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第一章 おけつの危機を回避したい
三十話
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翌日――
「おっ、今井。なーんか、今日あたまフワフワじゃね?」
教室入ってったら、上杉が目を丸くした。おれは、パッと笑顔になる。
「わかる?」
「まあ普通に。何かしたん?」
「ふふ。ちょっとな」
得意になって胸を反らしたら、ぽふっと頭を撫でられる。晴海が、にこにこしとった。
「ひよこみたいで、可愛いやろー」
「あっ、また言う!」
むっと口を尖らしたら、「おお、もっと似とるわ」ってからかわれる。おれは「ぐぬぬ」と唸った。
晴海、すぐ気づいてくれたんは嬉しいけど。なんかちょっと違う……!
ふいに、ポケットでスマホが震える。
姉やんから電話や。
慌てて、被服室で折り返したら、すぐに興奮気味の声が聞こえてくる。
『あ、もしもし? 解毒薬のサンプルがね、もうじき出来そうだから、電話したんだけど!』
「えっ、ほんま!?」
おれと晴海の声がだぶる。
「すごい、姉やん! こないだ解析中やって言うてたのに、もう?!」
『いやぁ、興が乗っちゃってさあ。寝る間も惜しんで、ヤッちゃったのよー。調べれば調べるほど、化学教師の変態さが浮き彫りになるもんだから。なんたって、一たび使えばケツ穴の感度は三百倍の上、フィストも対応の伸縮度』
「ちょお、お姉さん!」
早口でまくし立てる姉やんを、晴海が大焦りの声で遮った。
「く、詳しい効果は置いといて。ありがとうございます。解毒薬の完成、待ってますわ」
『はいはい。効果と安全確認出来たら、すぐに送るから、楽しみにしててね。――そういや、その後そっちはどう? 上手くやってる?』
「それがな――」
おれが、学祭の準備に関われへんことを言うと、姉やんは「あー」と呻いた。
『そりゃ、藤崎くんの仕業よ。ゲームではね、悪役モブのたくらみに仲間が巻き込まれないように、徹底的に企画から閉めだしてたわ。「天使の手を汚させはしない」なんて言っちゃってね~』
「ははあ、藤崎が。やっぱりですか」
晴海が、眉根を寄せて頷く。
そうやねん。「やることない?」って、あちこちの班にしつこく聞いて回っとったらさ。グループちゃうけど、わりと話す方やった奴らが、「藤崎に言われてるから」って言うててん!
姉やんは、顔の横に両手をくっつけた。
『愛野くんもだけど、藤崎くんも思い込んだら”こう”だからねえ。愛野くんに反目する悪役モブが仲間に入ろうとするなんて、悪企みに違いないって警戒してるのよ』
「そんなん酷い! おれらかて晴海殴られたし、山田も親友と仲たがいしてんのに……!」
『あんたの気持ちはわかる。でも、そういうキャラだと思って、ここは堪えてよね。化学教師に近づかなきゃ、フラグ回避できるとは言ったけど……あんまり愛野くんと仲違いしちゃだめ。でなきゃ、「ゲームの強制力」が働くかもしれないわよ!』
姉やんは、ビシッと指を突きつけた。
「な、なにそれ?」
おれと晴海は、顔を見合わせた。姉やんは、胸を張って厳かに話し出す。
『これ系の小説で、転生者の努力をふいにする恐ろしい力のことよ。「ゲームの強制力」ってのは、主人公のための物語を遂行しようとして起きる――いわば、修正機能のようなものなんだけど』
「修正機能?」
『私たち、『ばらがく』の物語に干渉して筋書きを変えようとしてるでしょ。細かいところは変化してるけど、大きな流れは変わってないと思わない? シゲルは愛野くんに嫌われてるし、クラスから閉め出されてる。会計ルートは、無事に進行してるわよね』
「確かに……そうですね」
晴海が、神妙に同意する。……ようわからんけど、後で教えてもらうことにして、おれは黙った。
『物語が無事に進行してるから、「強制力」は働いて来なかった。思い出してほしいんだけど、「シゲル」は会計ルートの進展に必須の駒。今までは、シゲルは幸か不幸か「シゲル」としての役割を、それなりにこなしてきてたのよ』
そ、そうやったんか。
『でも、今はどう? 物語の最終局面に向けて必要なイベントが、まだ起こってないと思わない?』
「あっ。化学教師か!」
晴海が、パチンと指を鳴らす。
『そう! アート班との決別後、「シゲル」は化学教師と結託する。化学教師は「シゲル」という手駒あってこそ、会計に復讐を企てて、驚きのクライマックスを演出できたのよ! 逆に言うとね、シゲルと化学教師が接点を持たなきゃ、クライマックスは訪れないの。だから、ケツ穴回避できるって言ったわけ』
「なるほど。――それじゃ、強制力って言うんは、どう働いてくるんです?」
晴海は、スマホにずいと身を乗り出した。
『元のようにルート進行するように、強引にイベントが発生したりして。例えば、強引にシゲルと化学教師を結託させようと――準備室と言わず、向こうから会いに来るかも知れないわよ』
「ええっ、怖!」
なんでよ! 準備室で遭遇するなら、準備室から出てくんなや。
怖くて身震いすると、晴海の腕が肩にギュッと回る。
「やから、愛野と揉めとる状態があかんということですね」
『そう! ちょっと揉めてた時点で、声かけてきたでしょ? 今なんか、最高潮に険悪じゃない。ありえなくないでしょ?』
「確かに……」
姉やんは、きりりと眉をつり上げた。
『だからシゲル、愛野くんとすぐ和解して。それが、あんたのケツ穴を守るためなのよ!』
「おっ、今井。なーんか、今日あたまフワフワじゃね?」
教室入ってったら、上杉が目を丸くした。おれは、パッと笑顔になる。
「わかる?」
「まあ普通に。何かしたん?」
「ふふ。ちょっとな」
得意になって胸を反らしたら、ぽふっと頭を撫でられる。晴海が、にこにこしとった。
「ひよこみたいで、可愛いやろー」
「あっ、また言う!」
むっと口を尖らしたら、「おお、もっと似とるわ」ってからかわれる。おれは「ぐぬぬ」と唸った。
晴海、すぐ気づいてくれたんは嬉しいけど。なんかちょっと違う……!
