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162. それぞれの幸せ
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(みっちり勉強して……十年後くらいなら実は知っていました──と、明かしてもさすがに許されるわよね?)
私はいつかのそんな未来が訪れるのを楽しみに思って笑顔が溢れる。
それに……
チラッと横目で見るとアニエス様も頬を顔を赤くしていて、どことなく嬉しそう。
私の気持ち……アニエス様に伝わってくれていたらいいなと思う。
ウェディングドレスもアニエス様が作ってくれたヴェールも……全部全部私の宝物よ!
「アニエス様!」
「……な、なに!?」
「私、病める時も健やかなる時もアニエス様の一番の大親友でいると誓いますわ!」
私がグイグイ迫りながらそう告げるとアニエス様が究極の照れ屋さんを発動した。
「は? なっ!? 何を言っているの!」
「私の心から純粋な気持ちですわ?」
「~~っ!」
大きく照れたアニエス様がフイッと顔を逸らす。
「そ、そういう言葉は、本来結婚式で夫に愛を誓う時に使う言葉でしょう!?」
「もちろん! 夫のリシャール様にも誓っていますわ!」
「そういうことではなくてーー!」
「?」
そうして、しばらく私たちの押し問答が続く。
ぜーはぜーはと肩で息をしながらアニエス様は言った。
「はぁ……フルール様、わたしは少し風にあたってきます」
「え? アニエス様? 大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。ちょっと……ふっ、そうね。これはきっと日頃の疲れね、ええ……そうよ」
(アニエス様?)
フフフと笑いながらそう言い残してアニエス様は、フラフラとした足取りでバルコニーへと行ってしまう。
大丈夫かしら?
(疲れ……きっと連日、ヴェールの製作に力を注いでくれていたのね……!)
大親友の想いに感謝しながら私はその後ろ姿を見送った。
「───さて、アニエス様も行ってしまわれたので私も残りのご飯を満喫しますわ!」
そうして、更に空になったお皿を積み上げて満足していたら、後ろから声をかけられた。
「───フルール様!」
「!」
その声に覚えのあった私は笑顔で振り向く。
「フルール様、結婚おめでとうございます! そして気持ちいい食べっぷり!」
「ニコレット様!」
あの騒動が終わってから領地に戻ってしまったニコレット様と顔を合わせるのは久しぶり。
そして幻の令嬢が今日この場にいることもあってか、ニコレット様は注目を集めている。
「来てくださってありがとうございます」
「もう少し余裕を持って来れたら良かったのだけど、すみません」
「いいえ、来てくださっただけで嬉しいですわ」
私がそう答えると、ニコレット様は嬉しそうに笑う。
その後、じっと私の全身を見つめた。
そして満足そうに頷く。
「さすが、フルール様。きちんと鍛錬を継続してくれている」
「当然ですわ!」
「顔つきもいい。これはお父様が喜びそう」
「ありがとうございます!」
最強の公爵夫人を目指すにあたってその言葉はとても嬉しい。
「騎士の皆さんはお元気ですか?」
「とっても元気。フルール様と次に走り込む機会があった時は絶対に負けないと言っているわ」
それは良かった。
でも、私も負けない!
「そうそう、私も本格的にお婿さん探しを始めようかと思って、これからは以前より王都に来る回数を増やすことにしたわ」
「!」
なんと!
それは嬉しいお知らせ。
「ですから、これからもよろしくお願いします、フルール様」
「はい! また一緒に鍛錬しましょう!」
「ちなみに……」
ニコレット様がこそっと声を潜めて耳打ちする。
「お父様はすぐに即戦力になりそうな既に鍛えられた婿を見つけて連れて来いと言うのだけれど」
「ええ……」
「個人的には、ナヨナヨした頼りなさそうな男を私好みに育てる方が楽しいと思っているの──フルール様はどう思いますか?」
その言葉を聞いて私はニンマリ笑う。
そんなの答えは決まっている!
「私はニコレット様の意見に大賛成ですわ!」
「やったわ! フルール様ならそう言ってくれると思いました!」
ニコレット様が手を叩きながら嬉しそうにはしゃいだ。
「フルール様も賛成してくれていると言えば、お父様も頷くわ!」
「ぜひ、素敵な方を見つけてくださいね!」
「ええ! 期待していて!」
(よかった……)
私の出会った大好きな人達もそれぞれの幸せな未来へ歩き続けている───
ニコレット様はさっそく軟弱そうな男性の集団の塊を発見し、元気よく突撃して行ったので私はその様子を微笑ましく見守っていた。
そんな私に次に声をかけて来たのは……
「義姉……さん」
「!」
呼ばれて振り返る。
───ジメ男!
相変わらず名前の不明な義弟。もう今更聞けない。
「あ、改めて、兄上との結婚おめでとう……ございます」
「ええ、ありがとう」
お礼を言いながら、私は昨日の騒動を思い出す。
確か、ジメ男も私と追いかけっこをしてくれていたはず。
「それから、昨日はごめんなさいね?」
「……え! あ、はい……」
ジメ男の顔が引き攣る。
「私に記憶はなくて申し訳ないのですけど……」
「あー……あれは! いいんです。その……僕も、色々勉強になりました」
勉強になった?
───なるほど! アルコールのことね?
私はウンウンと頷く。
「義姉さんと上手くやっていけるのは、絶対に兄上しかいません!」
ジメ男はそう言ってくれた。
拗らせるくらい兄上大好き! な弟に認められたことが嬉しい。
「当然ですわ! 私は最強の夫婦も目指していますもの!」
「……え? 最強の公爵夫人では?」
「もちろん、それもあります! ですが夫婦としても最強でなくてはいけませんわ」
「ははは! ブレないな。本当に義姉さんらしい」
(あら?)
私がそう言い切るとジメ男が声を立てて笑った。
あまり似ていない兄弟だと思っていたけれど、その笑い方はリシャール様によく似ていた。
そんなジメ男の顔を見ていたら、リシャール様の顔が見たくなってウズウズして来た。
(邪魔ではないかしら? 私も突撃───)
「───フルール。僕の可愛い花嫁さんは弟と何を話しているのかな?」
「だ、旦那様!」
突撃しようかと思ったその時。
私の気持ちが届いたのかなんとそこにリシャール様が現れた。
リシャール様は苦笑する。
「もうさ、フルールがずっとモテモテ過ぎて近付けなくて困ったよ」
「モテモテ?」
「そう、今もフルールに声をかけたくてチラッチラしている人がたくさん」
「それなら遠慮せずに声をかけてくださって構わないのに……」
「ははは!」
リシャール様はそう言って私の頬を優しく撫でた。
擽ったいけど心地よくてうっとりする。
そうしたら、なぜかリシャール様が突然私を抱き上げる。
「!?」
「それじゃ、可愛い僕の花嫁が他の人に取られる前にここから連れ去ってしまおうかな」
「え?」
どういうこと?
そう思って目をパチパチさせてリシャール様の顔を見つめる。
目が合ったリシャール様は言った。
「こういう時の新郎新婦は先に退場するものなんだよ、フルール」
「え?」
「と、いうわけで二人っきりになれるところに行こうか?」
にっこり国宝級の笑顔で微笑むリシャール様。
私の胸がトクンと高鳴る。
「ああ、それから……」
リシャール様は私の耳元に口を近づけると、あのゾクゾクするような冷たい声色でそっと囁いた。
「フルール。今夜は寝かせないから……覚悟しろ」
───と。
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