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15 契約完了
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目の前の青年は大きな目を更に見開き、私以上に驚いた様子で呟いた。
「あんた……本当に人間? デスサイスが効かないなんてっ……」
彼はそう独り言ちると、私の首を狙って再び大鎌を振り抜いた。しかし、私の首に近付くと、大鎌は見えない力により弾き返された。
「いったいどうなってる!?」
彼が問いただすように動揺の声を上げる。
「さあ……?」
「さあじゃないから! これじゃあ代償がないじゃないか! くそっ……どうすればいいんだよっ……。あんたの命で補填できないなんてっ……。あんたのせいで俺はっ――」
彼は声を荒らげると、やり場のない怒りをぶつけるように私を睨みつけた。だが、フンっと身体の向きを変え、頭を抱えるように右手で前髪をかき上げた。
「ああ……始末書も書かなきゃなんないし、人手不足ってのにっ……。ただでさえ時間も無いのに、いらねー仕事増やしやがってっ……!」
彼は苛立ちが止まらないようで、脳内の整理でもするようにあれこれ口にし始めた。その中で、ふとある言葉が私の心に引っ掛かった。
「あのっ!」
「何?」
「始末書って?」
思わず訊ねると、男性は深いため息を吐きむしゃくしゃした様子で言い放った。
「死ぬはずのやつが死ななかったから、始末書を書かないといけないんだ。こんなの前代未聞だよ! あんたが――」
「なら、私が責任をもって代わりに書きます!」
私の突然の申し出に驚いたのだろう。青年の顔からフッと怒りが抜けた。だが、すぐに呆れたような顔をした。
「はあ? あんたが? 意味わかんないんだけどっ……。っていうか、それだけで済むわけないだろ」
青年はそう言うと、一瞬だけ弱ったような顔をして眉間に皺を寄せた。それを見逃さず、私は彼に更なる申し出をした。
「では、あなたのメイドとしても働きます! 絶対に役に立ちます! だから、ここから私を連れ出してください!」
至極、真剣に告げる。すると、青年はハッと驚いた顔で私を見つめて声を漏らした。
「え……。まじで言ってんの?」
「はい! 非常にまじです、大まじです!」
私はそう言い切って青年を見つめた。
言葉がおかしくたって伝わればいい。私の人生が懸っているのだ。
死ぬ運命と思ったのに、なぜか死ねなかった。このことに、正直ホッとした気持ちもあった。
だが、この苦痛を終わらせられるという夢を見たばかりに、これからもその地獄に耐えるなんて考えられなかった。
上げて下げられる……それほど苦痛なものはない。
だからこそ、私はこの逃げ口を何としてでも確保したかった。
藁にも縋る思い。それがまさに、今の私の気持ちを表す言葉だった。
「始末書も書きますし、メイドとしてもきちんと働きます」
黙りこくった彼に、私はもう一押し声をかけた。すると、青年はそんな私をジッと見つめた後、ポツリと呟いた。
「じゃあ……半年。半年間、俺のところで働け」
「本当に!?」
まさかこんなにすんなり認めてもらえるとは思ってもみなかった。そのため驚いたものの、私の心には喜びが込み上げてきた。
しかしそれも束の間、ある疑問が浮かび私は急速に冷静さを取り戻した。
「あの、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「何?」
「私があなたに着いて行ったら、ここに人たちは私が消えたと驚きますよね?」
私が消えたら、使用人たちが全員殺されてしまうかもしれない。だったら、やはり逃げ出すことは出来ない。
そう思い訊ねたところ、返ってきたのは予想外の返事だった。
「いや、それは無い」
「え?」
「そもそもあんたはこの世界にいなかった。みんなそう認識するはずだ」
「なら、もし戻って来たとき、みんな私のことを忘れているんでしょうか?」
そうだとしたらショック過ぎる。しかし、それも致し方ないことなのは分かっている。ただ、それを事前に知ると知らないでは違う、そう思い訊ねた。
すると、違った意味で予想外の返事が返ってきた。
「知らない。だってそんな人間の話、見聞きしたことないもん」
「そう、ですか……」
皆が私を忘れてしまう可能性もあり得ると分かり、心にどっと哀しみが押し寄せた。
でも、仕方ない。大好きなみんなに忘れられることは本当につらい。
だけど、私が存在すらしていない世界だと認識してくれた方が、最終的に全方面にとって良い結果になる。
私のせいで誰かが苦しむことや、殺されることも無くなるのだ。それは私にとって、願ってもないことだった。
しかし、私には一つの懸念があった。
「あの、どうして半年だけなんでしょうか?」
「っ……半年の方が都合がいいんだよ」
「では、半年経ったら私はどうなるんですか……?」
もしこの世界に戻ったとしても、みんなが私を覚えていなかったらどう暮らして行けば良いのか分からない。物乞いをして暮らす道しかないだろう。
