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二十章
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那須さんは正しいと直感するも、それを言葉にしてはならないように思えて、僕は代わりに手をポンと打った。カースト上位の公認カップルというカテゴリーが湖校にもやはりあって、大多数の同級生はそれに疑問を抱いてないけど、去年の十組と今年の二十組はそこに含まれないと言える。五年時の序列意識の強弱が六年時のクラス分けに影響を及ぼすとの推測が、囃し立てられることに慣れているカースト上位の公認カップルという概念に、複雑な感情を芽生えさせるからだ。それが悪いとか低俗とかは決して思わずとも、那須さんが最後を「・・・かな」で終わらせたのが、僕らの真情なのである。来店名簿と予約名簿を確認し、「静かな場所を選びそうなカップルは確かにいないね」と返答するに留めた僕は、そこから派生した事柄を口にしてみた。
「ウエディングドレスを注文する先輩方がいないのも、朝露の白薔薇に遠慮しているからだって、那須さんも思う?」
遠慮と序列意識は異なると、僕は考えている。ただこのままウエディングドレスを注文するお客様が現れず、そしてそれを岬さんが知ったら、岬さんは多少の無理をしてでも明日の早い時間に店舗を訪れると思えてならない。それはやはり申し訳ない事であり、また仮にそうなったとしたら最悪の場合、静けさを好むカップルはお店に来たくても来られなくなるのではないかと僕は考えていた。
「猫将軍君、白薔薇の騎士長が来るなら、遠慮は当然だと思うよ。それを既定事項にした、明日の予想を聴かせてくれる?」
僕は苦々しさを堪え、静けさを好むカップルが来店したくてもできなくなる明日について話した。
「婚約を済ませた六年の先輩方が、ウエディングドレス姿の岬さんに続いたとする。そしてその後を上級生の大物カップルが引き継いだら、静けさを好む低学年カップルがそこに割って入るのは、事実上不可能になるだろう」
「うん、私も同意。その人達が来店を望むなら、明日より今日がだんぜん狙い目なの。そう考えると、今のこの状況が違って見えてこない?」
ハッとしたのち、
「凄いよ那須さん、ぜんぜん気づかなかった!」
那須さんの頭の良さを、僕は絶賛した。那須さんの言うとおり、静けさを好むカップル達は、明日より今日が断然お勧めになる。それも可能なら、今日の午前が望まれる。なぜなら湖校には、下級生の校舎を訪れる上級生は時間が経つにつれ増えてゆく傾向があるからだ。一日目の開始直後に上級生が詰めかけると、上級生に遠慮して、下級生は文化祭を楽しめなくなるかもしれない。よって下級生が同級生のクラス展示を楽しめる時間をまず設けるのだけど、来客者数が増えるのは問答無用にありがたい事。それに加え、上級生が訪れたクラス展示には箔が付くのも事実なので、正午近くになると、上級生がちらほら現れるのが湖校の伝統なのだ。然るに静けさを好む二年生カップルは午前の来店がお勧めであり、よってその人達が来やすいのは、二年の大物カップル達が撮影を粗方すませた後という事になる。いやひょっとすると、大物カップル達はそれを見越し、開店直後に集中してやって来たのかもしれない。それだけでも嬉しいのに、それは舞踏会コスプレ店にとって大々的な宣伝にもなったはずだから、無上に喜ばしい事だったのである。そうまくし立てた僕に、
「うん、私もそう思う」
那須さんは同い年とはとても思えない、二つ名持ちのお姉さんのように微笑んだ。
その笑顔に、大空へ羽ばたこうとする意志を感じた気がして、ふと顔を上へ向ける。
―― 次代の鳥の王が、妃を迎え入れるべく遥か高みを飛んでいる
その光景をまざまざと幻視した僕は、那須さんをよろしくお願いしますと、鳳空路守さんへ胸中語り掛けたのだった。
