僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 二年連続はもう一つあり、それは食事を作ってくれた女性達にハンカチを贈ったことだった。もちろん去年とまるっきり同じなどという愚は避けタオル生地にし、絵柄も変えた。タオル特有のふわふわの手触りを活かした、柔らかく温かな絵柄にしたのである。カラフルさは変わらない今年のハンカチも好評を博し、女性達は顔を輝かせて互いのハンカチを見せ合い、ふわふわの手触りを楽しんでいた。その光景に僕ら男子は、こっちこそプレゼントをもらった気持ちになったものだった。
 合宿を締めくくる夕飯は底抜けに楽しかったが、一度だけ底抜けに恥ずかしい思いもした。言うまでもなくそれは、僕のサタン戦を台所に映した時だ。この夕食では右隣に京馬と北斗が座り、左側には輝夜さんと昴が座っていた。左側の女子二人が合宿の様子をしきりと聞きたがり、それに男子三人が面白おかしく答え、女子二人が花の笑みを振りまくという時間は、楽しいやら嬉しいやらご飯は美味しいやらで僕を有頂天にした。その、有頂天の中でも最もテンションの上がった瞬間、
「それにしても眠留のあれは凄かった」「俺と北斗はほとほとお前に感心したよ」
 北斗と京馬が僕を持ち上げた。普段なら笑ってごまかしたのち可及的速やかに話題を替えるのだけど、その時はテンションマックス中のマックス状態だったこともあり、僕は頭を掻いた後も二人の話を遮らなかった。それは三秒に満たない時間だったが、その三秒を用いて左側の女子組が何があったかを二人に尋ねた。二人は練習用サタンと僕の戦いの様子を、女子組へ控えめに説明した。重要なことなので繰り返すが、北斗と京馬はサタン戦時の僕の様子をあえて「控えめ」に話し、よって輝夜さんと昴も極々普通に反応して、僕に戦闘の感想を尋ねてきた。それは何気ない日常について尋ねる口調であり、二人と神社で日常を過ごすことの多い僕は気負いなくそれに答え、二人が再び問い、僕が答えるというやり取りを僕ら三人は暫ししていた。そのうち二人の問いは自然と刀術に替わり、そこで初めて二人は感心した表情になった。刀とは異なることの多い薙刀を習っている自分達にも、僕の刀術理論は理解し易く、かつ聴いていて非常に楽しいと述べてくれたのである。すかさず右側の京馬と北斗が、「朝のHR前の研究が役に立って良かったな、眠留」「少しの時間でも努力を毎日積み重ねていったら、眠留のようになるんだな」と絶賛の言葉を放った。僕はこれでも、研究者の端くれ。しかも自分の残念脳味噌にいつも失望している残念研究者だったから、二人の絶賛は照れる以上に僕を喜ばせた。輝夜さんと昴も僕と一緒に喜んでくれて、そして僕をもっと喜ばせたいのか、刀術と薙刀術の違いについて質問してきた。翔刀術の論文執筆を介し薙刀術の研究も若干していた僕は、自分で言うのもナンだがそれにスラスラ答えた。輝夜さんと昴は大層感心し、そしてとうとうこの質問をした。
「私と昴が薙刀でサタンと戦うとしたら、薙刀ならではの注意点と」
「薙刀ならではの勝機は、どのような感じになるのかしら眠留」
 それは研究者の魂と武術家の魂の両方に火をつけただけでなく、どんな事があってもこの二人の女性を守ってみせるという、僕の核心を呼び覚ます問いに他ならなかった。僕は脳を総動員してそれについて考え、それを二人に話した。けれどもそれは初めての試みであり、かつまだ言語化していない翔刀術の精髄を多々含む内容だったため、僕は身振り手振りを説明に加えねばならなかった。しかしそれで説明可能なのは、僕の動きのみ。サタンとの戦闘なのだから対峙しているサタンの描写もせねばならず、それが非常に煩わしかった僕は宙に顔を向け、
「美夜さん、エイミィに伝えてください。今日のサタン戦の映像がどうしても必要になったから、ここに映すことを僕が希望しているって」
 美夜さんにそう頼んだ。
 その途端、
「「「「はい、言質を取りました~~!!」」」」
 両側の四人が一斉に声を合わせたのである。
 正直、何がなんだか全く解らなかった。僕は瞬き二回分の時間ポカンとしたのち、左右へ顔をやる。右側の京馬と北斗も、左側の輝夜さんと昴も、互いの演技の巧さを褒め合っている。その褒め言葉に、「演技時間が長かった」「台本を覚えるのが大変だった」「短い時間でよくあれを覚えられた」「自分で自分を褒めてあげたい」等々が含まれているのを耳にし、ようやくある可能性に気づいた僕は、左右それぞれに顔を向けつつ問うた。
「えっとあの、ここ十数分やり取りしていた僕らの会話は、サタン戦の放映を僕に受諾させるための、演技だったのでしょうか?」
 両側の四人は、演技が少し含まれていたことを認めた。項垂れる僕に四人はこぞって、演技はほんの少しでありそれ以外の大部分はこの時間を心から楽しんでいたと説いた。それについては全く疑っていなかったが、それでもやはり、僕は背中の丸みを完全に取り払うことができずにいた。そんな僕の背中を、
「お兄ちゃん、大丈夫?」
 美鈴がさすった。美鈴は僕らから数メートル離れた場所に座り、京馬の母親や渚さん達と盛り上がっていたのだけど、項垂れた僕を気遣いこうしてやって来てくれたのである。そんな妹に不安げな表情で「大丈夫?」と問われ、「平気だよ」と答えない兄はいない。実際僕は全くもって平気でありそれを証明すべく、今日のサタン戦の概要を美鈴に話して聞かせた。美鈴はサタン戦に大変な興味を示し、そして「薙刀でのサタン戦」に至っては、実の兄の僕ですらそうそう見たこと無いほどの熱意を込めて持論を発表した。輝夜さんと昴が、それに飛びつかない訳がない。三人は専門用語を駆使してそれを論じ合い、そのあまりの高度さに京馬は言うに及ばず北斗ですら口をあんぐり開けていたが、
 ―― 今日のサタン戦を見ていない
 ことが障害となり、攻略の糸口を見つけられないようだった。その「見つけられない」の正しさが、僕には手に取るように解った。全ての防御を無効にするサタンの次元爪は、回避以外の対処法がない。僕は速筋特化型の体質を活かしてそれを成したが、あれは刀だから可能なこと。薙刀に代表される長柄物を手に、今日の飛び込み受け身を連続発動できるかと問われたら、否と答えざるを得なかったのである。
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