THE NEW GATE

風波しのぎ

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1巻

1-2

(だめだな、こういうときはいったん頭をからっぽにしよう)

 これは頭がゴチャゴチャしたときの、シンなりの落ち着き方だ。わからないときはいったんすべて手放して、考えを再構築する。


 ①ネットワークに接続できない。
 ②アバターは操作可能。
 ③上記の2点は両立できない。


 ①は生存者サバイバーズリストのプログラムと、リストに表示されたメッセージから確認できた。
 ②も現にこうして動いているのだから確か。
 ③に関しては、アバター操作を行うにはネットワークへの接続が不可欠というのは事実。実際にシステムの不具合でネットワーク接続が切れた経験を持つプレイヤーが、アバターが動かなくなったと言っていたので間違いない。
 では、両立できるようにするにはどうすればいいか――シンはこう考えた。
 生存者サバイバーズリストに不具合が起きていて、実際にはネットワークと接続できているという可能性。これはあってもおかしくない。
 次にネットワークと接続できていないが、アバターが操作可能になっている可能性もある。そういった技術が開発されたのかもしれない。

「あと考えられるとしたら、あれだな……ファンタジーだ」

 真面目に頭を働かせていたとき、ふとよぎった考えについ苦笑してしまう。
 シンは生粋きっすいのネットゲーマー。友人からはネトゲ廃人はいじんと呼ばれるたぐいの人間だ。そして同時にアニメや漫画、ライトノベルにネット小説と、いろんなものに手を出してきた。
 既に定番となっていた、ゲームとそっくりな世界に来てしまうという設定の小説も多く読んだ。
 理由は様々だが、ステータスが維持されたままゲームの世界に来てしまうというものが多かった気がする。
 ついさっきシンの頭をよぎったのもそれだ。今いる場所はゲームではなく、本物となった【THE NEW GATE】の世界なのではないか、という考えが唐突に浮かんだのだ。
 ネットワークに接続できないのも、それでいてアバターを動かせるのも、これなら説明がついてしまう。
 と言っても、そんなことあるわけないか。シンはいったん思考を切り上げ、空を見上げた。視界いっぱいに青空が広がり、小さな雲がゆっくりと流れていく。
 視界の端には林が見えた。そちらに視線を向ければ、葉の1枚1枚までくっきりと見ることができる。

「…………」

 見える。はっきり見える。くっきり見える。
 
 ゲーム内よりもはっきりと見えた。それこそのように。
 VR技術が発達したことで、確かにゲームでも実物そっくりな世界が構築可能になった。視覚しかく聴覚ちょうかくに限らず触覚しょっかく嗅覚きゅうかく味覚みかくに至るまで再現可能だ。
 しかし、しかしだ。いくら再現可能といってもそれはまだ『そっくり』の段階だ。本物を見たことがあれば、はっきりとそれが作られた偽物なのだとわかる再現度でしかない。あくまできれいなグラフィックなのだ。
 だが、シンの目に映る雲の動きや、葉の色つや、野に咲く花の輪郭りんかく、そのすべてがリアルにしか見えない。

「…………」

 シンはゆっくりと自身の手を顔の前にかざした。ゲームでは存在しなかったしわ指紋しもんがあった。

「本物……なのか」

 1度気づいてしまうとあとはいもづる式に理解してしまう。目の前の景色も、葉のこすれる音も、風が肌をなでる感触も、鼻をくすぐる匂いも、すべてがゲームをしているときに感じていたものとは違った。

「デスゲームの次は、異世界トリップって……」

 VRMMOプレイヤーの都市伝説を、2つ続けて体験することになったシン。
 デスゲームから解放されたばかりなんだから、できれば時間を空けてほしかったな……と、かなりずれた感想を抱いてしまうのは、内心あせっている証拠だった。

「あーーー……なんだってんだよ~~」

 だらけた声を上げながら、その場でごろごろと転がる。
 オリジンと戦っていたときの勇ましい姿はどこへやらである。
 ボス戦の疲れに加え、ログアウトできると安心した直後でのまさかの異世界トリップで、肉体はともかく精神が休息を求めているのだ。
 一言でいえば、だるい。
 燃え尽き症候群にも近い、しばらくダラダラしていたいという気持ちが、シンの胸中を満たしていた。