九時から十時十分までのシフトを終えた那須さんは、この階段を上り大会議室で制服に着替え、教室へ向かうつもりらしい。なら僕は、夕食会メンバーのクラス展示を偵察してから教室に行くねと告げ、それぞれの方角へ足を踏み出した。
舞踏会コスプレ店のシフト第二陣は、女子三人の男子四人。僕は七人の視界に入るよう移動し、それとなくアイコンタクトを取った。みんな活き活きしていて、とても楽しそうだ。ただ那須さんと同じシフトメンバーは一人も残っておらず、那須さんがまだここにいたのは、責任者として様子を見ていたのか。それとも、僕を待っていたのか。保健室で咲耶さんに叱られた事から察するに、ほぼ間違いなく後者なのだろう。那須さんに心の中で詫びつつ、僕は教室棟へ足を向けた。
渡り廊下を歩くにつれ、喧騒が次第に大きくなってゆく。しかも正面が輝夜さんの八組と昴の九組、そして正面ではないが七組が芹沢さんの七組だったものだから、僕はほとんどスキップして教室棟に到着した。
七組と八組と九組は、湖校十九年の歴史を見渡しても珍しい、三クラス連携の展示を行っていた。七組は和風喫茶、八組はメイド喫茶、九組は執事喫茶だったのである。頭の中で偵察順路を構築し、九組から覗いてみることにした。
執事喫茶の前で順番待ちをしているのは、九割以上女の子だった。とはいえその子たちは、イケメン執事を目当てにしているのではない。その子たちの目当ては男装の麗人、つまり昴と一条さんなのである。入り口ドアの窓から一瞥しただけだが、昴の執事姿はスリムなプロポーションと相まって、超有名歌劇団の男役トップにしか見えなかった。
続いてメイド喫茶の前に移動する。輝夜さんと白鳥さんを擁する八組の順番待ちは、ほぼ男子で構成されていた。それについてはメチャクチャ共感できても、できれば野郎共を全員蹴散らしたい、というのが僕の本音だった。鼻の下を伸ばしたバカ猿どもに輝夜さんのメイド服姿を見られるなど、本来なら絶対許しはしないのである。だが僕は腕を組み胸をそびやかし、バカ猿どもをせせら笑ってやった。僕はなんと九月の時点で「眠留くんの意見を聴かせてください」と頼まれ、輝夜さんのメイド服姿を見せてもらっていた。もちろん3D映像ではあったが、それでも「この衣装を着て男性の前に立つのはこれが初めてです」と、輝夜さんは頬を上気させ僕に言ったのである。僕はマントをたなびかせフハハハッと哄笑し、颯爽とその場を去ったのだった。
いやもちろん、心の中の話だけどね。
「ウエディングドレスを注文する先輩方がいないのも、朝露の白薔薇に遠慮しているからだって、那須さんも思う?」
遠慮と序列意識は異なると、僕は考えている。ただこのままウエディングドレスを注文するお客様が現れず、そしてそれを岬さんが知ったら、岬さんは多少の無理をしてでも明日の早い時間に店舗を訪れると思えてならない。それはやはり申し訳ない事であり、また仮にそうなったとしたら最悪の場合、静けさを好むカップルはお店に来たくても来られなくなるのではないかと僕は考えていた。
「猫将軍君、白薔薇の騎士長が来るなら、遠慮は当然だと思うよ。それを既定事項にした、明日の予想を聴かせてくれる?」
僕は苦々しさを堪え、静けさを好むカップルが来店したくてもできなくなる明日について話した。
「婚約を済ませた六年の先輩方が、ウエディングドレス姿の岬さんに続いたとする。そしてその後を上級生の大物カップルが引き継いだら、静けさを好む低学年カップルがそこに割って入るのは、事実上不可能になるだろう」
「うん、私も同意。その人達が来店を望むなら、明日より今日がだんぜん狙い目なの。そう考えると、今のこの状況が違って見えてこない?」
ハッとしたのち、
「凄いよ那須さん、ぜんぜん気づかなかった!」
