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第二章 その感情の名を知る
51、「俺の側にいろ」
しおりを挟む「──お前は、どうしたいんだ?」
リューイリーゼは目を見開いた。
「ええと」
「何だその微妙そうな顔は」
「不敬な言葉である事は重々承知なのですが……私の話をちゃんと聞いていらっしゃいましたか?」
思わず、確認した。
どうしたいも何も、それがあまりに度が過ぎて、自分本位過ぎる行動だったのではないかという話だったのに。
しかし、ラームニードは何が問題なのか、とでも良いたげな顔をしている。
「ちゃんと聞いた上で言っている。正直、お前が何を問題にしているのか分からん」
「分からんって……」
「そもそも、お前は貴族としての責務は充分に果たしているだろうに」
「え」
思わず目を瞬く。
「だって、そうだろう。お前のおかげで呪いの発動が抑えられるようになったのは確かだし、王に仕え、支える事が国の為にならないのであれば、この国の貴族の殆どが貴族の責務を果たしていない事になるが?」
呪いの発動を抑える事によって国の財政危機に歯止めをかけた。その上、国を背負う国王を誰よりも近くで支えている。
そのどちらも国への貢献に他ならない、とラームニードは断言した。
「一般的に言う貴族令嬢とは少し違うかもしれないがな。……だが、誇って良い事だと俺は思う」
あ……と思わず声にもならない声を漏らす。
あまりに素直な褒め言葉に驚いたのもあるし、何より……それが嬉しかったのだ。
自分のこれまでを肯定された事、そしてそうしたのが他でもないラームニードだった事。
そのどちらも、声に出来ない程までにリューイリーゼの心にじんわりと染み込んでいく。
「何が幸せかだなんて、それこそ千差万別だろう。相手の幸せを思った筈なのに、その当の本人にとってはただのお節介だった。そんな事はザラにある。だからこそ、無理に周囲の基準に合わせる必要はない」
どこか皮肉げに吐き捨てたラームニードの視線が、リューイリーゼへと向けられる。
「聞くが、お前は適当な相手と適当な結婚がしたいのか?」
「……いえ」
「家族がそれを望んでいるのか?」
「違う、と思います」
少なくとも、愛人として望まれた話をした際に怒髪天を衝く勢いで激怒していたジュリオンが望む訳がない。
それが分かっているのなら、話が早い。
ラームニードはそう口端を上げた。
「俺もそう思う。あの噂の『変わり者のカルム一族』だろう。俺はお前の両親とはそれ程面識がある訳ではないが、お前が望まない義務を強いるような人間には思えない」
きっとリューイリーゼがそう願っているように、彼らも自分が犠牲になる事は望んでいない。
他の誰に何を言われようとも、ただ幸せになっていてくれるのならばそれで良い。
我慢して笑うよりも、自分のやりたい事をやれと背中を押してくれるだろう。
──ああ、何て馬鹿な事を考えていたんだろう。
「ならば、再度問おうか。──お前はどうしたいのだ」
真っ直ぐに向けられるその赤い瞳に、一瞬だけ息を飲む。
──それでも、一瞬だけだった。
「続けたい」
声が震える。
「──王付きを、続けたいです」
目の前の赤い瞳に映るのは、己への信頼である。
今目の前にある穏やかな瞳も、楽しげにはにかむ姿も、愛情表現が下手な彼の拙い優しさも、彼がリューイリーゼを信頼してくれているからこそ見せてくれている姿だ。
いつからか、そんな姿をずっと見ていたいと思ってしまった。
その信頼に応え、時にはくだらない話をし、隣で笑えたならば、どんなに幸せか。
王付きを続けたい。
ここに居たい。
──ラームニードの側に居たい。
そこまで考えて、テーブルにそっと視線を落とす。
(……そう思うのはきっと、不敬ね。身分不相応だもの)
その上、動機が不純だ。
これでは、妃の座を狙って誘惑を仕掛けてきた女性らと何ら変わりはないじゃないか。
だが、リューイリーゼの言葉を聞いてラームニードは満足げに笑った。
「ならば、それで良い。──俺の側にいろ」
***
「──それはそうと、そもそもの話だな。お前に必要なのは、報告・連絡・相談をきちんとしてから行動する事だ」
「え、あ、はい……」
「結果が良ければそれで良しとするのではない。ノリと勢いで切り抜けようとするな。お前が実際に切り抜けられているのは幸運だったと思え」
「申し訳ありません……」
「家族を心配させたくないのであれば、まずは話し合いを持て。然るべき人間に話を通してから行動に移すように心がけろ」
「本当に申し訳ありません……」
それはそれとして、その後ラームニードに説教をじっくりとされる事になる。
あまりの正論に、ぐうの音も出なかった。
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