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リーネの章

誰かの慰み物として

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リーネにも働いてもらうのは、今のこの世界自体が<そういうもの>だからというのもあるし、それゆえに、

『人間として生きるために必要な知識を得る』

ために、実地で学ぶ必要があるんだと実感する。国語算数理科社会の座学とは違ってても、これも<必要な学習>なんだろうな。

ただ、<学習>ってことなら、今すぐ役に立たなくても当然だろう。できないから、知らないから、やるんだし。

だから俺も、リーネがすぐに完璧にできなくても怒鳴ったりしないでおこうと思った。むしろできなくて当然なんだ。

なのに、彼女は、採ってきた果実や木の実を、俺に言われるまでもなく、保存するために仕分けし始めた。それは結局、叔父夫婦の家にいた時にやらされたから出来るようになったんだろうが、怒鳴られたり叩かれたりしてってことだったらと思うと、胸の奥がざわざわとした気分になる。リーネの叔父夫婦への不穏な感情が湧き上がってきてしまう。

とは言え、それを実行に移すわけにもいかない。そんなことをすれば俺は間違いなくリーネの叔父夫婦が住む村の連中からリンチを受けて殺されるだろう。そして俺が殺されれば、リーネはどうなる? 俺が彼女の叔父夫婦を殺せていたらそこに戻ることはなくても、体の発育も遅れているような彼女がまともに生きていけるのか?

正直、それはないだろうな。一番よくて、誰かの慰み物として生きていくのが関の山だろう。だとしたら、俺は、そんな形で死ぬわけにはいかない。そして、俺が生きている間に、彼女には自分の力で生きていけるようになってもらわなきゃな。

が、同時に、

『お前のためなんだ!』

的に押し付けるのも違うと思う。俺だってそんなことされても素直に『はい、そうですか』とは思えないし。自分がそう思えないのに恩の押し売りして上手くいくわけないじゃないか。

なんてことが、次々頭に浮かんでくる。

それらすべてが、前世の俺自身を見ればこそだ。

『日和った』とか言いたいなら言えばいい。だが、自分が納得できない人生を歩んだ経験を活かすことに難癖付けるような奴なんざ知ったことか。

もっとも、今はそんな難癖付けてくるような奴もいないから、気は楽だが。

「一休みしますか?」

取り敢えず罠を作り終えて家に戻ってリーネの姿を何となく見ていた俺に、彼女が微笑みかけてくれる。

いやはや、前世じゃ、女房も娘もこんな笑顔を俺に見せてくれなかったな。俺の接し方を変えるだけでここまで違ってくるか?

もう笑うしかない。なわけで、

「ああ、そうしよう」

と応えた俺は、自分の頬が緩んでるのが分かってしまったのだった。

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