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68. 殿下の真実の愛のお相手は……
しおりを挟むお兄様が頭を押さえている。
大変、頭痛かしら?
「……フルール、それ何か違う……」
「え? そうですか? でも二度目なのは間違いありませんわ!」
私はお兄様の言葉をサラッと流すとオリアンヌ様に視線を向ける。
オリアンヌ様は目を大きく見開いたまま固まっていた。
「──オリアンヌ嬢、す、すまない。フルール……妹は少々強引な所があって」
「あ、いえ……」
「リシャール様も気が付いたらそうやって我が家での滞在が決まっていた……」
「え……?」
私はそこでリシャール様も“悪役令息”として捨てられていたこと、それを偶然拾って我が家で匿ったこと、そして最終的には父親を追い出して公爵の座を手に入れたこと……などを説明した。
「す、すごい……」
話を聞き終えたオリアンヌ様の目がキラキラ輝く。
「……よく、分かったわ。最後に勝つのは何事も諦めない根性と言うわけですね?」
(ん?)
何だか強そうな言葉に私とお兄様は顔を見合わせた。
オリアンヌ様はそのまま握り拳を作るとブツブツと呟く。
「……侯爵家に対してはやっぱり食事の恨みが消えないわね……」
「そっち!?」
お兄様がギョッとしている。
その気持ち……私には分かるわ。食べ物の恨みはね深いのよ。
私は内心でオリアンヌ様に大きく同意する。
「殿下も……あんなお花畑みたいな発言……あれで未来の王になろうなんて笑っちゃう。間違いなく国が潰れるわ」
全くもってその通りなので、私はますます内心で大きく同意する。
「……殿下があの令嬢と添い遂げるのはもう好きにしてくれて構わないわ。でも、このまま彼が王太子としてのうのうと過ごすことには納得がいかない……どうせなら痛い目を───」
(か、かっこいい!)
美人が復讐に燃える顔はゾクゾクするくらい素敵だった。
「……というわけで、お父様! オリアンヌ様は実家と王太子殿下に復讐を遂げるまでは我が家に滞在することになりました!」
「事・後・報・告!! フルーール! お前……お前はまた……とんでもない拾いものを……ナンデダ……」
「とんでもない?」
私が首を傾げるとお父様は深いため息を吐く。
「あー……分かっている。これもお前の“野生の勘”というやつなのだろう?」
「その通りですわ!」
「で? ……また、王家と戦うつもりなのか? 今度の相手は王太子殿下だぞ?」
私はお父様のその言葉に首を振る。
「いいえ。真実の愛を持ち出して婚約破棄を言い出した時点で私の中では、もう王子ではなく、ただの浮気者に格下げですわ」
「フルール……」
「まぁ、私は殿下が元々どんな方なのかさっぱり知りませんでしたけど!」
「!」
ぐぁぁ……とお父様は頭を抱えていた。
────
なんであれ、お父様は追い出せとは言わなかったので、無事に我が家への滞在が決定したオリアンヌ様。
翌日、私はどうしても気になっていたことを訊ねてみることにした。
(リシャール様のあの反応が気になるのよ!)
もっと時間があればリシャール様も話してくれそうだったけれど、ゆっくり聞けなかったから。
国宝の顔をあそこまで歪められる程の令嬢ってどんな方なの?
「え? 殿下の浮……真実の愛のお相手令嬢がどんな方か、ですか?」
「不躾にすみません……お辛いならまた今度でも」
「いいえ、大丈夫です。構いません」
オリアンヌ様は笑顔でそう答えてくれた。
「昨日の時点でもう気持ちはすっきりしていたので大丈夫です」
「オリアンヌ様……」
「フルール様のおかげですよ?」
「え?」
どういう意味かしらと首を捻ったらオリアンヌ様は美しく笑った。
「ふふ、だってフルール様が言ってくれたでしょう?」
「?」
「私もフルール様みたいな最強令嬢になって幸せを掴み取ってこれから先を生きていきたいと思えました」
「オリアンヌ様!」
私はその心意気に感動した。
「えっとそれで……彼女のことでしたね?」
「はい。リシャール様から王族の伴侶となる予定の者は厳しい教育を受け、試験もあると聞きました。それはオリアンヌ様も同じだったのですよね?」
「あー……」
オリアンヌ様は遠い目をしながら頷く。
「……リシャール様もやはり同じだったのですね。教養、マナー、ダンス、語学、武術……当たり前のことかもしれませんが、どれもとても厳しかったですわ」
「試験……もですか?」
「んー……試験はそこまで。あれは学んだことの総復習のようなものでしたね」
「……」
ベルトラン様は試験にすら到達出来なかったと聞いたわ……
それは教育の時点で大きく躓いていたからだったのね?
