僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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 真田さんが、元日と翌二日だけを婚約者の実家で過ごしたのに対し、荒海さんは元日を中日なかびにした一週間を婚約者の実家で過ごしていた。荒海さんと親交のない人なら、度胸の塊なのかただの鈍感なのか判断付きかねても、僕ら新忍道部員がその判断に費やす時間はゼロと断言できる。大敵と対峙したさいの荒海さんが度胸の塊になるのは、100%間違いなかったからだ。まあゾンビは、それに含まれないんだけどね。
 ゾンビは脇に置くとして、千家さんによると荒海さんは、出雲の風土ととても水が合ったらしい。一見ぶっきらぼうなのは演技にすぎず、その下に優しく面倒見の良い性格がてんこ盛りになっているのを、千家さんの親族はすぐ見抜いたそうなのだ。おそらくそれには、荒ぶる神として名高い素戔嗚尊とゆかりの深い土地柄が関係しているのだろうと、千家さんは語っていた。また親族の中に、
 ―― あなたは教育者の道に進むべきだ
 と荒海さんに説いた人達が複数いたことも、嬉しそうに話していた。千家さんの親族には学校関係者が大勢いて、その人達が荒海さんにこぞってそう説いたらしいのだ。中高一貫校を経営している親族などは「新忍道部の初代監督になって欲しい」と主張し、そのためには大学で教員資格を取得せねばならないからそれを理由に断るも、大学の経営陣に属している別の親族が「あなたなら今からでも推薦が通る」と太鼓判を押し、話が非常にややこしくなったと言う。ただ荒海さんの中にも、新忍道に情熱を燃やす子供達を助けたいという確固たる想いがあって、それに後輩達の姿が重なると、はっきり断ることがどうしてもできなかったそうだ。個人的意見を述べるなら、荒海さんが優れた教育者になることも優れた監督になることも、僕は微塵も疑っていない。その最大の理由は、荒海さんは思春期の男子にメチャクチャ好かれるからだ。狼の気配を濃厚に漂わせる、身体能力も技術者としての能力も申し分ない大人の漢なのに、一皮むけば優しくて面倒見がよく、それがバレたら恥ずかしげにそっぽを向くなんて、もはやチートと言わざるを得ない。このチートがあれば、出雲を新忍道のメッカにするのも夢ではなく、それは新忍道を心から愛する僕にとって凄まじく嬉しいことだった。これに関しては部員一同完全に意見を等しくしており、「荒海さんの教え子なら自分にとっても身内、新忍道関連の身内が増える一方だな!」と、僕らは頬を緩めて語り合ったものだ。しかしそれでも、一番大切なのは荒海さんの意思であることに変わりはない。よって僕らは、荒海さんがどういう将来を選ぶかを、静かに見守ることにしていた。
 また荒海さんの件は、僕ら全員に深く関わることでもあった。近年日本では、研究学校の卒業生を教員として雇いたいと望む学校が、加速度的に増えていたのだ。その主な理由は、日本国政府にあった。研究学校が大成功を収めているにもかかわらず、研究学校をこれ以上増やす予定はないと、数年前に国が公表したのである。その代わり国が打ち出したのが普通校の研究学校化であり、しかしそこには但し書きがあって、
 ―― 無教師学校である必要はない
 とされていた。傲慢と謗られようと、僕はこの但し書きに賛成だった。教師がいなくても良好な学校生活を送れる生徒は、多く見積もっても一割だったからである。それ以外の九割の生徒には、従来どおり教師のいる学校の方が良い結果をもたらしてくれる。僕は、そう考えていた。
 ただそれは、おいそれと口にできる事ではない。なぜならそれには、この二つが含まれるからだ。

 1、量子AIは、人の心の成長度を機械的に測定できる。
 2、然るに日本国政府は、国民全員の心の成長度を把握している。

