僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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「俺は湖校に入学するまで、運動神経が優れているなんて考えたこと無かった。だがコイツらが、そんな事ねえって言いやがるから、信じることにしてさ。そしたらやっぱ俺は運動神経が良くて、北斗が五年掛けた回転ジャンプスクワットに、一年で追いついちまった。けど追い付いて初めて、俺は自分の弱点を知ってさ。俺の脳は身体操作と意識活動を、同時にこなすのが苦手だった。スクワットに動体視力訓練を追加すると、俺は北斗の何倍も疲れちまうんだよ。さっき北斗は颯太君に質問していたが、俺は座っているだけで精一杯だったつうのが、ホントのところなのさ」
 京馬の話には誤りが一つ含まれていた。京馬の脳は、身体操作と意識活動の並列処理が苦手なのではない。単に、平均水準なだけだったのである。しかし、京馬がこれから颯太君に話す内容を想像できる僕と北斗はそれを口にせず、黙って耳を傾けていた。その耳が、つばを飲み込もうとする不自然に大きな音を捉える。その音の主は颯太だった。颯太は京馬の強さに、いや、自分の弱点をこうもあっけらかんと明かす京馬のの強さに、文字どおり固唾を飲んでいたのだ。
「一方北斗は、さすが学年一の頭脳を持つだけあって、それが得意でさ。俺より素早く正確に数字を読むクセに、疲労は俺より格段に少ねぇんだよ。けどな颯太君、それでいいんだ。仲間と共にモンスターと戦う新忍道は、ことさらそれでいいんだ。俺は自分の長所を伸ばし、こいつらも自分の長所を伸ばし、その長所を連携させ、人を凌駕するモンスターを倒してゆく。俺は自分の短所を是正し、こいつらも自分の短所を是正し、連携時に短所が露呈しないよう努めてゆく。新忍道を修めんとする俺らが目指すべきは、戦友達がその命を預けるに足る、戦士となる事。だから俺にとって、多視ジャンプスクワットが得意なコイツは、命を預けるに足る頼もしい戦友なのさ」
「まったくお前は、自分だけカッコつけるな。颯太君、俺にとってコイツは、俺の五倍の速度で回転ジャンプスクワットをものにしてしまう、頼もしい戦友なんだよ」
 颯太君は感動に打ち震えていた。だが、コイツらと付き合いのある僕からしたら、まだ甘いと言わざるを得なかった。北斗と京馬の実力を十全に知ることは、颯太君にはまだ不可能なのである。ならばそれを気づかせることが、先輩である僕の務めなのだろう。隣に座る、まだ小さな豆柴の肩を、僕はポンポンと叩いた。
「颯太君、この二人はね、相手の手柄を自慢するのは大得意でも、自分の手柄となるとたちまち不得意になるんだよ。だから二人に代わって僕が言うね。北斗と京馬は、今の颯太君に合う多視ジャンプスクワットの訓練を考案し、その手助けをするソフトの制作を既に終えている。ただそれを切り出すのが、苦手なだけなんだね」
「僕に合う訓練を考案し、しかもソフトまで作ってくださったんですか!」
 喜びに全身をパッと輝かせ、対面する北斗と京馬へ豆柴は尻尾を千切れんばかりに振った。二人の日課を見学した関係で、颯太君と僕は二人に対面して道路に腰を下ろしていたのだ。ちなみにここは旅館の北側に建つ颯太君の家と、旅館の南側の公道を繋ぐためだけに設けられた私道。日課に適した場所を尋ねた北斗と京馬へ、ならこの道をお使いくださいと、颯太君が提供してくれた場所なのである。よって照れ屋の二人は、
「うむ、ここを使わせてもらっている礼にな」
「一年達とする自主練前にちょろっと寄れる、旅館に近くてAICAの邪魔にならない場所を探していた俺達にとって、ここはうってつけの場所だったからな」
 単なるお礼に過ぎないと口を揃えて説いた。ただこれも現在の颯太君には、十全な理解の叶わない事だった。北斗と京馬は、自分達に颯太君を加えた三人だけのやり取りをしたのではない。
 ――北斗と京馬は、先輩方から頂いた恩を、颯太君へ返した。湖校を去ってゆく先輩方から授かった宝を、二人は後輩へ渡した。この優秀な後輩が、後輩を持つ先輩となる、その未来のために――
 とはいえそれを身をもって学ぶのは、まだまだ先の話。僕らの想いなどつゆ知らず、
「ありがとうございます!!」
 颯太君は豆柴全開で二人にお礼を言っていた。
 でも、それでいい。
 真田さんと荒海さんにとっては、僕ら二年生トリオも颯太君とどっこいどっこいの豆柴のはずだから、それでいいのである。然るに、
「よし、半回転ジャンプスクワット、すぐ始めるぞ!」
「一回転が困難なら、まずは半回転を極める。颯太君、シンプルイズベストだぜ!」
「はい、先輩!」
 三人は正三角形に並び、半回転ジャンプスクワットを始めた。僕は自分のハイ子を取り出し、北斗と京馬が作ったソフトを起動して、それを颯太君の見える場所に置いた。そのソフトが無慈悲に告げる。
「颯太さんの現在の美技ランクは、Eマイナス。取り付く島もない落第です」
「ウオオ――ッッ!!」
 豆柴は吠えるも、吠えたところで成犬になれはしない。北斗の試算によると、及第スレスレのCランクを得るまで少なくとも三カ月かかり、そこに多視訓練を加えると、及第はその四か月後の来年三月になるそうだ。一人自主練を怪我なく続けるには、それくらい気長な方が良いのである。と分かっていても、
「颯太君、負けるな~!」
 せめて今だけはと思い、この地に一人残すことになる後輩を、僕は応援したのだった。

 時間が来たので訓練を止め、颯太君を送り出した。昨日以上に耳と尾を垂れるその様子に胸が痛んだが、明日も待っていると確約すると、豆柴は元気よく一礼し走り去って行った。
 それから僕らは旅館の正面に移動し、一年生トリオと合流した。運動場に続く道を、昨日と異なり押し黙って進む僕らを心配したのだろう。どうしたんですかと尋ねる松竹梅へ、僕らは颯太君の話をした。松竹梅は予想以上に的確な意見を述べ、自分達もフォローしますと言ってくれた。一つ下の後輩は、学年が進むにつれ同学年に準ずる仲間になってゆくと耳にしていた通りだったことが、僕は嬉しかった。
 いや僕らは二年と一年だから、少々気が早いんだけどね。
 運動場での自主練は、昨日より慎重に行われた。インハイ本選当日に怪我をして先輩方へ迷惑をかける訳には絶対いかないという想いが、僕らを慎重にさせたのだ。「練習は本番のように、本番は練習のように」を座右の銘としている新忍道部員にとって、今の自主練は本番に等しいはずであり、なればこそ普段と変わらぬ時間を過ごすべきだったのだけど、未熟な僕らにそれはまだ不可能だったのである。ならせめて次善の、怪我の回避だけは成し遂げてみせると、僕ら六人は奮起した。そしてそれを見事まっとうして、僕らは帰路についた。

 旅館に着くなり真水のシャワーを浴び、身を清める。
 食堂で配膳を手伝い、先輩方と一緒に朝食を摂る。
 そして昨日より十五分早い、八時四十五分。
「出発!」
 真田さんの号令のもと湖校新忍道部は、新忍道全国大会初日を戦う第四会場へ向け、十五対の足を踏み出したのだった。
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