那須さんの頭の良さを、僕は絶賛した。那須さんの言うとおり、静けさを好むカップル達は、明日より今日が断然お勧めになる。それも可能なら、今日の午前が望まれる。なぜなら湖校には、下級生の校舎を訪れる上級生は時間が経つにつれ増えてゆく傾向があるからだ。一日目の開始直後に上級生が詰めかけると、上級生に遠慮して、下級生は文化祭を楽しめなくなるかもしれない。よって下級生が同級生のクラス展示を楽しめる時間をまず設けるのだけど、来客者数が増えるのは問答無用にありがたい事。それに加え、上級生が訪れたクラス展示には箔が付くのも事実なので、正午近くになると、上級生がちらほら現れるのが湖校の伝統なのだ。然るに静けさを好む二年生カップルは午前の来店がお勧めであり、よってその人達が来やすいのは、二年の大物カップル達が撮影を粗方すませた後という事になる。いやひょっとすると、大物カップル達はそれを見越し、開店直後に集中してやって来たのかもしれない。それだけでも嬉しいのに、それは舞踏会コスプレ店にとって大々的な宣伝にもなったはずだから、無上に喜ばしい事だったのである。そうまくし立てた僕に、
「うん、私もそう思う」
那須さんは同い年とはとても思えない、二つ名持ちのお姉さんのように微笑んだ。
その笑顔に、大空へ羽ばたこうとする意志を感じた気がして、ふと顔を上へ向ける。
―― 次代の鳥の王が、妃を迎え入れるべく遥か高みを飛んでいる
その光景をまざまざと幻視した僕は、那須さんをよろしくお願いしますと、鳳空路守さんへ胸中語り掛けたのだった。
九時から十時十分までのシフトを終えた那須さんは、この階段を上り大会議室で制服に着替え、教室へ向かうつもりらしい。なら僕は、夕食会メンバーのクラス展示を偵察してから教室に行くねと告げ、それぞれの方角へ足を踏み出した。
舞踏会コスプレ店のシフト第二陣は、女子三人の男子四人。僕は七人の視界に入るよう移動し、それとなくアイコンタクトを取った。みんな活き活きしていて、とても楽しそうだ。ただ那須さんと同じシフトメンバーは一人も残っておらず、那須さんがまだここにいたのは、責任者として様子を見ていたのか。それとも、僕を待っていたのか。保健室で咲耶さんに叱られた事から察するに、ほぼ間違いなく後者なのだろう。那須さんに心の中で詫びつつ、僕は教室棟へ足を向けた。
渡り廊下を歩くにつれ、喧騒が次第に大きくなってゆく。しかも正面が輝夜さんの八組と昴の九組、そして正面ではないが七組が芹沢さんの七組だったものだから、僕はほとんどスキップして教室棟に到着した。
七組と八組と九組は、湖校十九年の歴史を見渡しても珍しい、三クラス連携の展示を行っていた。七組は和風喫茶、八組はメイド喫茶、九組は執事喫茶だったのである。頭の中で偵察順路を構築し、九組から覗いてみることにした。
執事喫茶の前で順番待ちをしているのは、九割以上女の子だった。とはいえその子たちは、イケメン執事を目当てにしているのではない。その子たちの目当ては男装の麗人、つまり昴と一条さんなのである。入り口ドアの窓から一瞥しただけだが、昴の執事姿はスリムなプロポーションと相まって、超有名歌劇団の男役トップにしか見えなかった。
続いてメイド喫茶の前に移動する。輝夜さんと白鳥さんを擁する八組の順番待ちは、ほぼ男子で構成されていた。それについてはメチャクチャ共感できても、できれば野郎共を全員蹴散らしたい、というのが僕の本音だった。鼻の下を伸ばしたバカ猿どもに輝夜さんのメイド服姿を見られるなど、本来なら絶対許しはしないのである。だが僕は腕を組み胸をそびやかし、バカ猿どもをせせら笑ってやった。僕はなんと九月の時点で「眠留くんの意見を聴かせてください」と頼まれ、輝夜さんのメイド服姿を見せてもらっていた。もちろん3D映像ではあったが、それでも「この衣装を着て男性の前に立つのはこれが初めてです」と、輝夜さんは頬を上気させ僕に言ったのである。僕はマントをたなびかせフハハハッと哄笑し、颯爽とその場を去ったのだった。
いやもちろん、心の中の話だけどね。
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