161 / 356
161. 十年後もこうして……
しおりを挟む───待って?
あの時も思ったけど、ここで私が直接的にお礼を言ってしまったら……
照れ屋さんなアニエス様は絶対にそっぽ向いてしまうわ。
お兄様の立場も……
(でも、私が気に入っていることはどうしても伝えたい!)
私はどうにかして気持ちを伝えられないか考えた。
「……」
「ちょ、ちょっと、フルール様!? どうし……」
「アニエス様! 今日の私のウェディングドレス姿どうでしたか?」
「は?」
私の質問に目を丸くするアニエス様。
「……今日の私の着けたヴェールは」
「え? ヴェール?」
少しだけアニエス様の身体が揺れた気がした。
「家族が用意してくれたものなのです。そして、今日初めて目にしましたの!」
「そ、それが何なのよ!?」
───私の気持ちを伝えるのよ! アニエス様に!
「それで私、あのヴェールに一目惚れしましたの!」
「!?」
アニエス様はますます何事!? という顔をした。
❇❇❇❇❇
(ヴェールに一目惚れ……ですって!?)
また、この令嬢……いえ、夫人は突然いったい何を言い出したの!?
相変わらず言動も行動も読めない……
わたしは、内心で息を吐く。
(それに、どうしてそれをわたしにわざわざ言うわけ?)
必死に何かを訴えてこようとしているようにも見えるフルール様を見ながら、
わたしは、シャンボン伯爵令息が訪ねて来た日のことを思い出した。
─────
『は? フルール様のウェディングヴェールを私に作ってくれですって?』
『……フルールが絶対に喜ぶと思うんだ』
突然の話に心の底から驚いた。
我が領の名産品のレース編みは確かに人気が高い。
妹を溺愛しているこの人ならそれを頼んで来てもおかしくはないけれど。
(でも……)
『シャンボン伯爵令息様、ご自分の言っていること分かっていますか? あなたはずっとフルール様に嫌味と小言を言い続けていたわたしのことを……』
『正直に言うと! あなたにいい印象は持っていなかった』
『……っ』
わたしは言葉を詰まらせる。
はっきり言うわね。
そんなことは勿論分かっていたけれど。
(……ん?)
『お待ちください。持っていなかった? どうして過去形なんですか?』
わたしがそう訊ねると伯爵令息は静かに首を横に振って言った。
『今はそうは思っていない』
『は? 何故ですか!』
『フルールが大親友だと言っていて、あなたのことが大好きなようなので』
『───っ!』
出たわ! 大親友!
友人と思われていたことにも驚きなのに、その格上の親友……
いいえ、いつの間にか大親友にまでのぼりつめていたのよ!?
『……フルールの一方的な片思いなのは分かっている』
『……』
『でも、フルールはずっと昔からパンスロン伯爵令嬢の行動や言動の一つ一つが友人としてのものなのだと捉えている』
『ええ。本っ当に……おめでたい頭ですこと!』
わざと兄の伯爵令息にも嫌味を言ってやったのに彼は優しく笑った。
顔が良いので少しドキッとした。
『でも、そこがフルールの……妹のいいところなんだ』
『……っ!』
『そういうフルールだから、救われた人間もいる』
『~~っ』
そんなこと知っているわよ!
夫のモンタニエ公爵もこの伯爵令息の婚約者……オリアンヌ様もそうだと言いたいんでしょ!
破天荒な妹を大事そうに語る伯爵令息の顔はフルール様にとてもよく似ていて……
ぐっと唇を噛んだ。
フルール様は、とにかくぽやぽやして掴みどころがなくて、突拍子もない強引な行動や言動を突然して来て……
嫌味は全く通じないし、気付けば妙に頼りにされているし、手紙と言い張ってとんでもない厚さの報告書を送り付けてくるし、勝手に大親友認定までされたけど……
(でも……憎めないのよ)
あの笑顔……恐ろしい。
そして、顔立ちが似ているこの兄も、中身はとんだお人好しだわ。
結局、製作者が私だということを明かさないことを条件にヴェールの件は引き受けたけれど……
この時のわたしは伯爵令息が最後に言った言葉が印象に残った。
『───パンスロン伯爵令嬢』
『なんですか?』
『フルールはね、もし今後、君に何かあった時は全力で君のことを守ろうとするよ?』
『え?』
わたしが聞き返すと伯爵令息は、またもやフルール様とそっくりの顔で笑った。
『あの子は敵に回すと厄介だけど味方にするととんでもなく心強い』
『……!』
フルール様が陛下も恐れる破滅を呼ぶ娘と噂されていたことを思い出した。
『だから、君がこの先、誰かに傷付けられるようなことが起これば、フルールは全力でその相手を潰すだろう───無邪気にね』
『!』
そうしてあの婚約詐欺男の件が起きた────……
伯爵令息の予言したように、フルール様は自分が被害に遭ったわけでもないのにあの男をボコボコの再起不能にした。
私は晴れてあの婚約詐欺師の求婚から逃れることが出来てお金まで手に入れることになったわ。
───もう、面倒なので、全員を呼んでみることにしましたの。
(確かに……フルール様は無邪気だった)
─────
フルール様は、一目惚れしたというウェディングヴェールのことを熱く語っている。
興奮しすぎて言っていることはめちゃくちゃなのに……
とにかく気に入っている───そんな思いが伝わって来る。
「~~っ」
(ああ、もう! 本当に本当に調子が狂う!!)
「───それでそれで、あのヴェールはすっごく繊細で……」
「ふんっ! フルール様、いいこと? あなたがレース編みのことを語るなんて十年は早いですわよ!」
「え?」
フルール様がきょとんとした目で私を見る。
「とにかく、あなたがあのヴェールを気に入ったということはよく分かったから───」
「十年ですわね!? アニエス様!」
「……え?」
元気いっばいのフルール様の声。
そろっと視線を向けるとそこには満面の笑み。
わたしは嫌ってほど知っている。
フルール様がこの笑みを浮かべる時は───……
「それなら私、アニエス様とレース編みについて語れるようになるために十年みっちり勉強しますわ!!」
「は?」
(ほら、やっぱり変なこと言い出したーーーー!)
どうして?
どうしてこの子はこんなにいつだって真っ直ぐなのよ!
ふと気付いたら、わたしは怒鳴っていた。
「ちょっと! 何を阿呆なことを言っているの!」
そんな暇があったら公爵夫人としてもっと……
「阿呆? そんなことはありませんわ!」
「え?」
フルール様は笑顔でグイッとわたしに近付いてくる。
「レース編みは立派な名産品の一つですもの。成り立ちや仕組み、製法に技術、果ては販売戦略や方法まで……勉強することに無駄なことなんて何一つありませんわ!」
「……!」
そう語るフルール様の顔はちゃんと公爵夫人の顔をしていた。
(そうだった……フルール様はそうやってあのえらく酷……斬新だったダンスも人並みに)
「───アニエス様!」
「ンんッ! ……な、なにかしら?」
フルール様が満面の笑みをわたしに向けてくる。
「私、これからみっちり勉強して十年後、あの素敵なヴェールの製作者に必ず直接お礼を言いますわ」
「!」
「そして、レース編みについて語り合います!」
(フルール様……まさか気付いている?)
わたしはぐっと言葉を詰まらせる。
「───どうしてそれを、わざわざわたしに言うのですか!」
「え? それは──……ふふ、ふふふふ」
「ひっ! ちょ、ちょっと! その笑い方……やめなさい!」
ああ、どうしてかしら?
十年後もわたしはフルール様に振り回される未来が視えた気がする────……
340
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる