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第34話
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夕食は魔蛇退治のお礼だと、とても豪華だった。
お祝いの時に出すような凝った料理や、とっておきのお酒などを出してくれる。
報酬をもらったのだから気にしなくていいと言ったのだけれど、街の人々皆からの気持ちだからと振る舞ってくれる。
魔物討伐ではこういうことが多い。
魔力や剣技のない人たちにとって、魔物を倒すことはまず不可能だからだ。
お酒が入っているので皆食後も賑やかに飲んだり談笑している。
「先に部屋に帰っているね」
私も少しだけお酒を飲んだら疲れを感じてきたので、そう言って立ち上がった。
「あ、一人で大丈夫だから」
護衛としてついてこようとしたアンナを制すると、一人で食堂を出る。
(今日は楽しかったな)
廊下を歩きながら、今日の討伐を思い出す。
街中に魔蛇が出て被害も出ているのだから、不謹慎なのだが。
それでも皆で協力し合って魔物を殲滅させる達成感は久しぶりだ。
「リサ」
階段を上がり、部屋に入ろうとすると声をかけられた。
「アレク」
「少し話せる?」
歩み寄ってくるとアレクはそう言った。
「話?」
「せっかく一緒に旅してるのに、ゆっくり話す機会がないから」
「……そうだね」
確かに、スラッカとトウルネン、それぞれに分かれて行動しているものね。
私たちは廊下の突き当たりに置かれていたソファに腰を下ろした。
「毎日馬車に乗ってばかりで疲れるよね」
「うん……ホント大変」
ガタガタと揺れる馬車に一日中乗り続けて。
定期的に下りて身体は動かしているけれど、お尻や腰が痛くなる。
「多分、白竜のところまであと十日くらいかかると思う」
「十日かあ」
長いなあ。
「でも、僕は楽しいよ。こうやってまたリサと魔物討伐ができて」
私の顔を覗き込んでアレクは言った。
「そうだね。不謹慎だけど、今日の魔蛇退治も楽しかった」
この旅の間は、王宮での食事会以外は貴族ではなく魔術師としていることができる。
それはとても気が楽だった。
「ねえリサ。この国に戻る気はない?」
「え?」
「この国で、リサは『青の魔女』として知られているし、君に助けられた者も多い。それに火の神から直接力を授かった君は、この国にとって宝だ」
私を真剣な顔で見つめながらアレクは言った。
「君の素性が分かって、家族と暮らすことも大切だと思って行くのを止めなかったけど、とても後悔しているんだ。君はこの国の魔術師でいるべきだったって」
「……そう、かな」
確かに、他国よりも魔物の脅威が多いこのスラッカ王国は、常に魔術師が不足しているけれど。
「それともう一つ、戻ってきて欲しい理由があるんだ」
アレクは私の手を取った。
「もう一つ?」
「僕の個人的な理由だ。――あの男に君を渡したくない」
あの男?
「リサは気づいていないだろうけれど、僕は君のことが好きなんだ」
「……え」
間抜けな顔をしていたんだと思う。
目が合うとアレクはふっと笑った。
「本当はあの時、告白して君を引き留めたかった。まさかこんなすぐに婚約するなんて思いもよらなかったから。本当に後悔してる」
好きって……仲間や友人とかじゃなくて?
アレクが、私を?
「信じられないって顔してるね」
私の手を握る手に力がこもる。
「……だってそんなこと……全然気づかなかったし……」
「ちなみに僕だけじゃないよ、リサが好きなのは」
「ええっ⁉︎」
「リサが好きな者が何人いるのか、ギルドの皆が知っていたよ。君以外はね」
私以外⁉︎
……色々衝撃なんだけれど。
「リサはこういう方面には疎いから、皆何も言わなかったし互いに牽制し合っていたんだけど。まさか婚約者ができるなんてね。――こんなことなら抜け駆けしてでも君を捕まえておけば良かった」
アレクは握っていた私の手を自分へと引き寄せた。
「僕じゃだめかな」
(その顔は……ずるい)
困ったような泣いているようなアレクの顔は、前世で飼っていた犬を思い出させて、いつもお願いを聞きたくなってしまう。
(でも……今回は、無理だから)
「私には……ルーカス様がいるから」
「このまま彼と結婚して、お妃として生きるのと、この国に戻り魔術師として生きるのと。リサは、どっちが幸せ?」
幸せ?
