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14 死神と名乗る男

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 心臓が凍り付いたような感覚に陥る。

 なぜここに? どうやって入ってきたのだろうか。
 それに、この男は何者なのか。

 そもそも……人間なのだろうか?

 見たところ、その悪魔的な美貌と赤い瞳を除けば、ただの青年にしか見えない。スラっと高い身長も、一応人間サイズに収まっている。

「…………」
「…………」

 目が合ったまま、二人の間に沈黙が続く。こんなとき、どう切り出したらいいのか分からない。

 すると、先に青年が口を開いた。

「レイス・ヒストリッド……あいつを生き返らせたのって、あんただよね?」
「べ、別に、生き返らせたというわけでは……」

 私の一挙手一投足を見逃さないとばかりに注がれる視線に、思わずたじろいでしまう。

 しかし、私も勇気を出して訊ねた。

「それより、あなたは何者なのっ……?」

 窓もないこの部屋の出入口は、居間に繋がる扉一つのみ。だけど、目の前の青年は音もなく突然現れた。

 こんなの、怪しまない方が無理だろう。

 強い警戒心でジッと青年を見つめる。すると、彼は私の視線など気にすることなく、あっけらかんと答えた。

「死神」
「えっ……」
「まあ、これは人間が勝手に呼んでる通り名だけど……」

 聞き間違いだろうか。

――今、死神と言ったの……?

 人間らしさがありながらもどこか人間らしくない彼を見て、思わず息を呑む。

 彼は死神と言ったあとに何やら続けていたが、耳に入ってこない。そんな私は、今もっとも気になることを訊ねた。

「死神ということは、私は今日……死ぬんですか?」
「は? 違うけど」

 あまりにも素っ気なく告げた彼は、腕を組んで顔を逸らし、はぁ……とため息をついた。しかし、すぐに真正面にいる私へと視線を戻すと、苛立った様子で話を続けた。

「それで、俺の質問に対する答えは? 生き返らせたわけじゃないなら、どうしてあいつが生きてるわけ?」
「そ、それは――」

 私は少し目を伏せ、思考を巡らせた。

 心肺蘇生をしなかったら、そのまま亡くなっていたと思う。なら、私が生き返らせたということになるんだろうか?

 さっきは否定に近い発言をしたけど、とりあえずしたことだけ伝えてみよう。

「一応、心肺蘇生はしました……」

 思わず、言葉尻がすぼむ。

 どんな反応をしているのだろうかと、私は目の前に立つ青年をチラッと見上げた。その瞬間、私の身体は金縛りにあったように硬直した。

――めちゃくちゃ怒ってるっ……!

 怒りに満ち満ちた彼の紅く鋭い眼光が、私を突き刺した。

 それから間もなく、目を見開き私を射貫いたままの彼は、恐ろしいほどに冷静な声でゆっくりと口を開いた。

「なら、やっぱり生き返らせたのはあんたってことか」
「っ……」
「さっきも言ったけど、あいつは死ぬはずだったんだ。だから、責任を取れ」
「責任……ですか?」
「ああ、生き返らせたあんたに代償を払ってもらう」
「代償……」

――何で私が?

