよ。それから、身体には十分気をつけてね」
「ああ」
母親のようなことを一生懸命述べるナタリーが可愛くて、リアンは自然と頬を緩ませた。
(よかった)
ナタリーとの別れを辛いものにはしたくない。こうして笑って別れることができて、リアンはほっと安心した。ナタリーも同じなのか、満足げに微笑んでいる。そして彼女の視線は、後からやってきた幼なじみ、同じ孤児院で、家族のように育った少年へと向けられた。
「ナタリー、俺には何も言ってくれないのか?」
そんなことない、と彼女は首を勢いよく首を振る。ありすぎるからこそ、何を言えばいいかわからないのだ。ナタリーはリアンの時と同じように必死に笑みを作ろうとして、くしゃりと顔を歪めた。
「オーウェン」
小さな、震えそうな声でそう言うと、彼女はほろりとひとすじの涙を流した。そして控えめながらも、しっかりとオーウェンの服の裾を握りしめた。オーウェンは困ったように彼女の頭を撫でた。
「おいおいナタリー、泣くなよ。何も一生の別れじゃないんだし」
うん、と頷くも彼女の涙は止まらなかった。今まで泣いた姿を見せたことのなかったナタリーのその姿が、リアンには衝撃的だった。同時に、鋭いナイフで心臓を一気に刺されたような痛みがはしった。
自分には笑って見送ろうとしたのに、オーウェンに対しては泣いたのだ。行かないでくれという、ナタリーの思いをありありと見せつけられた気分だった。
オーウェンがナタリーにとって特別な存在だということはよくわかる。家族のように育ち、淡い恋心も抱いている。別れが辛いのも、仕方がない。頭ではわかっている。わかってはいるが、心はどうしようもなく痛み、リアンは二人の光景を呆然と見つめるしかなかった。
「こいつ、勉強さぼってばかりで、オーウェンの方がよっぽど必死にやってたからなあ」
「それでもやっぱり親父さんの血をひいているんですよ。騎士になるための血が!」
ガハハと肩を叩いて笑いあう大人たちに呆れ、リアンはこっそりと家から抜け出した。行き先は決まっている。
「リアン。騎士の試験、合格したんでしょう? おめでとう」
ナタリーの笑顔にリアンは今まで努力が報われる気がした。そして、ほんの少し得意げな気持ちになった。
「さぼってばかりだったからギリギリだったけどな」
照れ隠しにわざと何でもないように言う。
「そんなことないよ。リアンが毎日一人で剣の稽古をしたり、礼儀作法についての本を読んでいたの、わたし知ってるもの」
リアンは知っていたのかと、とたんに気恥ずかしくなった。ナタリーは優しく微笑んで、リアンの豆だらけの手をそっと握った。
「お父様のためでしょう?」
「……ああ」
観念したように頷く。
「リアンは優しいね。もし試験に落ちてしまってもお父様をがっかりさせないよう、わざとこっそり勉強していたんでしょう?」
すべてお見通しのナタリーにリアンは頭が上がらなかった。
「でも、そっか。二人とも王都に行っちゃうんだね」
ナタリーの寂しそうな声に、リアンははっとする。そうだ。自分たちが騎士になるために王都へ行けば、ナタリーは一人ぼっちになってしまう。リアンは急に不安に駆られた。
「ナタリー……」
「でも、夢を叶えるためだもんね。ごめんね、暗い顔しちゃって」
黙り込んだリアンを気遣うように、ナタリーは明るく言った。リアンは申し訳なくなり、かといって気のきいた言葉も思いつかずに、困った顔で首を振った。
「休みの日には帰ってくるよ」
「うん」
ナタリーもそれ以上は深く尋ねることはしなかった。彼女にはきっとわかっていたのだと思う。リアンたちと会えるのは、もうこれっきりになるかもしれないと。
別れの日、たくさんの人たちがリアンとオーウェンを見送りに来てくれた。その中に小柄な少女がいることをリアンは真っ先に気がついた。人混みをかき分け、彼は微笑みかけた。少女も、精いっぱいそれに応えてくれた。
「リアン、本当におめでとう。遠く離れても、応援しているよ。それから、身体には十分気をつけてね」
「ああ」
母親のようなことを一生懸命述べるナタリーが可愛くて、リアンは自然と頬を緩ませた。
(よかった)
ナタリーとの別れを辛いものにはしたくない。こうして笑って別れることができて、リアンはほっと安心した。ナタリーも同じなのか、満足げに微笑んでいる。そして彼女の視線は、後からやってきた幼なじみ、同じ孤児院で、家族のように育った少年へと向けられた。
「ナタリー、俺には何も言ってくれないのか?」
そんなことない、と彼女は首を勢いよく首を振る。ありすぎるからこそ、何を言えばいいかわからないのだ。ナタリーはリアンの時と同じように必死に笑みを作ろうとして、くしゃりと顔を歪めた。
「オーウェン」
小さな、震えそうな声でそう言うと、彼女はほろりとひとすじの涙を流した。そして控えめながらも、しっかりとオーウェンの服の裾を握りしめた。オーウェンは困ったように彼女の頭を撫でた。
「おいおいナタリー、泣くなよ。何も一生の別れじゃないんだし」
うん、と頷くも彼女の涙は止まらなかった。今まで泣いた姿を見せたことのなかったナタリーのその姿が、リアンには衝撃的だった。同時に、鋭いナイフで心臓を一気に刺されたような痛みがはしった。
自分には笑って見送ろうとしたのに、オーウェンに対しては泣いたのだ。行かないでくれという、ナタリーの思いをありありと見せつけられた気分だった。
オーウェンがナタリーにとって特別な存在だということはよくわかる。家族のように育ち、淡い恋心も抱いている。別れが辛いのも、仕方がない。頭ではわかっている。わかってはいるが、心はどうしようもなく痛み、リアンは二人の光景を呆然と見つめるしかなかった。
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