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属国の姫は皇帝に虐められたい

帝国からのお迎え

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 お兄様が帝国にお返事の手紙を送り、さらに返事が戻ってきたのは数日後のことだった。
 私が帝国に嫁ぐことについて、侍女達は大変寂しがり、私に皇帝が出てくる系の艶本を沢山買ってきてくれた。
 今までの私の艶本コレクションはほとんど兄妹物で埋め尽くされていたのだけれど、皇帝が登場するものも結構人気があるらしく、数日でコレクションはかなりの量になった。
 私は不幸なお姫様やらご令嬢が皇帝に陵辱されるお話を、期待に胸をときめかせながらベッドの上で読み耽る日々を送った。
 ジークハルト様とはどんな方かしら。私はお兄様からの申し付けもあって、城の自室から滅多に出ない日々を送っているので、あまり世情に詳しくない。
 侍女たちの話では、まだ二十歳のお若い皇帝なのだという。お兄様が二十三歳だから、ジークハルト様の方が年下だ。
 皇帝というからにはきっと、冷酷で残虐で、美女を侍らせて、女を物のように扱うような方に違いない。
 私も属国の姫として、それはもう残酷な扱いをされるに違いない。
 そのようなことを侍女たちに話すと、皆私が可哀想だと言ってぼろぼろ泣いてしまったので、私も一緒になって「ごめんねぇ……」と謝りながら泣いた。
 私は私が可哀想なのは良いけれど、誰かが悲しむのは苦手なのである。

 数日後、帝国からのお迎えの使者が来た。
 私は小さな荷物を一つだけ持って、お迎えの馬車に乗った。お兄様は大変心配そうにしながら「ティア、その手荷物を私に見せなさい」と何度も言っていた。
 私は「女性の手荷物を覗き見るのはマナー違反です」と言って断固拒否した。
 王国からは、侍女も連れていかなくて良いし、何も持って来なくて良いと手紙には書かれていたらしい。
 私の味方を誰も連れてくるなとは、かなり酷い仕打ちだ。何も持って来なくて良いと言いながら、ドレス一つ与えられない生活を送るのだ、私は。絶対そう。そうであって欲しい。興奮してきた。
 最後まで私の手荷物を奪おうとするお兄様から逃げるようにして、私は馬車に乗り込んだ。
 手荷物は死守した。小さな鞄の上の方には、お気に入りのオルゴールが入っている。これは幼い時にお兄様から頂いたもので、私の宝物である。
 その下には侍女たちが私のために集めてくれたまだ未読の艶本コレクションが入っている。これも宝物である。帝国で取り上げられないと良いけれど。
 帝国から来た大きくて豪華な馬車に揺られながら、私は目を閉じた。まともに眠ることができない日々を送ることになるかもしれないし、眠れるときは寝ておかないといけない。
 硬い床の上であっても一秒で眠ることができるのが、私の特技なのである。

 王国から帝国までは、馬車にして半日ほどの道のりだった。
 途中で休憩を挟もうとしたけれど、私がよく寝ていたので起こさなかったと、一緒に馬車に乗っていた帝国から来た使者の女性がすまなそうに言っていた。
 ものすごくよく寝た私は、口元の涎を手で拭って大丈夫だと微笑んだ。
 そんなに気を遣ってくれなくても良い。私はこれから、道端の雑草のような生活を送る予定なので。
 帝国の景色は、圧巻の一言だった。
 元々私は王国の景色も、自室の窓から見る程度ぐらいしか知らない。白壁に橙色の屋根のある建物が多い景色だった。その向こうには、山や森が広がっている。
 皇帝の住まう城のある帝都は、灰色の建物が多い。私の知る王都よりも、ひとまわりもふたまわりも大きな街に見えた。
 その中央に、そびえ立つ灰色のお城に馬車は向かった。
 お城の周りはぐるりと高い塀で囲われており、見張りの兵士が立っている。なんだか寒々しい光景だった。
 城は迷ってしまいそうなほどに大きい。見上げると首が痛くなりそうだ。
 どのみち私は馬小屋か屋根裏などに押し込まれる予定なので、城の作りを覚える必要なんてないのだけれど。
 城の大きな前庭で、馬車は止まった。
 女性が私の手を引いておろしてくれる。
 馬車の到着を知らせるためだろうか、鐘の音が城に響き渡った。
 ややあって、城の入り口から一人の男性が何人かの侍女を連れて、姿を表した。

「ティア・リュシーヌ姫、ようこそおいでくださいました。ジークハルト様がお待ちです。どうぞ、こちらに」

「ありがとうございます」

 私はさしのべられた男性の手を取った。
 私の手荷物は、「部屋にお運びいたします」と言って、侍女と思しき方々が運んで行ってしまった。
 無事に手元に戻ってくると良いのだけれど。
 私をエスコートしてくれる男性は、かっちりした黒い服を着ている。胸には帝国の紋章である荊を模した紋様が金糸で描かれている。
 茶色い髪をオールバックにした細身の神経質そうな男性だ。私はそれとなく男性をちらちら眺めた。
 お兄様以外の男性とこんなに至近距離で接したのはいつぶりだろう。男性の手というのは、私よりも随分と大きい。
 細身だけれど、体つきも私よりずっとしっかりしている。
 薄い唇は生真面目そうにきつく結ばれている。本当は私の出迎えなど、不本意だったのかしら。
 嫌々私と手を繋いで、エスコートしてくださっている男性の姿に、私の期待値は高まった。
 見知らぬ帝国の城に一人きり。お兄様も、優しかった侍女たちもいない。私は生贄の羊のようなものだ。