私にとっての幸せって……。
「考えておいてくれる?」
アレクは手を離すと立ち上がった。
「おやすみ、リサ」
そう言って、アレクは立ち去っていった。
「そんなの……選べないよ」
魔術師であることと、貴族として生きること。
私にとってはどちらも大事だもの。
「レベッカ」
ぼんやりしていると、ルーカス様の声が聞こえた。
「部屋に戻ったんじゃないのか」
「……考え事をしていて」
「考え事?」
ルーカス様は私の隣に腰を下ろした。
「悩みか」
「……私にしかない力があるのに、それを役立てないのは良くないことかなと思って」
告白のことはさすがに言えないので、もう一つのことを話した。
アレクに言われなくても、この旅を始めてから思っていた。
青い炎は私にしか使えない。
他の魔術師には倒せない、白い炎を吐く白竜を倒せるのは私だけだ。
他にも索敵など、私にしか使えない魔法がある。
その力を、もっと使っていった方がいいのではないかと。
「そうだな」
しばらく考えてルーカス様は口を開いた。
「確かに、レベッカの力は唯一だし、レベッカにしかできないこともある。――たが、だからこそレベッカに頼るのはまた違うとも思う」
「……どういうこと?」
「レベッカの力を頼らなくとも、戦えるようにならないということだ」
私を見つめてルーカス様は言った。
「それが白竜でも、魔物の大群でも。レベッカ以外の魔術師や、時には騎士だけでも、何かしらの策を得て倒せるようにならなければならないんだ」
「それは……確かに……」
いつでも私が現場に行かれるわけではない。
私を待っていたら間に合わない場合もあるだろう。
現に、白竜の被害は広がっているんだ。
「魔物を倒すのはレベッカだけではない。君はこうやって、できる範囲でやればいいんだ」
ぽんと頭を撫でられた。
「……はい」
「まあ、力があるのだから何かしたいという気持ちがあるのは分かる。魔法を使っている時のレベッカは楽しそうだからな」
「……そう?」
「国に帰っても、結婚しても、レベッカが魔術師として活動できるよう考えてみよう」
「――ありがとう」
「君が幸せでいることが、俺にとっての幸せでもあるからな」
ルーカス様の唇が私のそれに軽く触れた。
(ああ……やっぱりこの人が好きだ)
触れられた部分から、じんわりと熱が伝わって心の暗くなっていた部分が明るくなっていくのを感じた。
お祝いの時に出すような凝った料理や、とっておきのお酒などを出してくれる。
報酬をもらったのだから気にしなくていいと言ったのだけれど、街の人々皆からの気持ちだからと振る舞ってくれる。
魔物討伐ではこういうことが多い。
魔力や剣技のない人たちにとって、魔物を倒すことはまず不可能だからだ。
お酒が入っているので皆食後も賑やかに飲んだり談笑している。
「先に部屋に帰っているね」
私も少しだけお酒を飲んだら疲れを感じてきたので、そう言って立ち上がった。
「あ、一人で大丈夫だから」
護衛としてついてこようとしたアンナを制すると、一人で食堂を出る。
(今日は楽しかったな)
廊下を歩きながら、今日の討伐を思い出す。
街中に魔蛇が出て被害も出ているのだから、不謹慎なのだが。
それでも皆で協力し合って魔物を殲滅させる達成感は久しぶりだ。
「リサ」
階段を上がり、部屋に入ろうとすると声をかけられた。
「アレク」
「少し話せる?」
歩み寄ってくるとアレクはそう言った。
「話?」
「せっかく一緒に旅してるのに、ゆっくり話す機会がないから」
「……そうだね」
確かに、スラッカとトウルネン、それぞれに分かれて行動しているものね。
私たちは廊下の突き当たりに置かれていたソファに腰を下ろした。
「毎日馬車に乗ってばかりで疲れるよね」
「うん……ホント大変」
ガタガタと揺れる馬車に一日中乗り続けて。
定期的に下りて身体は動かしているけれど、お尻や腰が痛くなる。
「多分、白竜のところまであと十日くらいかかると思う」
「十日かあ」
長いなあ。
「でも、僕は楽しいよ。こうやってまたリサと魔物討伐ができて」
私の顔を覗き込んでアレクは言った。
「そうだね。不謹慎だけど、今日の魔蛇退治も楽しかった」
この旅の間は、王宮での食事会以外は貴族ではなく魔術師としていることができる。
それはとても気が楽だった。
「ねえリサ。この国に戻る気はない?」
「え?」
「この国で、リサは『青の魔女』として知られているし、君に助けられた者も多い。それに火の神から直接力を授かった君は、この国にとって宝だ」
私を真剣な顔で見つめながらアレクは言った。
「君の素性が分かって、家族と暮らすことも大切だと思って行くのを止めなかったけど、とても後悔しているんだ。君はこの国の魔術師でいるべきだったって」
「……そう、かな」
確かに、他国よりも魔物の脅威が多いこのスラッカ王国は、常に魔術師が不足しているけれど。
「それともう一つ、戻ってきて欲しい理由があるんだ」
アレクは私の手を取った。
「もう一つ?」
「僕の個人的な理由だ。――あの男に君を渡したくない」
あの男?