ふいに、ポケットでスマホが震える。
姉やんから電話や。
慌てて、被服室で折り返したら、すぐに興奮気味の声が聞こえてくる。
『あ、もしもし? 解毒薬のサンプルがね、もうじき出来そうだから、電話したんだけど!』
「えっ、ほんま!?」
おれと晴海の声がだぶる。
「すごい、姉やん! こないだ解析中やって言うてたのに、もう?!」
『いやぁ、興が乗っちゃってさあ。寝る間も惜しんで、ヤッちゃったのよー。調べれば調べるほど、化学教師の変態さが浮き彫りになるもんだから。なんたって、一たび使えばケツ穴の感度は三百倍の上、フィストも対応の伸縮度』
「ちょお、お姉さん!」
早口でまくし立てる姉やんを、晴海が大焦りの声で遮った。
「く、詳しい効果は置いといて。ありがとうございます。解毒薬の完成、待ってますわ」
『はいはい。効果と安全確認出来たら、すぐに送るから、楽しみにしててね。――そういや、その後そっちはどう? 上手くやってる?』
「それがな――」
おれが、学祭の準備に関われへんことを言うと、姉やんは「あー」と呻いた。
『そりゃ、藤崎くんの仕業よ。ゲームではね、悪役モブのたくらみに仲間が巻き込まれないように、徹底的に企画から閉めだしてたわ。「天使の手を汚させはしない」なんて言っちゃってね~』
「ははあ、藤崎が。やっぱりですか」
晴海が、眉根を寄せて頷く。
そうやねん。「やることない?」って、あちこちの班にしつこく聞いて回っとったらさ。グループちゃうけど、わりと話す方やった奴らが、「藤崎に言われてるから」って言うててん!
姉やんは、顔の横に両手をくっつけた。
『愛野くんもだけど、藤崎くんも思い込んだら”こう”だからねえ。愛野くんに反目する悪役モブが仲間に入ろうとするなんて、悪企みに違いないって警戒してるのよ』
「そんなん酷い! おれらかて晴海殴られたし、山田も親友と仲たがいしてんのに……!」
『あんたの気持ちはわかる。でも、そういうキャラだと思って、ここは堪えてよね。化学教師に近づかなきゃ、フラグ回避できるとは言ったけど……あんまり愛野くんと仲違いしちゃだめ。でなきゃ、「ゲームの強制力」が働くかもしれないわよ!』
姉やんは、ビシッと指を突きつけた。
「な、なにそれ?」
おれと晴海は、顔を見合わせた。姉やんは、胸を張って厳かに話し出す。
『これ系の小説で、転生者の努力をふいにする恐ろしい力のことよ。「ゲームの強制力」ってのは、主人公のための物語を遂行しようとして起きる――いわば、修正機能のようなものなんだけど』
「修正機能?」
『私たち、『ばらがく』の物語に干渉して筋書きを変えようとしてるでしょ。細かいところは変化してるけど、大きな流れは変わってないと思わない? シゲルは愛野くんに嫌われてるし、クラスから閉め出されてる。会計ルートは、無事に進行してるわよね』
「確かに……そうですね」
晴海が、神妙に同意する。……ようわからんけど、後で教えてもらうことにして、おれは黙った。
『物語が無事に進行してるから、「強制力」は働いて来なかった。思い出してほしいんだけど、「シゲル」は会計ルートの進展に必須の駒。今までは、シゲルは幸か不幸か「シゲル」としての役割を、それなりにこなしてきてたのよ』
そ、そうやったんか。
『でも、今はどう? 物語の最終局面に向けて必要なイベントが、まだ起こってないと思わない?』
「あっ。化学教師か!」
晴海が、パチンと指を鳴らす。
『そう! アート班との決別後、「シゲル」は化学教師と結託する。化学教師は「シゲル」という手駒あってこそ、会計に復讐を企てて、驚きのクライマックスを演出できたのよ! 逆に言うとね、シゲルと化学教師が接点を持たなきゃ、クライマックスは訪れないの。だから、ケツ穴回避できるって言ったわけ』
「なるほど。――それじゃ、強制力って言うんは、どう働いてくるんです?」
晴海は、スマホにずいと身を乗り出した。
『元のようにルート進行するように、強引にイベントが発生したりして。例えば、強引にシゲルと化学教師を結託させようと――準備室と言わず、向こうから会いに来るかも知れないわよ』
「ええっ、怖!」
なんでよ! 準備室で遭遇するなら、準備室から出てくんなや。
怖くて身震いすると、晴海の腕が肩にギュッと回る。
「やから、愛野と揉めとる状態があかんということですね」
『そう! ちょっと揉めてた時点で、声かけてきたでしょ? 今なんか、最高潮に険悪じゃない。ありえなくないでしょ?』
「確かに……」
姉やんは、きりりと眉をつり上げた。
『だからシゲル、愛野くんとすぐ和解して。それが、あんたのケツ穴を守るためなのよ!』
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