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35. やっぱり最強
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「っ!」
───本気で驚いた。
フルールはいつから僕の望みに気付いていたんだろう?
そして、
“どこへでも着いていく”
この言葉に今、僕がどれだけ救われ嬉しいと思っているのか……
もし、僕が今抱えている望みを叶えたら、君は公爵夫人という面倒な立場になってしまう。
しかも、公爵の座を無理やり父親から奪って手に入れようとした男の妻なんて、社交界でどんな目で見られるか分からないだろうに。
───ですが、私はそんな周囲の言葉なんて全く気にしませんわ!
───相応しくないと言うのならそんなの認めさせるまで。負けず嫌いの血が騒ぎます!
そう言い切るフルールはかっこよくて眩しくてキラキラしていた。
(君はもう戦うことを選んでくれているんだ……)
こんなの涙が出そうだ。
フルールの前で泣くのは情けない男過ぎるから我慢するけれど。
(それに……)
フルールが隣りにいてくれるなら、この叶うかも分からない望みも簡単に叶ってしまいそうな……そんな気さえしてくる。
本当に不思議な人だ。
(──本当に僕の最愛は可愛いのに最強だよ)
そう思うと、先程までは強ばっていたはずの顔に笑みが自然と溢れる。
「フルール……いつから?」
「はい?」
「いつから僕がそう考えていると君は気付いていたの?」
顔には出していないつもりだった。
だけど、フルールの言う“野生の勘”とやらが働いて感じ取ったのだろうか?
「──もしかして、と思ったのは私がお茶会でモンタニエ公爵家の情報を仕入れてきた時ですわ」
「!」
「おそらく、その前から度々心は揺らしていたのだと思いますけど、決定打は弟さんの話をした時……あの時に決心したのかなと思いましたわ」
フルールの言葉に僕は目を丸くする。
(全部、筒抜けじゃないか……)
最初からそんなことを考えていたわけじゃない。
フルールに助けられて、これからは自由だと言われた時、改めて自分は何をしたいのだろうと考えた。
けれど、ずっとずっと公爵家と王家のためだけに生きてきた自分の中は空っぽでそのことに愕然とした。
それでもただ一つ願ったのは、これからもフルールのそばにいたい、いて欲しい、ずっと一緒にいたい。
その明るくて元気の貰える笑顔をずっと見ていたい───だった。
(フルールといられるなら、このままここでアンベール殿の仕事を手伝うのも悪くない)
そう思った。
でも……
公爵家のことを考える度に自分の心は揺れた。
僕を道具としか見ていない父上や、仲が悪くなってしまった弟のこと。
日々、父親に怒鳴られ殴られ助けを求めていた幼い僕を見て見ぬふりをし続けていた母親のこと。
彼らを許せるかと問われたら僕は迷わず首を横に振るだろう。
だから、以前のような父上の元での公爵家の嫡男に戻りたいわけじゃない。
(なら、自分のしたいことは何だろうか?)
その時、またフルールの顔が浮かんだ。
───あんな人たちは、自分の方から捨ててやったんだ! そう思っちゃえばいいと思いません?
捨てる……あぁ、そうか。
気持ちの問題だけでなく、本当に僕があの人たちを捨ててしまえばいいんだ!
そう、父上から公爵の座を奪い取る───
「リシャール様? 違いました?」
「いや……」
僕は首を横に振る。
そしてそっと微笑んだ。
「フルールの言う通りだよ。君はすごいな」
「!」
そう言ったらフルールが得意そうな顔で笑っている。
……可愛いな。
(そうだ……)
それに僕は力を手に入れて、フルールのこの無邪気な笑顔を守りたい。
何も持たないただのリシャールのままだと、この先、何かあった時にフルールを守れないかもしれない。
それでは困るんだ。
だから、その為の力が欲しい。
「と、いうわけでお兄様! 明日からはダンスの特訓に付き合って下さいませ!」
「なんでだよ!?」
「当然! 立派な公爵夫人になるためですわ!」
フルールがはっきりきっぱり言い切っていた。
その言葉には、もしかしたら公爵夫人にはなれないかも……なんて不安は一切無い。
本当に僕が公爵の座を奪い取れるのだと当然のように信じてくれている。
そして、そんな僕の隣にずっといるという断固とした決意。
「フルールは僕が上手くやれるか不安じゃないの?」
「え? 不安、ですか?」
「……」
す、すごいな。
不安? 何それ? 初めて聞いた……みたいな顔をしている。
「全くありませんわね。だって私はリシャール様を信じていますもの!」
「っっ!」
きっと君は知らない。
そのキラキラの顔で当たり前のように語ってくれた信頼が僕をどれだけ強くするのか。
(フルール……)
「───それから、リシャール様を表舞台に登場させるかのタイミングは、よく考えないといけませんわよね……」
(……ん?)
