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第33話

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「青の魔女さま!」
 教会の外へ出ると、十歳くらいの男の子が駆け寄ってきた。

「魔女さま! ありがとう!」
「え?」
 突然お礼を言われて首を傾げる。
「僕のお父さん、魔女さまに助けてもらったの!」
「一年前、夫が行商の途中山道で魔物に襲われた時、青髪の女性に助けていただいたそうです」
 男の子の母親らしき女性がやってきた。
「青い髪は魔女様しかいらっしゃらないとか」
「そうでしたか」
 確かに任務の帰り道に、魔物に襲われている行商人に遭遇した記憶がある。

「あの時は急な仕事で魔術師を雇う時間がなくて、危険を覚悟して強行したのですが。やはり魔物が出たそうで……」
 女性は頭を下げた。
「魔女様のおかげです。本当にありがとうございました」

「お役に立てて良かったです」
 時間やお金がなくて魔術師を雇えないのはよくあることだ。
 そういう時は比較的安全な道を選ぶけれど、それでも魔物や強盗に遭遇してしまうことはある。
 だから私たちギルド員は、任務時間以外でも常に魔物と戦えるよう心構えをしている。

「今日はお守り用の魔法石を買いに教会へ来たのですが、魔女様と会えて直接お礼が言えるなんて幸運です」
 女性は再び頭を下げると、隣の少年の肩を抱いた。
「お前ももう一度お礼を言いなさい」
「ありがとう、魔女さま」
「どういたしまして」
 頭を撫でると少年は嬉しそうに笑った。
(可愛いなあ)
「それでは失礼します」
 母親に連れられて去りながら、少年は何度も振り返って手を振る。
 その後も何人かが同じように私の元へ来てはお礼を言っていった。


「知ってた? リサはこの国で有名人なんだよ」
 馬車へ向かいながらアレクが言った。
「そうなの?」
「最強の魔術師といえば『青の魔女』だからね。ギルドでも指名が多かったんだ」
「指名? そんなの知らないよ?」
「ギルド長が全て拒否していたんだ。最強とはいえ十代の女の子を指名するなんて、邪な理由があるかもしれないだろう」
 邪って……セクハラ的な?
 それは確かに嫌だな。

「そうだったんだ。守っていてくれたんだね」
 ギルド長は、顔つきは怖かったけれど優しくて頼もしい人だった。
「ギルドの皆がリサを守っていたし、大切にしていたよ」
「……そっか」
 それは何となく気づいていた。
 師匠についてギルドに出入りしていた子供の私を、皆は邪険にすることもなく受け入れてくれていた。
(懐かしいな)
 死と隣り合わせの危険な仕事だったけれど、ギルド自体は明るくて楽しい職場だった。

「ギルドの皆は元気?」
「ああ。僕だけリサと討伐に行っていると知ったら皆嫉妬するだろうね」
「ふふっ。この仕事終わったら顔出して見ようかな」
「皆喜ぶよ」
「帰る前に寄ってもいい?」
 ルーカス様を見上げる。
「……無事終わったらな」
「ありがとう!」
 また会えるの、楽しみだな。
 そのためにも早く白竜を倒そう。
 改めてそう決意して私は馬車に乗り込んだ。

  *****

 モレイネの教会を出て三日間。
 私たちは馬車でひたすら移動し続けていた。

「――ふう」
 馬車の中で、師匠からもらった杖に魔力を注ぎ終えて一息つく。
「すっかり青くなったな」
 見守っていたルーカス様が口を開いた。
 毎日魔力を注ぎ続けたので、透明だった水晶はサファイアのように青くなった。
「うん。これだけ溜めれば十分かな」
「――その魔法石を剣に嵌め込んだらどうなる?」
 ルーカス様が杖を指差した。

「え?」
「魔剣の効果が長引かないか?」
「あ。……なるほど」
 確かに、直接剣に魔法をかけるよりも、魔力を溜めた魔法石を利用した方が効果的かもしれない。
「そうなると……その魔法石に溜めた力をどう引き出せばいいのかな」
「剣を振って力を出すことは出来ないか?」
「……持ち主に魔力があれば出来ると思うけど……」
 魔力がない人の場合は、難しいかな。

「では、この魔法石ならば防御力が上がるか?」
 ルーカス様はお守り用の魔法石を手にした。
「あ、それならいけると思う! そうか、それならいっそ魔法石にした鉄で剣を作ってもいいかも」
 魔法石の材料となるのは色が変わって種類が分かりやすい水晶が多いけれど、基本石ならば何でもいける。
 鉄で作られる剣もまた可能だろう。