 これらは、Sランク以上の国家機密に分類されているとして間違いないだろう。よってこれについて自由に語り合えるのは、量子AI開発者の卵として高ランク機密を多数開示されている輝夜さんしかいない。初部活の日の晩、荒海さんの件を輝夜さんに3D電話で話したところ、非常に興味深い推測を聴くことができた。それは、
「政府は、国民の心の成長を最重視する国家運営を、しているんじゃないかな」
 だった。僕はそれを直感的に肯定するも、口を突いて出たのは、一見無関係な事柄だった。一度だけ垣間見たことのある、失敗した並行世界について話したのである。水晶に失敗例と言わせたあの世界を、輝夜さんも知っていた。翔子姉さんに前世を見せてもらった日の翌朝、翔薙刀術の訓練の延長として、水晶からその世界についてほんの少し教えてもらったそうなのだ。となれば、僕に話していい個所と話してはならない箇所の、両方がそこには含まれているはず。よって僕は自分の体験を詳しく説明し、輝夜さんにそれを判断してもらった。輝夜さんの熟考時間が訪れる。ただそれは想像以上に短く、ほどなく彼女は、心配する必要はないみたいと安堵の息を吐いた。
「お師匠様は、眠留くんが垣間見たものだけを、私と昴に教えてくれたみたいなの。だから安心して、どんどん話そうよ眠留くん!」
 世界一好きな人にそんなことを言われた年頃男子が、奮起しない訳がない。僕は時間を忘れてそれについて話し、時間を忘れていたのは輝夜さんも同じで、ふと気づくと就寝十分前になっていた。耐えがたい名残惜しさが胸にせり上がって来る。それにどうにか耐え、僕らは現時点における結論を出した。それは、これ。
『人類全体の成長は、個人の成長を忠実になぞる。その個人の成長とは心の成長を指し、そして自分の心を成長させられるのは、この宇宙に自分しかいない。ただ翔子姉さんが経験したように、心の成長を助けてくれる組織がこの宇宙にはあって、僕らの世界は差し伸べられた手を握ったが、あの世界は手を払い除けてしまったのかもしれない』
 不確定要素だらけでも、協力して結論に辿り着けたことが嬉しく、僕らは笑顔で電話を切ろうとした。けどその直前、
「あの世界が手を払い除けるに至った、歴史的事件は何だったのかなあ」
 なんて、僕はポロッと漏らしてしまう。それは、歴史好きの輝夜さんを大いに刺激したようだ。目をカッと開いた輝夜さんは私の意見を聞いてとばかりに身を乗り出すも、おそらくその直後、現在時刻に気づいたのだろう。画面右下に表示されている午後八時五十五分という時刻と僕の双方へ目まぐるしく視線を行き来させたのち、
「眠留くんの、うっかり者!」
 輝夜さんは僕を叱りつけた。狼狽えはしても、僕の就寝時間は輝夜さんの就寝時間でもある。それを最優先した僕は冷静に謝罪し、そんな僕に輝夜さんも落ち着きを取り戻して、まあいいわとお許しの言葉を頂くことができた。僕は安堵し、今度こそ電話を切ろうとしたのだけど、そうは問屋が卸さなかった。あろうことか輝夜さんは、うっかりさをこれ見よがしに演じながら、
「まあそのうっかりさがウケて、眠留ファンクラブがどんどん・・・」
 などと、最後の最後に爆弾を投下したのだ。僕は目をカッと開き身をグイッと乗り出し、それについて教えてもらおうとした。が、
「じゃあ、お休み~~」
 輝夜さんは笑みを燦々と振りまきつつ、通信を切ったのである。輝夜さんの名を呼ぶ声が部屋に二度響いたのち、沈黙が訪れる。ガックリ項垂れた僕はその姿勢のまま寝る準備をして、布団に潜り込んだ。そして、
「僕にファンクラブがあるの、ホントは嫌なのかなあ」
 この二か月間、就寝前にずっと考え続けて来たことを、今夜は普段の何倍も真剣に考えてみる。けど今夜も突破口すら見つけられぬまま、僕は諦めて眠りに着いたのだった。
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