「あ~~~……はぁ……」

 幼児退行でもしたかのように、ごろごろしては停止するという動作をしばらく繰り返していたシン。少しは休息になったのか、先ほどより幾分かましになった倦怠感けんたいかんの中考える。
 現状はわからないことだらけだ。周囲には人っ子一人いないので情報収集もままならない。

(とにかく、情報が足りないな。とりあえずメニュー画面は出るから、ステータスやアイテムを確認して、それから人がいそうな場所を探すか)

 まだ少し重い体を起こすと、メニュー画面を呼び出し、ステータス画面を表示する。
 画面の左半分にはシンの分身たるアバターが立体表示され、右側に【能力値】【装備】【称号ギフト】【スキル】などの項目が並ぶ。
 アバターは黒髪黒眼で、やや鋭い目つきをしていること以外に特徴のない、どこにでもいそうな青年の姿をしていた。
 このアバターはシンのリアルでの顔、体格をそのまま反映しているので、180セメルの身長がありながら少々ひょろいという印象を受ける。学校では運動部の友人から、もっと体をきたえろとさんざん言われたものだ。
【装備】を確認すると、オリジンと戦ったときと多少変わっており、マフラーと手甲、脚甲は外れていた。装備されたままなのは、赤いラインの入った【冥王のロングコート】に、セットになっているズボン、そしてアクセサリだ。
 武器の欄には【真月しんげつ】の文字。自慢の愛刀は健在のようだった。
 在庫を確認すると、オリジンと戦うときに持っていた装備がそのまま残っていた。アイテムや所持金にも変化がなかったので、持ち物については問題なさそうだ。
 次に【能力値】。
 元のままだとしたら、LUC以外のステータスが、9の文字で埋め尽くされているはずだ。弱体化していないことを祈りつつ画面を開く。


 <能力値>
 ◆ステータス◆

 LV:255(MAX:255)

 HP:22832(MAX:9999)

 MP:21349(MAX:9999)

 STR:2225(MAX:999)

 VIT:2017(MAX:999)

 DEX:2170(MAX:999)

 AGI:2236(MAX:999)

 INT:2032(MAX:999)

 LUC:36(MAX:99)


「…………いやいやいや」

 画面から目を離し、しばし遠くを見てから画面に目を戻すシン。
 そんなことをしたところで、目の前の表示に変化があるはずもない。

「いや待て、ちょっと待て!」

 またもや画面から目を離し、遠くを見つめる。さらに目をこすり視界がぼやけていないことを確認してから、画面に視線を戻す。
 まるで信じられないものを見たときの、漫画の一コマのようだと、シン自身思った。

「見間違いじゃない……か」

 結局、3度見直してから、シンはようやくが見間違いでないことを認めた。
 なぜ驚いたかと言えば、その能力値がLUCを除いて、かつての自分のものとかけ離れていたからである。
 VRMMO‐RPG【THE NEW GATE】は他のゲームと違い、多大な時間をかければ、LUC以外のすべてのステータスを上限まで上げることができる。
 クローズドβベータからプレイしているシンは、その圧倒的なプレイ時間と計算された効率の良い狩り、さらに度重なる転生システムの利用で、各ステータスを軒並のきなみカンストさせた唯一のプレイヤーだった。
 カンスト一歩手前まで到達したプレイヤーは他にもいたが、シンには追いつけなかったのである。
 ゲーム時代のシンのステータスは、HP・MPが9999、STR・VIT・DEX・AGI・INTが999、LUCのみ36だった。
 LUCが低いのは、上限が99であることに加え、アバター作成時に決定した値から変わらないからだ。
 だが、今のシンのステータスは、LUCを除き、上限値だった999の2倍以上の数値を表示している。

「ゲームの仕様……ぶっちぎりすぎだろ……」

 もはやあきれるしかなかった。
 数値が大きすぎて、自分の強さというものが全くわからない。

「さすがに驚き疲れてきたな……」

 さっきから驚いてばかりで、今の自分はさぞ滑稽こっけいなのだろうなと自嘲じちょうしてしまった。
 同じ数値とにらめっこし続けるのも不毛ふもうなので、とりあえず他の項目も確認してみる。

