追憶の君
施設育ちの辻村夏樹、十八歳。物心ついた頃から施設で育ち、誰かと繋がることを諦めてきた青年だ。退所後に一人暮らしを始めた直後、孤独と疎外感に耐えかねて死を決意する。観光雑誌で見た月の美しい川辺を最後の場所に選び、ロープをリュックに詰めてその場所へ向かった夜、夏樹は一人の少女と出逢う。
月城夏希、十八歳。余命一ヶ月を宣告された少女で、月の絵を描くためにその場所に毎夜通っていた。同じ読み方で字の違う名前を持つ二人は、お互いが死に近い位置にいたからこそ引き寄せられたのだと夏希は言う。夏樹の死への衝動を真正面から受け止めながら、自らの余命を淡々と告げる夏希の存在が、夏樹の中の何かを動かしていく。
夏希は毎夜その場所で月の絵を描き、夏樹はその隣に通い続けた。月の下でおにぎりを食べ、雨の夜には電話で話し、笑い合ううちに二人は恋に落ちた。夏希は夏樹への想いを胸に抱えながら月の絵を描き上げ、続いて夏樹の肖像画を描き始めた直後に倒れる。駆けつけた夏樹に、死に際の夏希は「生まれ変わって会いに来る」と約束し、二枚の絵と長い手紙を残して息を引き取った。手紙には夏希の想いと、生まれ変わりへの確信と、夏樹に生きていてほしいという願いが綴られていた。
夏希の死後、夏樹は清掃会社に就職し一人で生き続けた。部屋には夏希の絵を飾り、毎年命日に近い満月の夜にあの場所を訪れた。三十年間、一度も欠かさなかった。後輩の面倒を見て、偶然再会した施設の職員・静江さんに二十年越しのお礼を伝えながら、夏希の言葉を信じて生きてきた。しかし四十八歳になった夏樹はついに限界を迎える。信じ続けることと、信じ続けられることは違った。ある夜、食卓で箸が止まった。夏希と月の下でおにぎりを食べたあの夜だけが、三十年間の中で違った。もう十分だという気持ちになった夏樹は、再びロープをリュックに詰めてあの場所へ向かう。
川辺を右往左往しながら歩く夏樹の耳に、忘れるはずのない声が届く。「多分、ここだと思うよ」。コンクリートの上に、あの日のままの姿の夏希が座っていた。三十年ぶりの再会だった。夏希は月の王国での三十年間を経て約束を果たしに戻ってきていた。夏樹の三十年間の報告を聞き、今夜ここに来た理由を打ち明けさせ、笑い合って泣き合って、最後に手を繋いで月を見上げた。来ないとわかっていても三十年間あの場所に来続けたこと自体が、夏樹がまだ諦めていなかった証拠だった。今日も月が綺麗だ。でも今は、月より綺麗なものが隣にいる。
月城夏希、十八歳。余命一ヶ月を宣告された少女で、月の絵を描くためにその場所に毎夜通っていた。同じ読み方で字の違う名前を持つ二人は、お互いが死に近い位置にいたからこそ引き寄せられたのだと夏希は言う。夏樹の死への衝動を真正面から受け止めながら、自らの余命を淡々と告げる夏希の存在が、夏樹の中の何かを動かしていく。
夏希は毎夜その場所で月の絵を描き、夏樹はその隣に通い続けた。月の下でおにぎりを食べ、雨の夜には電話で話し、笑い合ううちに二人は恋に落ちた。夏希は夏樹への想いを胸に抱えながら月の絵を描き上げ、続いて夏樹の肖像画を描き始めた直後に倒れる。駆けつけた夏樹に、死に際の夏希は「生まれ変わって会いに来る」と約束し、二枚の絵と長い手紙を残して息を引き取った。手紙には夏希の想いと、生まれ変わりへの確信と、夏樹に生きていてほしいという願いが綴られていた。
夏希の死後、夏樹は清掃会社に就職し一人で生き続けた。部屋には夏希の絵を飾り、毎年命日に近い満月の夜にあの場所を訪れた。三十年間、一度も欠かさなかった。後輩の面倒を見て、偶然再会した施設の職員・静江さんに二十年越しのお礼を伝えながら、夏希の言葉を信じて生きてきた。しかし四十八歳になった夏樹はついに限界を迎える。信じ続けることと、信じ続けられることは違った。ある夜、食卓で箸が止まった。夏希と月の下でおにぎりを食べたあの夜だけが、三十年間の中で違った。もう十分だという気持ちになった夏樹は、再びロープをリュックに詰めてあの場所へ向かう。
川辺を右往左往しながら歩く夏樹の耳に、忘れるはずのない声が届く。「多分、ここだと思うよ」。コンクリートの上に、あの日のままの姿の夏希が座っていた。三十年ぶりの再会だった。夏希は月の王国での三十年間を経て約束を果たしに戻ってきていた。夏樹の三十年間の報告を聞き、今夜ここに来た理由を打ち明けさせ、笑い合って泣き合って、最後に手を繋いで月を見上げた。来ないとわかっていても三十年間あの場所に来続けたこと自体が、夏樹がまだ諦めていなかった証拠だった。今日も月が綺麗だ。でも今は、月より綺麗なものが隣にいる。
あなたにおすすめの小説
「君を愛することはない」と毎日言われたので、離縁の日だけは聞きに行きませんでした
「君を愛することはない」 夫にそう言われながら、セシリアは一年間、二人分の夕食を用意して待ち続けた。 けれど、婚姻を継続するか決める前夜、夫は最後の約束まで破り、幼なじみと観劇へ出かけてしまう。
翌朝、セシリアは夫の書斎を訪ねず、不更新届を提出した。 慌てて差し出された更新証書にも、もう署名はしない。
私を待たせたあなたを、これ以上待つつもりはありません。 冷遇された妻が離縁を選び、自分の暮らしと新しい恋を手にする。
【短編】もう、どうでもよくなったので
伯爵令嬢のレイチェルは婚約者のレオルドと長年不仲だった。
理由は簡単で彼が生徒会長であるアリアナ王女に対し日も夜もなく焦がれ続けているからだ。
将来彼女の護衛騎士を目指す彼は、レイチェルと二人でいる時も王女に夢中だった。それは恋では無いらしいが、だからといって許容できるわけではない。
婚約者である自分のことも大切にして欲しい、そうレイチェルはレオルドに訴え続けたが彼が頷くことは無かった。だからこそ不仲だったのだ。
けれど最近のレイチェルは機嫌がよく、レオルドと喧嘩することも無い。
レオルドもそんな婚約者に満足げだった。
だから口にした「いつもこうならお前と結婚しても上手くやれそうだ」
レイチェルはにこやかに答えた「そんな未来はございませんわ」
淫らな蜜に狂わされ
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
【完結】毎夜、幼馴染の元へ通う夫へ。完璧な妻の仮面は返上いたします
【祝】HOTランキングランクイン!たくさんの応援ありがとうございます!
社交界で「理想の夫婦」と称えられるグランヴェル伯爵夫妻。だが実態は、毎夜幼馴染の愛人の元へ通う夫レオナルドと、一人冷たいベッドで眠るアメリアの「白い結婚」だった。
愛人に金品を貢ぎ、妻を「冷たい飾り」と見下す夫。しかし彼は知らなかった。己が誇る「優秀な領地経営」を担っていたのが、アメリアの頭脳だったことを――。
限界を迎えたアメリアの知的な罠が弾ける時、偽りの夫と愛人に完膚なきまでの絶望が襲いかかる!
※ハッピーエンド保障
※全5話完結しました
子どものころから嫌いだった幼馴染は、私と結婚するつもりだったらしい
幼いころからアレクシスのそばにいるたび、リディアは周囲の令嬢たちから嫌がらせを受けてきた。何度も「嫌い」「離れたい」と訴えても、両親はそれを子どもの意地や照れだと思い、本気にしなかった。
十五歳で外国の高等学院へ留学したリディアは、魔道具職人として自立する道を見つける。そして十七歳の成人を迎えた日、彼女は伯爵家から離籍し、二度と故郷へ戻らないと決めた。
一方そのころ、アレクシスはリディアと結婚するつもりでいたことを明かす。けれどリディアは、そんな未来を一度も望んでいなかった。
これは、誰にも届かなかった「嫌だ」を抱えていた少女が、自分の人生を自分で選び取るまでの話。
【完結】旦那様には好きな人がいる
私の旦那様である、テオドール・セルヴァン侯爵様には好きな人がいる。
それは、幼馴染であり、王太子妃でもあるマチルダ様だ。
お二人は、いつもとても仲睦まじいご様子で、そんな叶わぬお二人の恋をそっと見守るのが私の日常だった。
そんなある日、夜会にめったに顔を出さない王太子殿下に、ダンスに誘われて。それがきっかけで、私の日常は少しずつ変化し始めた。
あなた専属になります~借金OLは副社長の「専属」にされた~【オリジナル】
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
余命一ヶ月の妻が死んでから後悔した夫は、彼女を溺愛する。けど、私に未練はない。
余命一ヶ月と告げられた侯爵夫人リュシア。
夫アルベリクは病気を信じず、愛人に子供を産ませるとまで言った。
「私は愛されていなかったんだ……」
そう思ったまま、リュシアは夫への想いを胸に死んだ。
けれど彼女の死後、アルベリクは初めて自分の本当の想いに気づく。
「どうして、もっと早く伝えなかったんだ……」
妻を失ってから、彼は彼女の肖像画を見つめ続ける。
――けれど、もうリュシアに未練はない。