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02 甦った記憶
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「ううん……ここは?」
「オーロラ!」
「気が付いたのね!?」
男女の声が聞こえ、ベッドに横たわったまま視線だけを動かす。すると、メイド長もといお母さんと、その息子であり城で騎士をしているトリガー兄さんが視界に映った。
心配そうな二人の顔を見て、私は自身があのときの衝撃により倒れたのだと気付く。心配をかけまいと起き上がるためベッドに手を突くと、兄さんが背中に手を添えて起き上がらせてくれた。
「忙しいのに二人ともどうして……痛っ!」
ズキンと疼くような痛みが走り、思わず何かがぶつかったのであろう額とこめかみの境を手で押さえる。
そのときだった。
突然、見たことの無い光景がフッと脳裏を過ぎった。そして、それを皮切りに知らない記憶が止めどなく流れる川のごとく、一気に脳内へと流れ込んできた。
――何、この記憶っ……!?
二人が私に何か話かけてきている。だが、今はとてもそれどころではない。
見慣れない景色。高度に発達した文明。知らない街々の地名。考え付かないような教育や知識。見たことも無い人々の顔。
全部知らないはずなのに、全部知っている。
そんな記憶が、私の今ある記憶を上書きしてしまいそうな勢いで、脳内に溢れかえる。
そして極めつけは、知らない顔と“野極 光”という知らない名前だ。
でも、私はその人物の正体を知っている。
なぜなら――
「………………私だ」
言葉が勝手に口から零れ落ちる。そのとき、呆然とする私の意識を引き戻す声が耳に届いた。
「オーロラ? 本当にどうしちゃったの!」
「えっ……」
「固まって傷のところを押さえたかと思ったら、突然私だって……」
「ごめん! 俺がもっとしっかりしていたらっ……!」
フッと意識が現実に引き戻された私に対し、二人は口々に声をかける。そんな中、私はトリガー兄さんの妙に引っ掛かる発言に反応した。
「どうして兄さんが謝るの?」
兄さんが謝る理由が分からず、素直に訊ねる。すると、兄さんは今日あった事の全容について教えてくれた。
その話をまとめるとこうだ。
私が騎士団にタオルを持って来た。そのとき騎士団では模擬戦闘訓練をしており、私が来た時は、ちょうど兄さんの試合の真っ最中だったらしい。
その際、真剣に勝負をしているというのに対戦相手が余所見をしたため、どこを見ているんだと兄さんが相手の模擬剣を弾き飛ばした。
その結果、弾き飛ばされた剣が私の前頭にクリティカルヒットしたという話だった。
――なら、兄さんは何も悪くないじゃない。
「気にしないで兄さん。私も騎士団に行くのに不注意だったわ」
「オーロラは何も悪くない。視野の狭い俺が悪かったんだ。本当にごめんな」
兄さんは何度も謝ってくれる。だが、正直誰が悪いとか謝罪とか、今はそんなものどうでも良かった。
それよりも、もっと重大なことを知ってしまったからだ。
――私、もしかして転生者なの……?
実のところ、私の出自は不明だ。というのも、私はガレスさんが討伐帰りに森の中で見つけた子らしい。しかも、生まれて間もない様子だったそうだ。
そのため、ガレスさんはトリガー兄さんを産んで半年だったお母さん、レベッカに私を預けることにしたという。
お母さんはというと、預かった日から今まで、私を実子の兄さんと分け隔てなく本当の娘のように育ててくれた。
実は私を預かったのは、旦那さんが殉職して間もなくの頃だったそうだ。だから、あのときの私の存在は本当に癒しだったと、思い出してはいつもそう言ってくれる。
厄介者だと思われこそすれ、その状況で癒しだなんて言ってもらえる私は、ものすごく幸運な人間だ。
こうしてここまで育ててくれたことは、感謝してもしきれないし、返しきれない恩だと思う。私が拾い子だと知ったその日から、その思いがずっと私の心を占めている。
その思いの対象は、ガレスさんも例外ではない。旦那さんの部下でお母さんと親交があったガレスさんは、私を拾って預けた責任として、ずっと私たち三人に対し金銭的な援助をしてくれていたのだ。
美形な上に性格が男前すぎて、もはや嫌いになる要素なんて何一つ無い。もう心から大好きな人だ。
しかも、私のオーロラという名前を付けてくれたのもガレスさんだ。名前の由来は、私の瞳の色が遠征先で見たオーロラのように、紫や緑のグラデーションになっているからだそう。
そう説明されるも、実際にオーロラを見たことの無い私は、この名前の由来を心から理解は出来ていなかった。
だが前世の記憶が戻った今なら、ガレスさんがオーロラという名を付けた理由がよく分かる。鏡が無いから今すぐ確認はできないが、確かにオーロラと名付けるのも頷ける色だ。
そしてそういった部分で、私は自身が転生者なのだとまざまざと感じざるを得なかった。
でも何にしろ、私の転生が人生ハードモードルートじゃなくて良かった。とりあえず、多少の不便はあれど無難な人生を送れそうだ。
今の状況に対し、私はそう心から安堵した。
……この考えが甘かったなんて、当然このときの私はまだ知る由もない。
「オーロラ!」
「気が付いたのね!?」
男女の声が聞こえ、ベッドに横たわったまま視線だけを動かす。すると、メイド長もといお母さんと、その息子であり城で騎士をしているトリガー兄さんが視界に映った。
心配そうな二人の顔を見て、私は自身があのときの衝撃により倒れたのだと気付く。心配をかけまいと起き上がるためベッドに手を突くと、兄さんが背中に手を添えて起き上がらせてくれた。
「忙しいのに二人ともどうして……痛っ!」
ズキンと疼くような痛みが走り、思わず何かがぶつかったのであろう額とこめかみの境を手で押さえる。
そのときだった。
突然、見たことの無い光景がフッと脳裏を過ぎった。そして、それを皮切りに知らない記憶が止めどなく流れる川のごとく、一気に脳内へと流れ込んできた。
――何、この記憶っ……!?