「そうか。ではあの黒髭の元司祭に作らせてみるか」
「うん。すごいねルーカス、私全然思いつかなかった」
 剣を魔法石にしてしまうなんて、思いつきそうなのに。
 さすがルーカス様と感心していると、馬車が止まった。

「どうした」
 ルーカス様が窓を開けた。
「は、近隣の住人から助けを求められているとのことで……」
「助け?」
 私たちは顔を見合わせた。

 馬車を降りるとアレクが歩み寄ってきた。
「アレク。何かあったの?」
「この先の街で今日の宿を取ろうと思って、部下を先に行かせたんだ。そうしたら僕たちが魔物退治に向かっていると知って、助けて欲しいと言うから依頼として受けてきた」
「魔物で困っているの?」
「魔蛇が繁殖しているらしくて、井戸がダメになったと」
「ああ……」

「魔蛇って、厄介なやつだろう」
 ルーカス様が言った。
「卵を産み付けられると井戸が使いものにならなくなると聞いたことがある」
「そう、卵一個でも残したらだめなの」
 魔蛇は弱い魔物だ。
 だが水辺に卵を産み、その卵が孵化した時に毒が染み出して水が汚染されてしまうのだ。

「でも大丈夫! 私の索敵魔法なら小さな個体も見逃さないし、この杖も試したかったから全滅させるよ」
 魔蛇退治は地味だけど得意なのだ。
「……楽しそうだな」
 師匠からもらった杖を掲げる私を見てルーカス様がぽつりと呟いた。


「あの人たちか?」
「青い髪……まさか青の魔女⁉︎」
「助けて下さい!」
 街にある井戸へ向かうと私たちに気づいた住人たちが声を上げた。
「この井戸か?」
 アレクは井戸を覗き込んだ。

「はい……昨日、この井戸から汲んだ水を飲んだ者たちが高熱を出しまして」
「その茂みから蛇が逃げていくのを子供たちが見たと……」
「リサ、索敵を頼む」
「分かった」
 杖を地面につけ、大地へ染み込ませながら広げていくイメージで魔力を流しながら周囲を感知する。
 弱い魔蛇は魔力も弱いから慎重に探らないとならない。

「……井戸の中から弱い魔力を感じる、これは卵ね。孵化はまだだから駆除して井戸を浄化すれば大丈夫そう」
 井戸の水を飲んで熱を出したのは、卵を産み付けに来た親蛇の毒だろう。
「向こうにも点々と魔蛇の気配がある」
 逃げていくのを見たという茂みの先にある山を示す。
「おそらくあの山から来たと思う」
「リサの指示に従い魔物を斬れ!」
 アレクの声が響いた。

 街中では魔法を使いづらい。
 建物や人間に被害が及ぶ可能性があるからだ。
 だから今回私はナビに徹して、蛇退治は他の人たちに任せることにした。
「魔蛇は頭を狙って! 右手に二体! 前方薮の中にも一体!」
 声をかける度に近くにいる騎士が蛇を斬っていく。
 索敵と駆除を繰り返し、井戸の中以外から魔蛇の気配は消えたころにはすっかり夕方になっていた。

「あとはこの中ね。『雷撃』!」
 水中に雷魔法を放つ。
 沸騰したように水面が泡立つと、拳くらいの大きさの卵が五つ浮き上がってきた。
「これが魔蛇の卵……?」
「卵を井戸から出してください」
 住人たちが桶を使って卵を取り出す。
「ここに置いて。井戸に浄化魔法をかけてください」
 水の魔術師に声をかけてから、私は井戸の脇に置かれた卵に火を放った。
 青い炎に包まれた卵があっという間に黒焦げになる。

「これでもう害はないので、土の中に埋めても大丈夫です」
 私はもう一度杖の先を地面につけると索敵を行った。
「――大丈夫、この街にはもう魔物の気配はありませんね」


「ありがとうございます!」
「助かりました!」
「何とお礼を言ったら良いか……!」
「被害が大きくならなくて良かったです」
 私たちがこの街を通らなかったら。
 この辺りは管轄のギルドが遠く、魔術師たちの派遣が間に合わずに他の井戸も汚染されていたかもしれない。

 口々にお礼を言う住人たちに見送られながら私たちは宿へと向かった。
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