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支配の蠱毒
拾うというか、拾われる
しおりを挟む私は今、人生初のお姫様抱っこをされています。
しかも、知らない男性に。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)
すっかり元気になった死にかけているように見えた男性は、どこに向かっているのか夜道を安定感のある足取りで進んでいる。
方向的には私の住んでいるアパートがあるほうに向かっているのだけれど、男性は私のアパートの場所なんて知らないはずだ。
それにしても――綺麗な人だと、感心してしまう。
私は作り物のように綺麗な男の人をもう一人知っているけれど、私の知り合いの男性の美貌が光り輝く太陽みたいなものだとしたら、私を抱いている男の人から感じるのは、静謐な月のような冴え冴えとした美しさだ。
ふわりとした白い髪も、灰色に近い不思議な色合いの瞳も、白い肌も、細身なように見えたけれど私よりもずっと大柄で、背が高くて手足が長いすらりとした体型も、全部、綺麗。
(モデルさん、とかなのかなぁ……)
私はあまり芸能界とか、世情とかに詳しくないから見覚えはないのだけれど、雑誌からそのまま出てきたようなひとだ。
雑誌というか、絵画というか。
ともかく、そういった人なので、例えば女性に刺されるとか、そういうこともあるはずで――
(でも、さっき……、血を飲んだとか、吸血鬼とか、言ったわよね……)
冗談、なのかもしれない。
冗談だとしても、危ない人だと思う。
でも、何故か不思議と、怖い感じはしなかった。
「……あ、あの、あの、降ろしてください……、どこに行くんですか? 私、お金とか、あんまりというか、全く、持っていなくて、何の役にも立たないと思うんですけど……!」
とりあえず、このままではまずいので私は口を開いた。
男性は、冷たそうな美貌に似合わない人好きのする笑顔を浮かべて、私を見下ろした。
「ねぇ、名前、教えて?」
「……二逢、杏樹です。……二度、逢う、で、にあ。杏樹の樹の、あんじゅ」
「丁寧にありがとう。優しいね、杏樹ちゃん。僕は、呂希。ロキ・アルカード。口がふたつ重なった、呂、に、希望の希」
「名前、教えてくれてありがとうございます。……それより、病院に行った方が良いかと思うのと、私は一人で帰れるので、大丈夫です」
「もう大丈夫だよ。魔力不足で消滅しそうになってたけど、杏樹ちゃんが僕に血をくれたから、傷も塞がったし。……あ、もしや、信じてない?」
「吸血鬼とか、いう話ですか」
「うん。正確には半分、ね。ダンピールっていうんだよ。別に覚えなくて良いけど」
「冗談、ですよね」
「本当だよ。血、飲んだでしょう? 僕の魔力の糧は、血液。だから、血液をたくさん失っちゃうと、駄目なんだよ。普段は、多少の傷ならすぐに直せるんだけど……、今回は、魔力、使いすぎちゃってね」
「魔力……」
吸血鬼。ダンピール。魔力。消滅。
耳慣れない単語ばかりだ。
今までの私の世界には、存在しなかったもの。
「でも、すごいね、杏樹ちゃん。少し血を分けて貰っただけで、一年間棺に入って眠り続けたぐらいに、元気。あ。僕、ダンピールだから、棺とか入らないし、朝の光の中を堂々と歩けるんだけど。だから、心配しないでね」
「はぁ……」
私は気のない相槌を返した。
正直、吸血鬼についてもそんなに詳しくない。
呂希さんという男の人は、まるで世界の常識みたいな口ぶりで、棺に入るなどと言うけれど、吸血鬼とはそういうものなのだろうか。
「もしかして杏樹ちゃん、吸血鬼とか、あんまり知らない?」
「は、はい……、なんせ、はじめて会ったので……」
「そうだよね。うん。それも、そうだね。……ところで、杏樹ちゃんの家。こっちであってる?」
「あ。はい、そこを右です」
思わずはきはきと答えてしまった。
結局、断るきっかけを掴むことができないまま、私は夜道を呂希さんに運ばれてアパートまで戻った。
確かに体が怠かったし、それに――
どういうわけか、このまま呂希さんと、さようならをしてしまうのは、――なんだか、嫌だなと思った。
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