底を知らぬ甘み

盆の夜、十数年ぶりに山間の村へ帰省した青年。
祖母が生前に作ってくれた「しょっぱ煮」の味を求めていたが、祭りの鍋は妙に甘く、記憶よりも重たい香りを放っていた。
村では昔から、祭りの翌朝に必ず“ひとり”姿を消す——子供の頃は笑い話のように聞き流していた風習が、帰郷を重ねるうちに甘みに結びついていく。
夜更け、青年は集会所の裏で、冷凍庫に眠る白い包みと、鍋の底から立つ金属と骨の触れ合う音を聞く。
叔母も村の長老も、その音を当然のように受け止め、「底を知らねば味は出ない」と言い放つ。
やがて青年の前に差し出された椀の中には、祖母の台所と同じ湯気が立ち、忘れられない甘みが広がる。
それは人の脂がもたらす甘み——思い出とともに舌に刻まれる“誰か”の味だった。
一口で過去は蘇り、逃げ場は消える。
青年は悟る。甘みを忘れぬ者は、この村に縛られ、いずれ来年の鍋を甘くする側に回るのだと。
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