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69. 様子のおかしいお兄様
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「それで、悪役令嬢と呼ばれてしまったのですか?」
「……殿下は何度説明しても聞く耳を持ってくれなくて。そうしているうちに……婚約破棄を言い渡されてしまったわ」
「オリアンヌ様……」
これはリシャール様の美しい顔が歪むわけよ。
オリアンヌ様から聞いた様子では王太子殿下の真実の愛の相手は、身分以外にも王太子妃にするには難があり過ぎる。
「それならきっと彼女は試験の合格水準には達しないと思いますけど?」
「そう思うわ」
オリアンヌ様は頷く。
そういえばリシャール様も、王太子殿下が彼女も一緒じゃなくちゃ嫌だと我儘を言ったから、とりあえず彼女が王太子妃に相応しいか確認するために連れて来たと言っていたわ。
「それなら、不合格を言い渡してさっさと令嬢にはお帰り願えば……」
「そうなのだけど……多分、殿下があれこれ理由をつけて突っぱねるのではないかしら?」
オリアンヌ様はため息とともに言う。
「殿下はそれくらい彼女にのめり込んでいたから」
それを聞いて真実の愛というのは本当に厄介だわ、と思った。
そして、きっと王太子殿下は王女殿下と同じで賢いタイプではない。
それが分かっていて、王家はそれぞれの伴侶になるはずだったリシャール様やオリアンヌ様に必要以上に厳しい教育をして来た。
きっと試験というのもそういう理由から設けられたのだわ。
(王子と王女の教育の失敗をそれぞれの婚約者に押し付けるなんて最っっ低!)
「……王女殿下からの慰謝料はもっと上乗せしておくべきでしたわね」
「フルール様?」
私はガシッとオリアンヌ様の手を掴む。
「オリアンヌ様……私は全力でオリアンヌ様の味方をしますわ!」
「え!?」
オリアンヌ様は目を丸くして私を見ていた。
私がオリアンヌ様との話を終えて部屋を出ると、廊下にお兄様が立っていた。
「お兄様? もしかして、廊下にずっといましたの?」
「……オリアンヌ嬢の様子を見に来たんだけど……フルールがいたから、さ」
「あら? それなら別に遠慮なさらなくても良かったのに」
お兄様は、うん……と頷くけれど何だか様子が少しおかしい。
「お兄様、どうしました?」
「い、いや……」
やっぱり様子がおかしいわ。この歯切れの悪い感じ……何かある!
それもきっと私に対して何か隠しごとしているのではなくて?
「はっ! 分かりましたわ! お兄様……もしかして」
「え」
お兄様がハッとした顔で私を見つめる。
「私に内緒で美味しいものを頂いてこっそり食べたのでしょう!?」
「へ!?」
「ずるいですわ、何? いったい何を頂いたのです!?」
私はお兄様の肩を掴んでガクガクと揺さぶる。
「フル……ち、違っ……なん、でそうなる!?」
「私の目は誤魔化せませんわ! 今のお兄様は子どもの頃、私に隠れておやつをこっそり食べていた時と同じ目をしています!」
「いや、ま、待て……な、何年前の、いつ、の話……だ!?」
「私が食べ過ぎでおやつ禁止令を出された頃の話ですわ!!」
あれは忘れもしない。
ちょっと食べ過ぎでお腹を壊してしまったので、暫くおやつ禁止令を出されてしまった。
「あれは…………くっ! と、とにかく今は違う! だ、だから、揺さぶるな」
「……そうですか」
しぶしぶお兄様の肩から手を離す。
私から解放されたお兄様はぜぇぜぇ肩で息をしている。
「くっ、フルール……本当に食べ物のことになると目の色が変わるんだな」
「オリアンヌ様もそうでしたけど、食べ物の恨みは深いのです」
プイッと顔を逸らしながらそう言うとお兄様は優しく私の頭を撫でた。
「すまない。フルールの野生の勘を信じていないわけではないが、オリアンヌ嬢がどんな人なのか確認したくてこっそり覗いていた」
「どういう意味です?」
私が聞き返すとお兄様は寂しそうに笑う。
「彼女、俺に言っただろう? 妹さんを大事にしているんですねって」
「ええ……」
お兄様は私のことを大事にしてくれている。
そのことは間違っていないわ。
「フルールは覚えているか? まだ、フルールがベルトランと婚約する前に俺に縁談の話があったこと」
「はい、ありましたわね」
年齢も家格も釣り合っている縁談だったのに、何故か話はまとまらなかったのよね。
「その時の縁談相手の彼女は俺に言った。妹さんを大切にしている所が素敵ですね、と」
「!」
「最初、俺はそう言ってもらえたことが嬉しかったんだけど、実際は嘘だったんだ」
「え……? 嘘?」
驚いて聞き返すとお兄様は苦笑いする。
「その彼女をエスコートしていたパーティーでたまたま聞いてしまったんだよ。“妹が邪魔なのよね”ってフルールの悪口を言っているところ……」
お兄様は遠くを見ると悲しい目をした。
「しかも、その後、いくら結婚の条件が良くても妹を可愛がっているとか気持ち悪いかも、って俺の悪口も言っていたんだ」
「お兄様……」
「それ以来、令嬢の言う“妹さんを大事にしているんですね”という言葉を聞くとちょっと……」
「……」
驚いた。
お兄様がそんな葛藤をしていたなんて知らなかったわ。
もしかして、お兄様がなかなか婚約者を作らなかったのはそのせい───?
「───でも、何故か不思議とオリアンヌ嬢の言葉には不快にならなかったんだ」
「え?」
「それが、何でだろうって不思議で、それで……」
珍しくお兄様がしどろもどろになっている。
「───それで、こっそり私とオリアンヌ様の様子を覗いていたんですの?」
「……うっ!」
言葉を詰まらせたお兄様は顔を赤くしてコクリと頷いた。
「……なるほど」
「…………フルール?」
「そういうことならお兄様! オリアンヌ様とたくさん話をしてみるといいのではないかしら?」
私は笑顔でパンッと手を叩く。
お兄様は驚いた顔を私に向けた。
「たくさん話を?」
「そうですわ。これからオリアンヌ様とたくさんお話する時間を設けてみて彼女がどんな方なのかを知れば、その謎は解けるかもしれませんわ!」
「フルール……」
私はお兄様の顔を見つめて笑みを深める。
「だから、私はいつもどんな方とも積極的に話すようにしています」
「……」
「噂より自分自身で見て触れて感じたことを信じることにしていますからね」
「……それがフルールの言う野生の勘?」
「そうなりますわ!」
お兄様はくくっと笑う。
「フルールらしい……」
「ちなみに、オリアンヌ様とはお肉への執念の話とかしたらきっと楽しいと思いますわよ?」
「!」
珍しくシャイな様子を見せていたお兄様に話題提供のアドバイスをしたら何故か大笑いされた。
─────
「……というわけで、私は“お兄様大好き”な私をまるっと受け止めてくれるリシャール様と出会えて幸せだと思いましたわ! 改めてありがとうございます」
「フルール……」
お兄様との話を終えたあと、私はその足で王宮のリシャール様の元を訪ねた。
「もしかして、その……お礼が言いたくて来てくれたの?」
「はい!」
私が笑顔で答えるとリシャール様の顔が赤くなった。
リシャール様が照れながらおいで? と合図をしてくれたのでその胸に思いっきり飛び込む。
「……フルール、それ可愛すぎるよ」
「えっと、ありがとうございます?」
「くっ……!」
私を受け止めたリシャール様はギュッとそのまま抱きしめてくれる。
そしてリシャール様は私に訊ねた。
「……たくさん話するといい、か。その通りなんだけどさ、もしかしてフルール、そう言ってわざと二人の仲を……」
「二人の仲? もちろん、お兄様とオリアンヌ様が変な先入観など無く仲良しになってくれれば嬉しいですわよ?」
「……」
何故かリシャール様がそこで黙ってしまう。
「リシャール様?」
「……あー、そうだよね、ハハッ………………うん。どこまでもフルールだった」
「どうかしました?」
私が聞き返すと、リシャール様は更にギュッと強く抱きしめながら言う。
「いや……やっぱりフルールは最強だなって改めて思っただけ」
「ふふ、リシャール様。それは私にとって最高の褒め言葉ですわ!!」
私はとびっきりの笑顔でお礼を言った。
(……ん?)
そんなちょっとだけ甘い時間を過ごしていたら、部屋の外がガヤガヤと騒がしくなった気配がした。
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