一通り確認してわかったことは、称号ギフトとスキルに見覚えのないものが加わっているということだ。
 具体的には【臨界者】【到達者】【解放者】の称号ギフトと、【冥王ノ波動】【集束波動】【拡散波動】のスキルが増えていた。
 オリジンを倒したときにアナウンスが聞こえていたはずだが、すっかり忘れていたシンである。
 どんな効果があるのか知るため、シンは称号ギフトの一覧から新たに加わった3つを選択する。


【臨界者】

 その力、限界を超える。全ステータスの上限解放。解放前に切り捨てられた数値がある場合、その分ステータスが上昇する。

【到達者】

 輪廻りんねの果てに至りし者に祝福を。称号ギフトを獲得した時点におけるすべての能力値を2倍にする。

【解放者】

 あなたは囚われし人々の希望となる。拘束や隷属れいぞくなど、行動を制限、禁止する魔術マジック、罠、アイテム等の効果を無効化する。


「……………なんだこれ」

 得た称号ギフトはどれも予想外のものばかりだった。ゲーム内の称号ギフトをほぼすべて知っているシンでさえ、こんなゲームバランスを崩壊させるような効果を持ったものは聞いたことがない。
 ステータスアップの謎が解けたのはいいが、これではほとんどチートである。
 レア装備を持っているとか、最初から高レベルとかいう次元ではない。……ただ、LUCのみ元のまま(ゲームの設定通り)なのは何かの嫌がらせだろうか。

「MMOからの異世界トリップ物は大概チートだが……これはやりすぎ感があるなぁ」

 もともとのステータスですら驚異的だったシンは、【THE NEW GATE】内での最高レベル255が集まったパーティ(12人組、転生0回)を相手に、1人で無双したこともあった。
 そのときは彼らが散り際に「この公式チートめ~!!」と捨てゼリフを残したほどだ。
 10回以上転生した廃プレイヤー相手にはそうもいかないが、それでも4対1くらいまでなら互角に戦えた。
 そんなステータスがさらに強化されているのだ。奇襲を受け即死でもしない限り、対人戦で負けることはないだろう。もちろんこの世界に他に人がいればの話だが。
 余計な心配かと思いながらも、この称号ギフトを持つ者が多く存在しないことを祈るシンだった。


         †


 その後シンは、武芸、魔術などの各種スキルを一通り確認し、いくつかは実際に発動して効果のほどを検証してみた。幸い周りには壊して困るようなものがなかったので、ある程度強力なスキルも試すことができた。
 地面に大きなクレーターを量産した結果わかったのは、武芸スキルを使用した際に発生する硬直時間や再使用までの待機時間ディレイタイムがなくなっていること。そして魔術スキルの威力調節ができることなど。
 今まではリアリティがあったとはいえゲームの世界だったので、それらの制限を当然と考えていた。しかし、現実ならそんなものあるはずがない。
 武芸スキルによってくずれた体勢を強制的に元に戻す――そんな現実では不可能な動きもできなくなっていた。
 こうしてゲーム特有の不自然さがなくなった反面、けんを痛めるとか関節が外れるといった、細かい怪我を考えずに動くこともできなくなった。これも現実なら当然のことだ。
 なにせ今シンがいるのはゲームの世界ではない。敵の攻撃を受ければHPゲージが減るだけでは済まないはずだ。しっかり考えて動かないと、いざというとき行動できなくなる危険性がある。
 シンは、この世界が現実なんだと、あらためて自分に言い聞かせた。
 そして、ゲームの世界と今いる世界の違いに戸惑っている自分に気づき、仮想現実だった【THE NEW GATE】が、いつの間にか自分にとって『第2の現実』になっていたのだなと思った。
 ならばこの場所は、差し詰め『第3の現実』と言ったところか、とシンは苦笑する。
第2の現実ゲームの世界』では実感を得るまでずいぶんかかったのだが、さすがに『第3の現実この世界』への適応は早いようだ。
 ついさっきまで脱力していたのが嘘のように動き回っている自分に、我がことながら呆れるシンだった。