「リサは気づいていないだろうけれど、僕は君のことが好きなんだ」
「……え」
間抜けな顔をしていたんだと思う。
目が合うとアレクはふっと笑った。
「本当はあの時、告白して君を引き留めたかった。まさかこんなすぐに婚約するなんて思いもよらなかったから。本当に後悔してる」
好きって……仲間や友人とかじゃなくて?
アレクが、私を?
「信じられないって顔してるね」
私の手を握る手に力がこもる。
「……だってそんなこと……全然気づかなかったし……」
「ちなみに僕だけじゃないよ、リサが好きなのは」
「ええっ⁉︎」
「リサが好きな者が何人いるのか、ギルドの皆が知っていたよ。君以外はね」
私以外⁉︎
……色々衝撃なんだけれど。
「リサはこういう方面には疎いから、皆何も言わなかったし互いに牽制し合っていたんだけど。まさか婚約者ができるなんてね。――こんなことなら抜け駆けしてでも君を捕まえておけば良かった」
アレクは握っていた私の手を自分へと引き寄せた。
「僕じゃだめかな」
(その顔は……ずるい)
困ったような泣いているようなアレクの顔は、前世で飼っていた犬を思い出させて、いつもお願いを聞きたくなってしまう。
(でも……今回は、無理だから)
「私には……ルーカス様がいるから」
「このまま彼と結婚して、お妃として生きるのと、この国に戻り魔術師として生きるのと。リサは、どっちが幸せ?」
幸せ?
私にとっての幸せって……。
「考えておいてくれる?」
アレクは手を離すと立ち上がった。
「おやすみ、リサ」
そう言って、アレクは立ち去っていった。
「そんなの……選べないよ」
魔術師であることと、貴族として生きること。
私にとってはどちらも大事だもの。
「レベッカ」
ぼんやりしていると、ルーカス様の声が聞こえた。
「部屋に戻ったんじゃないのか」
「……考え事をしていて」
「考え事?」
ルーカス様は私の隣に腰を下ろした。
「悩みか」
「……私にしかない力があるのに、それを役立てないのは良くないことかなと思って」
告白のことはさすがに言えないので、もう一つのことを話した。
アレクに言われなくても、この旅を始めてから思っていた。
青い炎は私にしか使えない。
他の魔術師には倒せない、白い炎を吐く白竜を倒せるのは私だけだ。
他にも索敵など、私にしか使えない魔法がある。
その力を、もっと使っていった方がいいのではないかと。
「そうだな」
しばらく考えてルーカス様は口を開いた。
「確かに、レベッカの力は唯一だし、レベッカにしかできないこともある。――たが、だからこそレベッカに頼るのはまた違うとも思う」
「……どういうこと?」
「レベッカの力を頼らなくとも、戦えるようにならないということだ」
私を見つめてルーカス様は言った。
「それが白竜でも、魔物の大群でも。レベッカ以外の魔術師や、時には騎士だけでも、何かしらの策を得て倒せるようにならなければならないんだ」
「それは……確かに……」
いつでも私が現場に行かれるわけではない。
私を待っていたら間に合わない場合もあるだろう。
現に、白竜の被害は広がっているんだ。
「魔物を倒すのはレベッカだけではない。君はこうやって、できる範囲でやればいいんだ」
ぽんと頭を撫でられた。
「……はい」
「まあ、力があるのだから何かしたいという気持ちがあるのは分かる。魔法を使っている時のレベッカは楽しそうだからな」
「……そう?」
「国に帰っても、結婚しても、レベッカが魔術師として活動できるよう考えてみよう」
「――ありがとう」
「君が幸せでいることが、俺にとっての幸せでもあるからな」
ルーカス様の唇が私のそれに軽く触れた。
(ああ……やっぱりこの人が好きだ)
触れられた部分から、じんわりと熱が伝わって心の暗くなっていた部分が明るくなっていくのを感じた。
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