「個人的なワガママだとは分かっています。でも、半年だけでは困るんですっ……」
「そう言われても――」
「半年間、あなたのもとで働いて、ちゃんと役に立つと証明して見せます。だから、もし認めてくださったら、どうか半年後も働かせてください!」
必死に祈るように懇願する。彼はそんな私を探るように見て、困惑の色を浮かべた。
「なんで半年後も働きたいの?」
彼は訳が分からないというように首を傾げる。事情を知らない彼がそう思うのも無理はない。
「ここから離れたいんです」
「はっ……じゃあそんなこと言って、俺のところから離れたくなったら?」
彼のその言葉にハッとした。
何で私は、こんな初対面の不審人物のことを信頼しているんだろうと。でも、不思議なくらい彼からは負のオーラを感じなかった。
あまり口は良い人ではないと思う。だけど、彼の下で働いていて、逃げ出したくなるような日が来るとは、なぜか考え付かなかった。
「……多分、そう思うことはないと思います」
「俺のこと、何も知らないのに?」
「はい」
知らなくてもそう思ったんだから仕方ない。もし彼のもとでも地獄をみたなら、結局こういう運命だったんだと受け入れるしかない。
その思いで、私は一心に彼を見つめる。
すると、しばらく沈黙を貫いていた彼がついに口を開いた。
「……分かった」
「っ……!」
「じゃあ、試用期間半年。それで俺が認めたら、それ以降もどうにかしてやる」
想いが通じたのか、彼は私の要望を飲んでくれた。そのことに、心の中で喜んでいると、彼が一枚の紙をどこからともなく取り出した。
「契約書だ」
彼はそう言うと、どこからともなく現れた針で自身の親指を刺し、そこから出た血を紙の中央に垂らした。すると、その契約書は青い光を放った。
「次はあんたの番。一滴だけでいいよ」
彼はそう言うと、新たに用意した針を差し出してきた。
私はそれを素直に受け取り、彼に倣ってえいっ! と親指の先に針を刺す。そして、ジンジンと痛む指先から血を絞り出し、それを契約書らしき紙に垂らした。
途端に、今度は赤色の光が放たれた。かと思えば、その光は紫に変わり目が眩むほど神々しい輝きを放った後、次第にそのなりを潜めた。
「よし、これで契約は完了。あんたは半年間、俺のメイドだ。俺にその身を捧げたこと、ちゃんと胸に留めて働けよ」
青年はそう話しかけてくると、突然横から私の腰を抱くように腕を回した。その突然の行動に私が驚きの声を出す間もなく、彼が指をパチンと鳴らす。
すると魔法でも使ったかのように、私たちはいつの間にか知らない部屋の中へと移動していた。
「あんた……本当に人間? デスサイスが効かないなんてっ……」
彼はそう独り言ちると、私の首を狙って再び大鎌を振り抜いた。しかし、私の首に近付くと、大鎌は見えない力により弾き返された。
「いったいどうなってる!?」
彼が問いただすように動揺の声を上げる。
「さあ……?」
「さあじゃないから! これじゃあ代償がないじゃないか! くそっ……どうすればいいんだよっ……。あんたの命で補填できないなんてっ……。あんたのせいで俺はっ――」
彼は声を荒らげると、やり場のない怒りをぶつけるように私を睨みつけた。だが、フンっと身体の向きを変え、頭を抱えるように右手で前髪をかき上げた。
「ああ……始末書も書かなきゃなんないし、人手不足ってのにっ……。ただでさえ時間も無いのに、いらねー仕事増やしやがってっ……!」
彼は苛立ちが止まらないようで、脳内の整理でもするようにあれこれ口にし始めた。その中で、ふとある言葉が私の心に引っ掛かった。
「あのっ!」
「何?」
「始末書って?」
思わず訊ねると、男性は深いため息を吐きむしゃくしゃした様子で言い放った。
「死ぬはずのやつが死ななかったから、始末書を書かないといけないんだ。こんなの前代未聞だよ! あんたが――」
「なら、私が責任をもって代わりに書きます!」
私の突然の申し出に驚いたのだろう。青年の顔からフッと怒りが抜けた。だが、すぐに呆れたような顔をした。
「はあ? あんたが? 意味わかんないんだけどっ……。っていうか、それだけで済むわけないだろ」
青年はそう言うと、一瞬だけ弱ったような顔をして眉間に皺を寄せた。それを見逃さず、私は彼に更なる申し出をした。
「では、あなたのメイドとしても働きます! 絶対に役に立ちます! だから、ここから私を連れ出してください!」
至極、真剣に告げる。すると、青年はハッと驚いた顔で私を見つめて声を漏らした。
「え……。まじで言ってんの?」
「はい! 非常にまじです、大まじです!」
私はそう言い切って青年を見つめた。
言葉がおかしくたって伝わればいい。私の人生が懸っているのだ。
死ぬ運命と思ったのに、なぜか死ねなかった。このことに、正直ホッとした気持ちもあった。
だが、この苦痛を終わらせられるという夢を見たばかりに、これからもその地獄に耐えるなんて考えられなかった。
上げて下げられる……それほど苦痛なものはない。
だからこそ、私はこの逃げ口を何としてでも確保したかった。