二人が私に何か話かけてきている。だが、今はとてもそれどころではない。
見慣れない景色。高度に発達した文明。知らない街々の地名。考え付かないような教育や知識。見たことも無い人々の顔。
全部知らないはずなのに、全部知っている。
そんな記憶が、私の今ある記憶を上書きしてしまいそうな勢いで、脳内に溢れかえる。
そして極めつけは、知らない顔と“野極 光”という知らない名前だ。
でも、私はその人物の正体を知っている。
なぜなら――
「………………私だ」
言葉が勝手に口から零れ落ちる。そのとき、呆然とする私の意識を引き戻す声が耳に届いた。
「オーロラ? 本当にどうしちゃったの!」
「えっ……」
「固まって傷のところを押さえたかと思ったら、突然私だって……」
「ごめん! 俺がもっとしっかりしていたらっ……!」
フッと意識が現実に引き戻された私に対し、二人は口々に声をかける。そんな中、私はトリガー兄さんの妙に引っ掛かる発言に反応した。
「どうして兄さんが謝るの?」
兄さんが謝る理由が分からず、素直に訊ねる。すると、兄さんは今日あった事の全容について教えてくれた。
その話をまとめるとこうだ。
私が騎士団にタオルを持って来た。そのとき騎士団では模擬戦闘訓練をしており、私が来た時は、ちょうど兄さんの試合の真っ最中だったらしい。
その際、真剣に勝負をしているというのに対戦相手が余所見をしたため、どこを見ているんだと兄さんが相手の模擬剣を弾き飛ばした。
その結果、弾き飛ばされた剣が私の前頭にクリティカルヒットしたという話だった。
――なら、兄さんは何も悪くないじゃない。
「気にしないで兄さん。私も騎士団に行くのに不注意だったわ」
「オーロラは何も悪くない。視野の狭い俺が悪かったんだ。本当にごめんな」
兄さんは何度も謝ってくれる。だが、正直誰が悪いとか謝罪とか、今はそんなものどうでも良かった。
それよりも、もっと重大なことを知ってしまったからだ。
――私、もしかして転生者なの……?
実のところ、私の出自は不明だ。というのも、私はガレスさんが討伐帰りに森の中で見つけた子らしい。しかも、生まれて間もない様子だったそうだ。
そのため、ガレスさんはトリガー兄さんを産んで半年だったお母さん、レベッカに私を預けることにしたという。
お母さんはというと、預かった日から今まで、私を実子の兄さんと分け隔てなく本当の娘のように育ててくれた。
実は私を預かったのは、旦那さんが殉職して間もなくの頃だったそうだ。だから、あのときの私の存在は本当に癒しだったと、思い出してはいつもそう言ってくれる。
厄介者だと思われこそすれ、その状況で癒しだなんて言ってもらえる私は、ものすごく幸運な人間だ。
こうしてここまで育ててくれたことは、感謝してもしきれないし、返しきれない恩だと思う。私が拾い子だと知ったその日から、その思いがずっと私の心を占めている。
その思いの対象は、ガレスさんも例外ではない。旦那さんの部下でお母さんと親交があったガレスさんは、私を拾って預けた責任として、ずっと私たち三人に対し金銭的な援助をしてくれていたのだ。
美形な上に性格が男前すぎて、もはや嫌いになる要素なんて何一つ無い。もう心から大好きな人だ。
しかも、私のオーロラという名前を付けてくれたのもガレスさんだ。名前の由来は、私の瞳の色が遠征先で見たオーロラのように、紫や緑のグラデーションになっているからだそう。
そう説明されるも、実際にオーロラを見たことの無い私は、この名前の由来を心から理解は出来ていなかった。
だが前世の記憶が戻った今なら、ガレスさんがオーロラという名を付けた理由がよく分かる。鏡が無いから今すぐ確認はできないが、確かにオーロラと名付けるのも頷ける色だ。
そしてそういった部分で、私は自身が転生者なのだとまざまざと感じざるを得なかった。
でも何にしろ、私の転生が人生ハードモードルートじゃなくて良かった。とりあえず、多少の不便はあれど無難な人生を送れそうだ。
今の状況に対し、私はそう心から安堵した。
……この考えが甘かったなんて、当然このときの私はまだ知る由もない。
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