「……あの、……私、これからどうなるのですか……?」

 いてもたってもいられずに、つい聞いてしまった。
 本当は粛々と黙って従っていようと思っていたのだけれど、好奇心に負けた。
 男性ははっとしたように私を見た。

「申し訳ありません、見知らぬ土地で不安でしょうに、言葉もかけずに。僕はジークハルト様の従者のひとり、ジェイク・ギヴスです。……ジークハルト様よりも先にティア様と話をするのは、失礼かと思いまして。ジークハルト様は、王国から返事が来てからずっと、ティア様の輿入れを楽しみに待っておられました。どうかご安心して、お過ごしください」

「そんな……」

 ご安心して過ごすだなんて、そんな。
 いや、でも、これは私を安心させるための嘘かもしれないわ。ジークハルト様は、私を興味本位で娶って、飽きたらすぐに捨てるかもしれないし。そもそも私は生贄のような物なので、玩具にしようと思ったのかもしれないし。
 それにそれに、帝国にはすでに心に決めた方がいて、それでも属国から一人づつ嫁を娶らなくてはいけなくて、嫌々娶ったのかもしれないし。
 うん、そうに違いないわ。

「……お気持ち、お察しします。王国の立場であれば、断ることなど不可能であったでしょう。それでも、我が主はあなたと結婚したかったのです。どうか、お許しを。……ジークハルト様は優しい方ですので、きっと、ティア様のお心も安らぐ日がくるかと」

 男性は生真面目な表情のまま言った。
 そういうことじゃないのだけれど、とりあえず私は黙っておくことにした。
 私の立場では余計なことは言えないのは、間違いない。こういう時は黙っているのが一番だ。
 広い城の中を歩く。通路を抜けると、開けた場所に出た。謁見の間と思しき場所だった。
 けれど玉座には誰もいなかった。てっきり、玉座に座っているジークハルト様の前に跪く私を想像していたのに、拍子抜けだった。
 そのまま謁見の間の奥にある扉を抜けて、城の更に深部に進む。
 中庭の横を抜け、回廊の先にある大きな扉の前で、ジェイクさんは足を止めた。
 扉を叩くと「入れ」という低い声がする。
 通されたのは、政務室と思しき場所だった。
 お兄様がよくお仕事をしている部屋に作りが似ているので、政務室であることは間違い無いだろう。
 
「ティア様をお連れしました」

 政務机には、書類が山積みになっている。
 それに目を通していた男性が、顔を上げた。
 黒いさらさらの髪と、赤い目の男性である。意志の強そうな眉と、やや釣り上がった瞳。肌はやや濃い色をしている。耳には銀色の耳飾りをつけている。黒い質の良い服を着ており、首に荊の紋様が刻まれている。美しくも、怖そうな男性だった。
 男性は、じろりと私を睨んだ。
 仕事の邪魔をするなとでも言いたげな視線だった。
 私は両手を胸元で組み合わせる。なんて冷酷な視線なのかしら。お兄様に負けずとも劣らない、冷たい眼差し。興奮してきた。

「ーーはじめまして、姫。急な申し出を受けてくれて、感謝している。私は、ジークハルト・ブラッドレイ。あなたの夫になる者だ」

 男性――ジークハルト様は、案外丁寧に挨拶をしてくれた。

「はじめまして、ジークハルト様。ティア・リュシーヌです」

 私は膝を折り曲げて、床につけると、深々と礼をした。
 正しい臣下の礼だと思って行ったのに、がたりと音を立ててジークハルト様は立ち上がった。

「あなたは、私の妃となる方。そのような挨拶は必要ない。今日からは、ティア・ブラッドレイとして、私を支えて欲しい。早々に儀式を済ませて、あなたと夫婦となりたいと考えている」

「もったいないお言葉です」

 私は首をかしげた。
 なんだかよくわからないけれど、丁寧な扱いをしてくださっているようだわ。
 初日から辛く当たるようなことはしないのかしら。まだまだ、これから、ということかしら。

「……姫、部屋でゆっくり休まれると良い。準備が整い次第、私もあなたの元へ向かおう。あなたのために部屋を整えてあるが、不足があればなんでも言って欲しい」

「ありがとうございます」

 ジークハルト様は膝をついている私の手を取って、立ち上がらせてくれた。
 見上げるほどに背が高かった。そして、手も私よりもひとまわりぐらい大きい。
 帝国は黒い服が主流なのかしら。ジークハルト様も黒に金色の糸で飾りの施された服を着ている。
 服の下の体は硬そうだ。筋肉質なのだろう。
 残酷そうで、強そう。夜も強そう。このような方に、私はこれから嗜虐していただけるのかと思うと、期待に胸が震える。一体どんな酷いことをしてくれるのかしら。
 とても、楽しみだった。
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