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01 それはある日、突然に

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「……決めたぞ。オーロラを生き神としてこの国で祀り上げよう!」
「へっ……?」

 目の前の男は、いったい何を言っているのだろうか。理解が追い付かない私の口から、思わず間抜けな声が漏れ出る。

 慌てて口をつぐみ、オロオロと周りに居る大人たちに視線を向けると、私と同様に目をぱちくりさせていた彼らは、一斉に私から目を逸らした。
 右を見ても左を見ても、ばつが悪いといった様子で目を伏せる人しか見当たらない。

 こんなの、あまりにも救いがないじゃないか。

 そんな絶望を感じる中、目の前の男はなおもご機嫌な笑顔で言葉を続ける。

「神であるを生き返らせたのだ! 盛大に祝いまつり上げるぞ!」

 一人たのしそうに笑い声を上げる男は、勝手に話を進める。だが、私はそんなこと一切望んでいない。

「あの、陛下っ……。困ります! 私は今まで通りメイドとして――」
「お前たち!」

 祀り上げると言いながら、当人の話は何一つ聞こうともしない。そのことに私が苛立ちを宿すと同時に、目の前の男は突如として明るい表情を一転させた。
 そして鋭い眼光で周りの臣下たちを睨みつけると、とんでもないことをのたまった。

「もし祀り上げが失敗したら、お前たちの首をすべてね飛ばすからな」
「陛下!? 何を仰って――」
「ああ、オーロラ。そなたが心配することは何も無いぞ。余とともに、静謐せいひつと甘美のみを味わうが良い」

 うっとりとした表情かと思いきや、その黄金の瞳は抵抗を許さないというように鋭い。
 この炯炯けいけいとした本来であれば美しいはずの瞳は、私の恐怖心をいともたやすく増幅させる。

 だが男はそんな私の反応に気付く素振りも見せず、熟れた桜桃と同じ色をした形の良い唇で弧を描き、顔を近付けそっと耳元で囁いた。

「これからは余とずっと一緒だぞ、オーロラ」

 戦慄と闘いながらゾッとして後ずさる。男はそんな私の行動に怒ることはない。むしろ、面白いものを見るかのような笑みを浮かべた。

 ああ、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。私は今、心の底から過去の自身の行動を悔いている。

 こんな事に巻き込まれたそもそもの原因。
 それは、およそ一カ月前にまでさかのぼる。


 ◇◇◇


 私、オーロラは現在ヒストリッド帝国のランデレリア城というお城のメイドとして働いている。

 ちなみに今日の私は、ランドリー担当。今は洗濯して干したタオルを取り込み、仕分け作業をしているところだ。

「今日は正午までに余裕を持って終われますね」

 嬉しいなぁ。なんて思いながら、私の隣で同じく仕分け作業をしている先輩メイドのメリッサさんに話かける。
 すると、私の言葉を確かめるようにメリッサさんが城壁の時計に目を向けた。

「あっ! いけない!」

 普段は穏やかなメリッサさん。そんな彼女が突如として発した悲鳴にも近い焦り声に驚き、心臓が縮み上がる。私は何かおかしなことを言っただろか。

「ど、どうされたんです? メリッサさん」
「総メイド長から来るよう言われていたのに、すっかり忘れてたの! あぁ! まだ、このタオルを持って行っていないのにっ……」

 彼女は慌てた様子で自身の状況について説明すると、既に仕分けを終えたタオルが入った籠を、困り顔で一瞥した。意外にも、そんなに多い量では無い。

「訓練所ですよね? 持って行くだけですし、後は私がやっておきますよ」
「本当!? じゃあ、悪いけどお願いできるかしら?」
「もちろんです。任せてください!」

 重たければ分けて運べばいいだけですからと言い、いつもより少し重くなった籠を持ち上げる。
 二人で分けて運ぶ量ではあったが、案外持てるものだ。たまには、こうして鍛えるのも良いだろう。

「では、行ってきますね」
「ありがとう、オーロラ! よろしく頼むわね。今度埋め合わせするから!」

 メリッサさんはそう告げるなり、急ぎ足で城内の更に深奥部へと向かった。それを確認し、私も騎士団へ向かい始めた。

――それにしても、何の用で呼ばれたのかしら?
 もしかして、昇進の話かも……!

 歳が近いメリッサさんには、私がメイドとして働き出した頃から随分とお世話になっている。だからこそ、彼女がもし昇進するんだとしたら自分の事のように嬉しい。

 呼び出しをしたのは複数人いるただのメイド長ではなく、総メイド長。昇進話という線は十分濃厚だろう。

「私ももっと頑張らないとね」

 メイドの仕事は重労働も多く、大変なこともある。だけどこの大変さの中に楽しみを見出している私にとって、メイドの仕事は今や天職だった。

 だから、私も出世していつかは……なんて思っていると、視線の先に見知った顔を発見した。

「ガレスさん!」

 彼は騎士団の団長を務める人物だ。とある縁により、ガレスさんは私の事を幼い頃から娘のように可愛がってくれている。とっても大好きな人だ。

 そんなガレスさんは、名前を呼びかけたことで私の存在に気付いたのだろう。ハッとこちらに向き直り、笑顔で私の名前を呼んでくれた。

「オーロラじゃないか。タオルを持ってきてくれたのか?」
「はい! ただいまお届けに――」

 答えている途中、私と相対したガレスさんの顔からサッと笑顔が消え、衝撃を受けたような怖い表情に変わった。その様子に、私はどうしたんだろうと首を傾げる。

 そのときだった。

 ゴンっ!

 何かが強くぶつかる音が聞こえると同時に、私の前頭を起点に脳全体を揺さぶるような衝撃と痛みが走る。
 痛みのあまりギュッと目を瞑ったのに、なぜか目の前は真っ白なまま。

 そして次に目を開けた時、なぜか私はベッドの上に横たわっていた。
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