藁にも縋る思い。それがまさに、今の私の気持ちを表す言葉だった。
「始末書も書きますし、メイドとしてもきちんと働きます」
黙りこくった彼に、私はもう一押し声をかけた。すると、青年はそんな私をジッと見つめた後、ポツリと呟いた。
「じゃあ……半年。半年間、俺のところで働け」
「本当に!?」
まさかこんなにすんなり認めてもらえるとは思ってもみなかった。そのため驚いたものの、私の心には喜びが込み上げてきた。
しかしそれも束の間、ある疑問が浮かび私は急速に冷静さを取り戻した。
「あの、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
「何?」
「私があなたに着いて行ったら、ここに人たちは私が消えたと驚きますよね?」
私が消えたら、使用人たちが全員殺されてしまうかもしれない。だったら、やはり逃げ出すことは出来ない。
そう思い訊ねたところ、返ってきたのは予想外の返事だった。
「いや、それは無い」
「え?」
「そもそもあんたはこの世界にいなかった。みんなそう認識するはずだ」
「なら、もし戻って来たとき、みんな私のことを忘れているんでしょうか?」
そうだとしたらショック過ぎる。しかし、それも致し方ないことなのは分かっている。ただ、それを事前に知ると知らないでは違う、そう思い訊ねた。
すると、違った意味で予想外の返事が返ってきた。
「知らない。だってそんな人間の話、見聞きしたことないもん」
「そう、ですか……」
皆が私を忘れてしまう可能性もあり得ると分かり、心にどっと哀しみが押し寄せた。
でも、仕方ない。大好きなみんなに忘れられることは本当につらい。
だけど、私が存在すらしていない世界だと認識してくれた方が、最終的に全方面にとって良い結果になる。
私のせいで誰かが苦しむことや、殺されることも無くなるのだ。それは私にとって、願ってもないことだった。
しかし、私には一つの懸念があった。
「あの、どうして半年だけなんでしょうか?」
「っ……半年の方が都合がいいんだよ」
「では、半年経ったら私はどうなるんですか……?」
もしこの世界に戻ったとしても、みんなが私を覚えていなかったらどう暮らして行けば良いのか分からない。物乞いをして暮らす道しかないだろう。
「個人的なワガママだとは分かっています。でも、半年だけでは困るんですっ……」
「そう言われても――」
「半年間、あなたのもとで働いて、ちゃんと役に立つと証明して見せます。だから、もし認めてくださったら、どうか半年後も働かせてください!」
必死に祈るように懇願する。彼はそんな私を探るように見て、困惑の色を浮かべた。
「なんで半年後も働きたいの?」
彼は訳が分からないというように首を傾げる。事情を知らない彼がそう思うのも無理はない。
「ここから離れたいんです」
「はっ……じゃあそんなこと言って、俺のところから離れたくなったら?」
彼のその言葉にハッとした。
何で私は、こんな初対面の不審人物のことを信頼しているんだろうと。でも、不思議なくらい彼からは負のオーラを感じなかった。
あまり口は良い人ではないと思う。だけど、彼の下で働いていて、逃げ出したくなるような日が来るとは、なぜか考え付かなかった。
「……多分、そう思うことはないと思います」
「俺のこと、何も知らないのに?」
「はい」
知らなくてもそう思ったんだから仕方ない。もし彼のもとでも地獄をみたなら、結局こういう運命だったんだと受け入れるしかない。
その思いで、私は一心に彼を見つめる。
すると、しばらく沈黙を貫いていた彼がついに口を開いた。
「……分かった」
「っ……!」
「じゃあ、試用期間半年。それで俺が認めたら、それ以降もどうにかしてやる」
想いが通じたのか、彼は私の要望を飲んでくれた。そのことに、心の中で喜んでいると、彼が一枚の紙をどこからともなく取り出した。
「契約書だ」
彼はそう言うと、どこからともなく現れた針で自身の親指を刺し、そこから出た血を紙の中央に垂らした。すると、その契約書は青い光を放った。
「次はあんたの番。一滴だけでいいよ」
彼はそう言うと、新たに用意した針を差し出してきた。
私はそれを素直に受け取り、彼に倣ってえいっ! と親指の先に針を刺す。そして、ジンジンと痛む指先から血を絞り出し、それを契約書らしき紙に垂らした。
途端に、今度は赤色の光が放たれた。かと思えば、その光は紫に変わり目が眩むほど神々しい輝きを放った後、次第にそのなりを潜めた。
「よし、これで契約は完了。あんたは半年間、俺のメイドだ。俺にその身を捧げたこと、ちゃんと胸に留めて働けよ」
青年はそう話しかけてくると、突然横から私の腰を抱くように腕を回した。その突然の行動に私が驚きの声を出す間もなく、彼が指をパチンと鳴らす。
すると魔法でも使ったかのように、私たちはいつの間にか知らない部屋の中へと移動していた。
応援ありがとうございます!
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