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1 小さな恋
しおりを挟む風が吹くと、金色の髪がお日様に透けてきらきらと光る。
男の人だけど、すごくきれい。
私と目が合うとにっこりと笑って抱き上げてくれる。
それがとっても幸せな時間。
「甘やかしすぎよ」
彼の隣に立って、私を見下すのは赤みがかった金髪が華やかな、美人の姉ミア。
二人が並ぶと一枚の絵画のようにきれい。
だけど、なぜか胸がぎゅってつかまれたみたいになる。
二人は幼いときからの許嫁だから、私が今さら好きになってもどうしようもない。
「エラ、今日もかわいいね」
「オーブリーも、かっこいい」
私は彼にとってただの妹になる女の子。
同い年の子たちよりも小柄だから、いつも子供扱いされてしまうのが悲しいけれど、抱きしめられるのは嬉しい。
「そんな子ほっておいて、早く出かけようよ」
私はぎゅっとオーブリーに抱きつく。
このままくっついていたい。
いい匂いがしてぐりぐりと顔を押しつけた。
オーブリーはふっと笑って一度ぎゅっと強く抱きしめる。
それから頭のてっぺんにキスしてから下ろされた。
「またね、エラ」
寄り添う二人の後ろ姿を見つめることしかできない。
十二歳の春はあっという間に過ぎていく。
四つ年上のミアは、ちやほやされるのに慣れている。
オーブリーがいるのに、時々違う男の人と一緒にいるのはおかしいと思う。
それを言うと、私を見て馬鹿にしたように笑うのだ。
「お前みたいな醜い小娘じゃわかんないだろうね。白髪みたいな髪して。……そんなの見苦しいからまた切ってあげる」
ミアは髪を切るのが下手だ。
ただの嫌がらせとしか思えないけど、今もうさ晴らしのように切れ味の悪いナイフを片手に私の髪を掴んだ。
「痛いっ!」
「おとなしくしてれば痛くないわよ! ほら、暴れるからきれいに切れないじゃない」
ブチブチと千切れるような音を立てて笑いながら話す。
「……とにかく、男の方から近づいてくるし、タダで物をくれるんだからいいじゃない」
確かにうちは裕福じゃない。
だけど、お金に困っているわけでもない。
私が黙っていると、口元を曲げて言う。
「それにね、結婚はオーブリーとするわよ。見た目もいいし、医者の家系で金持ちだしね」
「……オーブリーのこと好きじゃないの?」
ミアは呆れたようにため息をつく。
「あんた本当に馬鹿ね。結婚はお金がなくちゃ。だから……お前には渡さないわよ、あははっ。指咥えて見てたら」
「私は……兄として好きなの」
自分に言い聞かせるように言う。
けれど、少し胸が痛い。
「あ、そう。……つまんない子」
私に興味をなくしたミアは、私の髪を床に落として部屋から出ていく。
肩先まであった髪は首がむき出しになるほど短い。
ますます子供っぽくみえる。
部屋を片づけた後、弟のデーヴィドは昼寝をしていたから一人で森に向かった。
デーヴィドを連れて遊べるくらい穏やかで明るい場所だから、私が一人でいても誰も気にしない。
時間ができれば私はここで自由に過ごす。
お腹がすいたら、綺麗な湧き水も甘酸っぱい果物もあるし、裸足になって走り回ったり、寝転んだりするのも気分が良くなる。
今日はまだそんな気持ちになれないけれど。
私、間違ったこと言ったのかな?
「ミアなんて大嫌い」
ポツリと漏らしたら涙があふれた。
どうして、ミアなの?
オーブリーのこと好きじゃないのに。
私のほうが大好きなのに。
大きな木の根元で丸くなる。
どうして、先に生まれなかったのかな。
そしたら、私がオーブリーを大切にするのに。
風が流れて葉っぱがさわさわと鳴る。
森に慰められている気持ちになって私はごしごしと目元をこすった。
「……エラ? どうした?」
ふわりと髪を撫でられてゆっくりと顔を上げた。
オーブリーが心配そうに私を見つめる。
「ミアと喧嘩した? おいで」
私はオーブリーに抱き上げられて背中をぽんぽんと撫でられた。
あまりに優しいから、止まったはずの涙がまたあふれる。
「髪、切られたのか? まったく、相変わらず下手くそだな」
私が泣き止むまで待ってから、髪を整えてくれる。
今日は父親の往診の手伝いの後、先に近道して戻るところだったらしい。
オーブリーの話に私はぼんやりと頷く。
「……エラ、ちょっと待ってて」
目の前のシロツメクサを器用に編んで花冠を作る。
「ほら、もっと可愛くなった」
私の頭にそっとのせて柔らかく笑った。
オーブリーが、好き。
「ありがとう、オーブリー……嬉しい」
この時間も、この花冠も。
私だけの宝物。
オーブリーは医者になる為、町の学校に通っていて、今年になってからは村にいる時も父親の往診について行って忙しそう。
ミアに会いに来ることも減って家に来ることも少なくなった。
私も森でばったり会うことが減って寂しい。
ミアは夜になるときれいな服に着替えてこっそりと部屋を抜け出すことが増えた。
翌朝汚れて丸まった服を私に洗濯するよう押しつける。
何の汚れか固まって取れないから、川にしばらくつけておく。
今みたいな暖かい季節じゃなかったら辛い作業になるのに。
ミアに文句を言えば、鼻で笑うだけ。
「今だけよ。あんたにもそのうち服をあげるからいいでしょ」
女らしい体型のミアの服を着ると悲しいくらい似合わないし、私に回ってくるのは色あせてからだから、ハーブで染め直して着ることになる。
その上首回りと袖丈を詰めるから別物の不格好なワンピースになるけれど、他に着るものもないからどうしようもない。
忙しいオーブリーを支えるのがこれから奥さんになる人の役目じゃないのかな?
ミアはどうして彼以外と会うんだろう。
私だったら、彼だけいれば満足なのに。
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