「さて、そろそろ行くか」

 そう言いながらシンがアイテムボックスから取り出したのは、1枚のしおりだ。どこにでもありそうな白い栞を頭上へかざす。

「ゴー・ホーム!」

 シンが呪文を唱えると、栞が光り始め、野球ボールのような光の玉になった後、その形がはやぶさに変化した。
 光り輝く隼はその場にふわふわ浮き、頭を一定の方向へ向けている。


 シンが使用したのは【導きのしるべ】というアイテムで、登録した地点の方向を指し示してくれる。探索するフィールドに配置された回復ポイントを覚えさせる使い方が一般的だが、シンは自分のホームポイントを記録して使っていた。
 マップが機能していないため、自分のいる場所の見当もつかなかったが、アイテム欄にあった【導きのしるべ】の登録地点を調べてみると、ゲーム中に拠点として使っていたホームが選択可能だった。よって、まずはそこに行こうと決めた。
 ちなみに光が隼の形なのはシンの趣味。プレイヤーの好きな形に変更できるのだ。


「いざ、我が家へ!」

 シンは光の指す方向へ走り出した。目的地を選択する際に表示された彼我ひがの距離は67ケメル。1ケメルがだいたい1キロに相当するので、およそ67キロ先ということになる。
 普通に徒歩で行くにはけっこうな距離だが、強化されたシンの体力と脚力は、とはかけ離れていた。軽く走るだけでもかなりのスピードが出る。
 走るシンのスピードは既に時速70キロほど。乗り物に乗っているわけではないので、木々の生い茂った森だろうが、ごつごつした岩が転がっている荒地だろうが、おかまいなしに駆け抜けられる。

「いぃぃぃやぁっっほぉぉぉぉぉ!!」

 風を切って走る感覚は実に気持ちが良く、シンは先ほど目覚めてから胸にたまっていたもやもやを晴らすかの如く、大声を上げながら駆けた。
 ちょっとしたランナーズハイ状態だ。
 どこまで持つかわからなかったが、ほとんど体力を消費している感がなく、いくらでも走れそうな気がしたので、休憩をはさまずに走り続ける。
 途中でモンスター「4本の腕をもつ熊テトラグリズリー」「頭が2つある蛇ツインヘッドスネーク」「炎のような鬣を持つフレイムボア猪」を見かけると、どのくらいの強さか確かめるために片っ端から戦闘をしかけた。
 レベルは熊、蛇、猪の順で、それぞれ87、68、79だ。
 名前とレベルは【分析アナライズテン】によって表示されたので間違いない。
 ゲームの世界では、どれも一定の行動パターンを繰り返す、初心者プレイヤーが良く狩るモンスターで、シンのレベルなら片手間で倒せる相手だった。
 しかしこの世界で戦ってみたところ、ゲームと違って生物特有の姑息こそくさや汚さが垣間見かいまみえ、ヒヤリとさせられることがあった。
 草原を横断し、岩を飛び越え、森を駆け抜けることさらに1時間。視界の先に大きな城壁が見え始めたところで光の隼が点滅し、目的地が近いことを知らせた。
 スピードを落として、立ち止まる。
 隼が指し示す方向は城壁のある方向から少しずれていた。どうやら城壁の近くに広がる小さな森の中らしい。シンの記憶が確かなら、ホームの近くに城壁に囲まれた町などなかったはずである。

「いつの間にできたんだ、こんなの」

 シンは巨大な壁を前にしてぽつりとつぶやく。
 城壁の高さは6階建てのビルくらいあった。削り出した石を組んで作ったと思われ、重厚な雰囲気をかもし出している。
 所々破損しているのは魔物の襲撃か、それとも戦争によるものか。
 ゲーム中では大人数が参加する攻城戦はよくあるイベントで、シンも加わったことがある。城壁には上級の魔物避け、硬化、魔術弱体化の効果が付与されているのがわかったので、攻めにくそうだと感じた。
 町じゃないかと予想したが、実際に中がどうなっているかはわからない。まあこれだけ強化された城壁が囲んでいるので、廃墟はいきょということはないだろう。
 とりあえず今はまだ用がないので、そこまで考えると視線を森に戻し、隼の指し示す方向へ歩いていく。
 100メルほど歩くと明らかに周囲と植生の異なる空間があった。今まで見えていた木々は直径がせいぜい30~40セメルほどなのに対し、その空間にあるのは1メルを超える大樹ばかりだ。
 大樹に囲まれた空間の中心には、懐かしい建物があった。
 岩と木を組んで作られた一軒家で、暖簾のれんの出ている店舗入口の上には、『よろずや 月のほこら』と大きく書かれている。