「王女殿下とベルトラン様の真実の愛が壊れ始めたなら、リシャール様を探し出して再び、王女殿下の元に戻そうという動きも出てくるはず……そんなの冗談ではないもの」
フルールは深刻な顔でブツブツと呟いている。
僕がごちゃごちゃ色々なことを考えているうちにフルールはどんどん前を見据えて走っていた。
なんてことだ……
───これは、置いていかれないようにしなくては!
僕もフルールを見習って顔を上げてしっかり前を見た。
❈❈❈
それから。
自分の望みを口にしたリシャール様は、何かが吹っ切れたのか、お兄様を通して積極的に情報収集を始めるようになった。
そして私も───
我が家とモリエール伯爵家の慰謝料問題。
両家の交渉は決裂したため、法廷の場で決着をつけることが正式に決まった。
そんな中、私はベルトラン様の浮気証拠集めに奔走していた。
既にこっちが有利な話だけれど、証拠は多くて困ることはない。
(そうなると、やっぱり二人が出会ったという夜会よね……?)
お兄様やリシャール様から話は聞いてはいるけれど、どうせならもう少し第三者の話が欲しいわ。
そう思った時、一人の人物が私の頭の中に浮かんだ。
───
「──は? モリエール伯爵令息が王女殿下と出会った時の夜会での様子を知りたいですって?」
「はい! アニエス様なら、その時のことを何か覚えているのではと思いまして!」
私が思い浮かべたのはアニエス様だった。
お兄様によると、その夜会にアニエス様が参加していたのは間違いないという。
なので、私はパンスロン伯爵家を訪ねてアニエス様に話を聞いてみることにした。
お兄様が「他の証言者でもいいだろう!? なぜ彼女を選ぶんだ!」と言って全力で止めて来たけれど、笑顔で制して行ってきます! と言って出てきた。
そしてアニエス様の様子は───……
「ど、どうして、フルール様まで、わたし……わたしの所に来るわけ……?」
(まで? ってどういう意味かしら?)
私の顔を見たアニエス様の顔が引き攣っている。
いえ、どこか怯えている?
この間はあんなに仲良くお茶会の時間を過ごしたというのに?
(うーん?)
今日までの間に何かあったのかしらと思いつつも、私はどうしても彼女からの発言が欲しい。
なのでここは畳み掛けていく!
「どうしてって、だって昔から私の細かい所まで気にして見てくれていて、アドバイスをくれるのはいつだってアニエス様ですもの!」
「え? アドバイス? は?」
「ですから、きっとあの日のベルトラン様の行動も、その場にはいない私のことを思い出しては考え、色々と気にしてくれて、よーーく覚えているのではと思ったからですわ!」
私はアニエス様にグイグイ迫った。
「ち、近っ! っっ! ~~た、確かにあの時は、“やだ~、あの二人怪しい雰囲気~”とほくそ笑んだけども!」
「怪しい雰囲気……なるほど」
私はメモを取る。
「ダンスの間もお互いずっと見つめ合っていたから、まるで恋人みたいだわ、これはもしかしてなんて思ったけども!」
「まるで恋人みたい…………やっぱり傍から見てもそう見えた……これはいい発言ね」
さすがアニエス様!
その後もちょっと目を離した隙に、ベルトラン様と王女殿下が二人揃って仲良くどこかに消えてコソコソ戻って来た時の様子などを快くペラペラと語ってくれた。
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