 そう思いながら、愕然と男性を見つめる。すると、彼は冷ややかな眼差しで私を見据え形の良い唇で言葉を紡いだ。

「さあ、あんたは俺に代償として何を捧げる?」

 彼は組んだ腕を解き、右手を腰に当てて真顔でこちらをジッと見つめてくる。その様子は、まるでこれは決定事項だから早く答えろといわんばかりのものだった。

――何を捧げる……か。

 彼の言った言葉が脳内をリフレインする。

 今の私は生き神という名を被った、ただの生贄も同然。捧げられるものなんて何も持っていない。

 そもそも、陛下を生かしたせいで私が代償を払わなければならないなんて、暴論だろう。

 そう思ったのも束の間、私に頭にふとある考えが浮かんだ。

 これは一種の救いなのかもしれない。
 この人が、私をこの世界から消してくれるかもしれない……と。

 今の私は夢も自由も希望も失い、大切な人を傷付けてばかり。そんな苦痛の生活から、逃げ出したくてたまらなかった。もう耐えられないのだ。

 それに、もともと私は拾われたみなし子。だからこそ、血の繋がりのない私に愛情持って接してくれた人たちに、これ以上恩を仇で返すようなことをしたくなかった。

 みんなをこれ以上傷付けないために。そして、私がこれ以上傷付かないために――。

 その想いが一つになったとき、私は彼に告げた。

「……げます」
「え?」
「あなたに私を捧げます」

 意志の堅さが伝わるよう、私は青年の目をジッと見つめた。すると、彼は私の発言に面食らった顔をし、軽く目を見張って訊ねてきた。

「それって、あんたの命を捧げるってこと?」
「はい」

 しばし間が空き、彼が口を開いた。

「妙に潔いな。でもまあ、それなら……妥当だ」

 淡々とした様子で呟く彼のその言葉を聞き、ギュッと拳を握る。すると、彼はそんな私を一瞥して、何を考えているのか読み取れない表情で告げた。

「じゃあ、遠慮なく」

 彼がそう言ったかと思うと、突然目の前に大鎌が出現した。私よりも頭一つ分以上は背が高いであろう彼よりも、ずっと大きな鎌だ。

――本当に大鎌で命を取るんだ……。

 目の前の出来事に現実味がなさすぎて、変に感心してしまう。今起こっていることは、実は夢なんじゃないかとすら思える。

 だから、私はつい自身の頬をつねった。

「痛い……」
「夢だと思ったか?」

 そう訊ねる彼は、憐れみと慈愛を合わせたような表情を浮かべる。しかし、続く言葉に容赦はなかった。

「あんたには残念な知らせだが、これは現実だ」

 彼がそう告げると、首元にヒヤリとした金属の冷たさが肌を伝う。この感覚により、やはりこれは現実だと思い知らされた。それと同時に、ある願いが思い浮かんだ。

――痛くなかったらいいな……。

 せめて死ぬときくらいは、痛みや苦しみを感じたくない。だから私は、そうであれと祈るように、胸の前で両手を握り締めた。

 すると、男性がまるで私の心を見透かしたかのような声をかけてきた。

「……安心しろ。痛みはない」
「ほ、本当ですか?」
「ああ」

 そう答える青年は、顔色一つ変えない。だけど、私の彼のこの言葉一つで心からホッとした。

 未練こそあれど悔いはない。この苦痛からやっと抜け出せる。

 そう心に折り合いをつけた。刹那、首元にかけられていた大鎌が思い切り振り上げられた。

――来るっ……!

 思わず歯を食いしばり、ギュッと目を瞑る。

 みんな、今までありがとう。

 お母さん、結局最後まで会えなかったね。こんな恩知らずな娘でごめんなさい。

 トリガー兄さんもガレスさんも、私のせいで大怪我をさせてごめんなさい。

 メリッサさん、優しくて明るいあなたともっと一緒に働きたかったです。

 大鎌が振るわれるまでの短時間で、たくさんの人々への想いが脳裏を過ぎる。だが、私はふと違和感を覚えた。

――痛くないとは言ってたけど、本当にこんなに何も感じないの……?

 あまりにも何も感触が無いため、本当にあの大鎌を振るったのかと疑う。すると、そんな私の耳に驚いたような青年の声が届いた。

「何が起きたんだっ……」

 うわ言のように呟かれたその言葉を聞き、私は恐る恐る目を開けてみた。そして、驚愕した。

「どういうこと……?」

 目を開けて私が見た光景。それはさきほどと何ら変わりない、いつもどおりの寝室だった。
 慌てて首を触るも、ちゃんと繋がっている。頬をつねっても、しっかりと痛い。それらを確認し、私はようやく状況を把握した。

――私……生きているのっ……?

 驚き頬をつねったまま男性を見上げる。

 するとそこには、信じられないものでも見るかのように私を見つめる彼の姿があった。
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