「見た目はとくに変わってないな」

 間違いなくオリジンとの決戦前に見たときと同じだった。変わらずに存在しているホームに、シンは心のどころを見つけた心地になる。
 ゲーム中でシンが営んでいた『よろずや 月の祠』は、武器、防具、アイテムを扱う総合店で、住居もねていた。
 基本的にはシンがフィールドやダンジョンで手に入れたものや、気が向いたときに作ったアイテムを売っていた。シンの場合、出かける場所のほとんどが高レベルモンスターの闊歩かっぽするフィールドやダンジョンなので、レアアイテムや素材が手に入りやすかった。
 それらを並べていた月の祠は、掘り出し物のある隠れた名店として主に上級プレイヤーに有名だった。物が物だけに値段設定はかなり高めだったので、買える者がほとんど上級プレイヤーに限られていたこともその原因だろう。
 そんなかつての自店のにぎわい(賑わったのは極稀ごくまれだったが)を思い出しながら暖簾をくぐり、扉を開く。商品を置いた棚と受付があるだけだった店内は、どうなっているだろうか。
 店内には鎧の上にマントを羽織はおった複数の男女がいた。シンが入ってきたことに気づくと、その内の2人がシンに近づいてくる。

「すまないが今取り込んでいてね。あとにしてもらえないか」

 そう言ってきたのは、やけに豪華ごうかな装飾の鎧を着た金髪の青年だ。身長は同じくらいだが、鍛えているのだろう、腕や脚はシンよりも太い。

「何かあったんですか?」
「いいから外に出てろっつってんだよ!」

 事情を聞こうとしたシンに強い口調で命令してきたのは茶髪の青年。
 こちらも金髪の青年同様、装飾過多な鎧を着ている。身長はシンよりも頭一つ高く、体格も身長に見合ったがっしりとしたものだ。
 こいつに丁寧語ていねいごはいらないなと判断したシンは、素の口調で抗議した。

「こっちも今じゃないと困るんだが」
「うるせぇな。冒険者風情ふぜいが口答えしてんじゃねぇよ!」
「おい、よせイラン!」

 イランというのが茶髪の青年の名前らしい。
 渋るシンにいらついたのか、力ずくで追い出そうとしてくるイランは、シンの鳩尾みぞおちに向けて掌底しょうていを放った。シンは避けようとしなかったので、楽勝と踏んだイランの口元がにやりと歪む。

「うおっ!」

 だが、シンはその攻撃にびくともせず、反対にイランがバランスを崩してその場に尻もちをついた。鎧と床がぶつかり、無視するには大きすぎる音が店内に響く。
 周りにいた者たちの視線がイランとシンに集中した。
 事態がみ込めず呆けているイランと、どうしたもんかなと迷うシン。

「くっ、てめっ!」

 逆上したイランが剣に手をかけたところで、店内に響く大声にびくっと身をすくませた。

「なにを騒いでいる!」

 シンは面倒なことになったと、心の中でため息をついた。


 人垣が自然と割れて、1人の男が姿を現す。やはり無駄に豪華な鎧を着込んだ金髪碧眼の美丈夫びじょうふは、数メル先からシンとイランを睨みつけていた。
 先ほどと打って変わって静かになるイラン。
 シンはといえば、人垣が割れる様を見て、「モーゼか……」と実にどうでもいい感想を口にした。

「店に誰も入れるなと言っておいたはずだが?」
「申し訳ありません! ルスト様!」

 すかさず頭を下げるイランの様子から、かなり地位の高い人物なのだろうとシンは予測する。
 平伏したイランを一瞥いちべつもすることなく、ルストはシンに近づいてくる。その目はシンを完全に見下していた。

(うわっ、イランよりめんどくさそうなのが来た)

 そんなシンの心境を無視し、のっしのっしという擬音ぎおんがぴったりな足取りで、ルストはシンの前に立った。

「…………」
「?」

 沈黙を保ったままのルストにシンが首をかしげていると、イランが怒鳴り声を上げる。
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