つまりベルトラン様の頭はそれだけ……
「……えっと、王女殿下の真実の愛の相手は、その試験の基準すらも全く満たせなかったので最終的に二人の“真実の愛”は破綻しましたの」
「あら? そうなのですか?」
「では、王太子殿下の場合のお相手はどうなるのかと気になってしまいまして。それで……」
「なるほど……そうですね。彼女は───……」
オリアンヌ様は一旦そこで言葉を切った。
❈❈❈❈❈
───その頃の王宮。
(……帰りたい。帰ってフルールを迎える準備を進めたい!)
僕……リシャールは王太子殿下が帰国してからというもの、すっかり見慣れたこの光景に頭を痛めていて、そして毎日同じことばかり考えていた。
(こんなのフルールという可愛い存在がいなきゃ耐えられない)
チラッと横に並んでいる他の世話係の顔を見る。
みんな、無……だった。
きっと僕以外も同じ気持ちなのだろう……そう思わずにはいられない。
頭痛の種はもちろんこの二人──
「ヴァンサン殿下、こんなのあたしには無理です」
「エリーズ、頼むからそんな泣き言わないでくれ……」
「でも……」
王太子殿下──ヴァンサン王子が留学先から連れ帰った“真実の愛”のお相手、エリーズ嬢は早くも王太子妃教育に音を上げていた。
「エリーズ、それから何度も言っているが、言葉づかいは“あたし”ではなく……」
「あ……えっと、わたくし? わたくし……わたくし……わたし……わし……もう! やっぱり無理!!」
「エリーズ……」
すぐに無理と投げ出したエリーズ嬢に殿下も困り果てている。
「だって殿下言ってくれていましたよね? そんな飾らないあたしが可愛いんだって!」
「うっ……! い、言ったさ。だが……」
「ここまでアレコレうるさいなんて聞いてません!」
毎日、これの繰り返し。
(……本当に“真実の愛”とはなんなんだ? 呪いか? 熱病なのか?)
僕は頭を抱える。
王太子殿下もシルヴェーヌ殿下と同じような道を辿っているようにしか見えない。
ベルトラン以上にこの目の前の彼女には王族の伴侶なんて無理じゃないか?
(真実の愛は、ようするに一目惚れのようなものだと解釈していたが……)
まさか、王太子殿下のお相手が元々平民育ちで最近、引き取られたばかりの男爵令嬢だったとは。
実は今、彼女に課されているものはそう難しい課題ではない。
貴族としての最低限の常識を問うものばかり。
それをこのように早々に「無理」と投げ出す……
実際の王太子妃教育はもっともっと高度な教育が詰め込まれるというのに。
「エリーズ……そんなこと言わないでくれ」
「……殿下」
「君は言ってくれただろう? 私と一緒になるためならどんな試練も乗り越えてみせる、と」
「い、言いましたけど……」
それを聞いて僕は思う。
この令嬢は貴族社会のこともよく分からないまま王子に見初められて、夢見心地のまま浮かれて現実を深く考えずに答えたのだろうな、と。
「だが、このままでは私は婚約破棄を撤回してオリアンヌと結婚することになってしまう」
「──オリアンヌ様と? それは駄目です」
オリアンヌ・セルペット侯爵令嬢の名前が出た瞬間、エリーズ嬢の目の色が変わる。
「殿下、それだけは駄目です! 何度も言ったようにオリアンヌ様はあたしを……あたしのことを元平民のくせに調子に乗るなと影でこそこそ虐めてくるような陰湿な方なのです!」
「わ、分かっている」
エリーズ嬢は目に涙を浮かべて訴えた。
「学園であたしの教科書を破いて捨てたのも、制服をビリビリにしたのも、授業中に答えられなかったあたしを笑い者にしたのも……全部、全部、オリアンヌ様の仕業なんです!」
「エリーズ……」
「殿下と元平民のあたしが仲良くしていることが許せないからっていつも冷たく睨んで来て───」
「分かっている……オリアンヌは昔から感情をあまり表に出さない冷たい女なんだ……」
そう言って泣き始めたエリーズ嬢を殿下が必死に慰めている。
(うーん……?)
僕の頭の中には、フルールみたいに元気にお腹を鳴らして、キラキラした目で肉にがっついていたオリアンヌ嬢の姿が浮かんでいた。
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