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溶けて絡めて味わって

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 今日はクリスマスイブ。
 りょーくんと付き合って初めて迎えるクリスマスだけど、実際は2人で朝からゆったり過ごす事なんて出来なくって……。


「珈琲店って喫茶店と別の意味での忙しさがありますよね夕紀さん」

 今は夜の19時過ぎ。
 私も夕紀さんもグロッキー状態になっていた。

「そうね、クリスマスとバレンタインはヤバいよね毎年……」
「クリスマスはみんなケーキ食べますし、バレンタインはみんなチョコレート食べますもんね」

 いつもより特別なケーキもしくはチョコレートを食べる人が多いという事は、いつもより良い珈琲を楽しもうと考える人も多くなるからだ。だから珈琲豆専門店の需要もこの時期1番高まってくる。
 実家の喫茶店は、春は桜、夏は川遊び、秋は紅葉冬はスキーといった四季折々の観光客が訪れるエリアな上にお父さんが作るオムライスが有名だったから通年忙しくしていて、こんな「局所的に忙しい日」というのが無かったから夕紀さんのお店を手伝っていて良かったんだと思う。
 珈琲の事も学べるし今日みたいな日もあるし、「修行してる」って感じがする。

「いつの間にか土曜日も朝からの勤務にしちゃって本当にごめんね。朝香ちゃんが大学卒業するまでは土曜日にお休み与えなきゃって思ってたんだけど……」

 今日はクリスマスイブという特別な日だとはいえ、確かにこのところ土曜日も朝から勤務するシフトに変化しつつあった。

「いえいえ、別に私は日曜日だけの休みでも良いんですよ?」
「でも朝香ちゃんには亮輔くんっていう彼氏居るんだもん。学生さんには今にしか出来ない事やラブラブ時間を過ごしてもらいたいし」
「りょーくんは夕紀さんの事も好きですしこの仕事に理解ありますから大丈夫です♪ 今朝も笑顔で送り出してくれましたから」
「亮輔くんが私を姉扱いしてくれる意味で好きって言ってくれてるのは耳タコなくらい知ってるし頭では理解してるんだけどねー、でもやっぱり申し訳ないなー」

 今日は特別忙しかったからか、夕紀さんの「土曜日に働かせてごめんね」セリフがいつもよりもネガティブで重い。

「とにかく夕紀さんは閉店時間きたらすぐに休みましょう! 私よりも絶対に大変だったと思いますしそもそも昼休憩を私だけ取らせて夕紀さんは朝から何も食べてないじゃないですか!」
「まぁ確かに腹ペコだけど……」
「今年も初恵さんが夕紀さんの分までクリスマスのお料理準備してくれるんですよね? しっかり食べて大好きなエールビールも飲んじゃって下さい♪」
「朝香ちゃん……あなた本当に良い子ねぇ。今日も朝から懸命に働いてくれてありがとう」

 お互いヘトヘトだから、お客さんが途切れるほんの少しの間を縫ってお互いを労う言葉を交わす。

「こちらこそ大学や珈琲などなどたくさんの事を学ばせてくれてありがとうございますっ!」
「ふふふ」
「えへ♪」

 言葉や笑顔って魔法だ。
 疲れてヘトヘトでも、互いを思いやる言葉を交わしたり笑顔で笑いあったりするだけで元気が出てきた。

「よーしっ!! 閉店時間まであと30分だから頑張ろうっ! なんとしても今日は定時で朝香ちゃんを帰らせてあげるから!」

 夕紀さんは特に力を込めて私にそう言い、直後に入店したお客様の接客を始めた。

「えっ? 定時でいいんですか私。寧ろ夕紀さんを定時で帰らせたいんですが……」

 私はお客様が会計を済ませて背を向けた瞬間を狙って夕紀さんに小声で言い返したんだけど、夕紀さんは次のお客様に笑顔を向けながらサッと店の外を指差して私に視線をそっちに向けさせる。
 
「あっち見てごらん」
「あっ」

 すると、外には両手に買い物袋を抱えて歩くりょーくんの姿が見えてビックリする。

「さっきからね、亮輔くんが商店街の通りを行ったり来たりしてるのが見えてるの。朝香ちゃん気付かなかった?」

 またお客様が店を出た瞬間を狙って夕紀さんが私にコソッとそう話してくれ、全く気付いてなかった私は首を左右にブンブンと振る。

「全然気付きませんでした! りょーくん何してるんだろう? 買い物?」

 彼の行動が意外過ぎてその意味が全く予想出来ない。
 っていうか、手に持っていたものが気になった。食料品なら冷蔵庫にある程度ストックあるし買い忘れたものも週末に買い揃えた筈だ。

「もしかして、朝香ちゃんの為にクリスマス料理を準備したいんじゃない? 亮輔くんはハロウィンの時も今のクリスマスのも、こんな可愛い飾りを沢山作れちゃうくらい器用なんだから」

 閉店時間の19時半となり、夕紀さんがいそいそと店のシャッターを下ろし始めた。

 
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