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21 禍を転じて福と為す

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「っ……! シ、シド?」
「「シド様っ……!?」」

 怒る彼に動揺する私たちに対し、彼は感情を爆発させた。
 
「俺は計算し尽くして置いてたんだ! これじゃ必要な書類もどこにあるか分かんねーじゃねーか!」

 シドはそう言うと、息継ぎする間も惜しいというほどに、怒りを露わに言葉を続けた。

「俺の書類のなのに、俺が分からないんじゃ世話ねーよ! どう責任取るんだ! 誓約の書類を確認しようと思ってたのに、それも――」
「こちらですか?」
「は……?」

 シドが誓約の書類を探していると言ったため、双子たちと仕分けた書類の中から、該当するものを差し出す。

 すると、シドは気の抜けたような声を出しおもむろに受け取ると、大きな目を更に大きく見開いた。

「じゃあ、定期報告の書類は……?」

 ポツリと呟いたシドの言葉を聞き、私は指示通りの書類をシドに差し出した。

「管理類の資料はどこだ。あと、観察記録も」

 その声にも応えて、私は言われた通りの資料をシドに差し出す。途端に、シドの顔からスーッと怒りが消えた。

「……前言撤回だ」

 シドは静かにそう告げると、私の目を見て口を開いた。

「オーロラ」

 初めて名前を呼ばれた。それにより、ただでさえドキドキとしていた心臓が、更に鼓動を加速させた。

 そんな中、シドは意外な言葉を述べた。

「怒鳴って悪かったよ。ごめん」
「い、いえ……謝らないでください。私も考え無しに勝手なことをしてしまいました。怒るのも無理はないです……」

 本当に悪いことをした。良かれと思ってやってしまったが、許可を取るべきだった。

 王城で働いている時は、勝手に片付けても褒められこそすれ怒られなかったから、完全に感覚が麻痺していた。

 日本人の私だったら、自分の部屋を勝手に好き勝手整理整頓されたら、恐らく怒ってしまうだろう。

 何でランデレリア帝国基準で考えてしまったのか。己の軽率な行動を私は深く反省した。

 だからこそ、反省の意味も込めてシドに謝ったのだが、彼はそんな私にまさかの言葉を返した。

「いや、もう怒ってない。それよりもオーロラ、今日から俺の秘書になれ」
「……秘書、ですか?」
「ああ」

 突然出てきた秘書という言葉に、思考が追い付かず呆けてしまう。そんな私に反し、シドは飲み込み早く部屋をぐるりと回り始めた。

「これはここだな。それで、この書類はここってことか」

 そう独り言ちる彼を、呆然としながら目で追うと、彼が突然振り返り、入り口に佇む私と双子に声をかけてきた。

「……前よりずっと分かりやすい。上出来だ」

 そう言うシドは、先ほどまで怒っていたのは嘘のように、ほのかに口角をあげていた。

――こんな顔で笑うんだ……。

 ここに来た数日の中で、初めて見た彼の笑顔だった。

 怒りの表情から一転し、こんな笑顔を見せるなんて。

 さきほど私に芽生えた緊張や不安感は、一気に安心へと切り替わる。まるで彼の言動一つで、いともたやすく心を弄ばれているかのようだ。

 そんな中、シドは部屋を一蹴すると入り口に立っていた私たちの元に歩み寄った。

「二人も頑張ってくれたのに、怒って悪かったな」

 シドはその言葉とともに、双子の頭にポンと手を置いた。アールはそれがよほど嬉しかったのか、シドの手を放すまいと彼の手を頭上で押さえている。

 その光景にこっそり笑っていると、手はそのままにしたシドが、隣に立つ私に顔を向けた。

「これから毎日、俺の仕事を手伝え。その働きも試用期間の評価に加味してやる」
「はい! お任せください!」

 試用期間内に認められる機会を逃すわけがない。私は勢いよく前のめりな返事をした。

 それに対し、シドは一度深い頷きを返す。
 だがその直後、その顔に一瞬だけ暗い色が過ぎった。

――疲れているのかしら……?

「シド」
「ん?」
「疲れたでしょう。お茶をお出ししますよ。ダイニングに行きましょう」

 そう声をかけると、彼は目を点にしてポツリと漏らす。

「俺の家なんだけど……。何だ、この妙な敗北感はっ……」
「え? 何かおっしゃいましたか?」

 後半部分が上手く聞き取れず、聞き返してみる。すると、彼は首をゆるゆると横に振った。

「ただの独り言だから気にするな。気が変わる前に茶を入れてくれ」

 その言葉を聞き、私は急いでキッチンに向かう。そして、ダイニングにやって来たシドに、用意したお茶を出した。

「シド、どうぞ」

 そう言って彼にお茶を出したついでに、アールとベリーにもお茶を淹れていると、シドの意外な声が耳に入った。

「……美味いな」

――シドが素直に褒めてくれるなんて!

 こちらから聞き出さない限り味の感想を言わない彼が、初めて自分から美味しいと言ってくれた。

 それだけで、心が弾むような気分になる。お茶の淹れ方もこだわっていただけに、より嬉しさが込み上げる。

「美味しいお茶の淹れ方を研究して、やっと理想に近い味を出せるようになったんです!」

 ベリーとアールにもお茶を差し出しながら、シドに話しかける。

 すると、シドは心なしか明るい表情でこちらに顔を向け、口を開いた。

「だから美味いのか。でも……この味はベリーでも再現できる」

 心当たりのある言葉に、ハッとさせられる。確かに、ベリーのお茶もなかなかのものなのだ。だけど、そんなことでめげる私ではない。

「確かにその通りです。では、もっと頑張りますね! 至高の味で、きっとシドを喜ばせてみせましょう!」
「ああ、これに関しては……期待しておこう」

 彼が期待をかけてくれた。それだけで、私の心はさらにやる気で燃え上がる。

 それと同時に、何だか少しだけ明るい未来が見えたような気がした。
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