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どうやら、ストーカーはありふれたオレオレ詐欺すらひっかかるタイプの人間のようです。
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わたくしは、体を隠すものがないため腕でむぎゅっと胸を隠して、ぬかるんだ場所をベッドにぴたりとつけて彼の視界から逃れさせた。
「あの、キリアン様?」
「なんだよ」
不貞腐れたように見える彼の肩がびくりと跳ねる。流石に言い過ぎたかと思いことさら声を優しくするよう心掛けた。
「えっと、とりあえず、足枷を外していただけません? 見た所、とても鍛えて逞しくていらっしゃいますし、あなたには敵わないでしょう? 足が痛くて……。傷ができたまま、ばい菌や鉄の成分が体に入れば足が腐り落ちてしまいかねませんのよ? 先ほど手当をしてくださいましたけれども、もう少しきちんと処置をしたいですわ」
「俺が逞しい……? そ、そうだな。俺も女の子を傷つける趣味はねえからな。またそんな風に俺に告白を……」
凌辱は傷つける行為ではないのだろうか? 恐らく彼は根が素直で善人なのだろう。わたくしに無体な事をする気がうせているのか、赤い顔は照れているだけのような気がする。
ひょっとしたら、先ほどまでの行動を後悔しているのかもしれない。それを裏付けるように彼の言葉が聞こえなくなほど小さい。
「きれいな水はあります? 洗い流してばい菌と鉄の成分を取り除かないと」
「ああ、ちょっと待ってろ。よく効く塗り薬も持って来てやる」
キリアンは、すっかり拍子抜けしてしまったのか素直に足枷を外したあと部屋から立ち去った。
※※※※
「さて、どうしましょうか。罠だとは分かっていましたが、隠れて護衛していたはずのうちの者もまだ来ないですし……」
家に届いた、サーシアの名前入りの手紙を受け取った時、蝋の封や、そもそも封筒はともかく、中の紙が彼の家の物ではない事、ありえないほどの下手なかわいらしい文字や文章から偽物だと見破っていた。
手紙は、アイラが準備していたのだろう。ひょっとしたら、キリアンのストーカー行為も利用していたのだろうか。わざと日記を読ませて、彼と接触をしていない状況で完全犯罪をするつもりだったのかもしれない。
家の中で、実行しない荒唐無稽の恋する少女の戯れ程度の日記と手紙くらいだ。これを見たキリアンが全て独断で犯行をした事になれば、めでたくわたくしは傷物になる。
そして、二人は障害なく、わたくしの不幸を悼みながらヒーローヒロインよろしく結ばれるというわけか。
「随分とバカにされたものね……。わたくしも、そして、キリアン様も。それにしても護衛達は何をしているのかしら?」
わたくしは、このまま護衛達がほどなくここを見つけ出した時、彼は裁判にもかけられず拷問されて命を落とすだろう。ストーカー行為はアイラ限定であり、彼女が、わたくしを陥れるために彼を利用したのであれば、彼を助けて懐柔したほうが良い結果を生む。
貴族令嬢のつとめと思えばこそ、四角四面で融通が利かず、自分の見たいがままわたくしを毛嫌いし恥をかかせてきた騎士団長の息子であるとうもろこしのひげみたいなひょろりんサーシスと婚約状態を維持してきた。
あんなわかりやすいアイラに篭絡された、心も体も脳ミソもくにゃくにゃでプライドだけの彼よりも、素直で楽しく、何気に実行力のある逞しくてかわいらしいキリアンのほうが好感が持てる。
わたくしは、はっきり言って鍛え上げられた肉体を持つがっしりした殿方が好みだ。
思考の渦に沈んでいると、ドアが開いて、キリアンが水と傷の処置道具を持って来た。さらに、サンドイッチまで。
やはり、アイラのためにわたくしという悪女が憎いと思いつつも根は純朴で優しいのだろう。
『気に入ったわ』
口の中で、キリアンに対して呟いた声は彼には届かなかった。わたくしは、彼の優しい行動に少し感動してにこりと微笑む。
「まあ……、キリアン様、薬まで……? ありがとうございます」
「べ、別に……。ほら、足を見せてみろ」
わたくしは、足をすっと彼に差し出す。勿論、秘めた場所は太ももで隠したまま。それでも、白いわたくしの足を見て、彼がねっとりと欲情を込めた瞳で視線を、むにゅっと変わった胸元の形から、薄い色のついた下生えの奥を見ようとちらりと移動させた事を認めた。
勿論、わたくしの中から溢れた蜜は少しずつ渇いて来ており、ぺたりとつけたベッドのシーツに沁み込んでさらに渇く。
ふるりと彼の顔が、欲情を振り払うかのように左右にゆれ、擦り傷が出来てしまった傷をそっと手に取り、なるべく痛まないように処置を始める。
薬をぬり、丁寧に布で巻いた後、さりげなく彼の指先がわたくしのふくらはぎに当たり、足を見たまますっとサンドイッチを差し出してきた。
「お腹が空いていたんですの。キリアン様、ありがとうございます」
「あんたは、俺に、ありがとうって言うんだな……」
キリアンは、そう言うと、屈託のない笑顔にも見える表情をした。ドキッと彼の無垢な笑みを見て鼓動が跳ねる。
トキン、トキン、トクン、トクン……
初めて感じる胸のこの音と、むず痒いようなかといってもっと浸りたいようなこの感覚はなに?
「……、人から善意をいただけたのなら感謝しますわ?」
「だな……」
少し、寂しそうにしている様子が気になり、彼の事を知りたくなった。
「キリアン様、ここの場所は人に見つからないのでしょう? 時間はありますし、あなたやアイラ様の事を教えていただけませんこと?」
「大した話じゃない」
そう言いながらも、幼い頃にはキリアンは男爵位をもつ貴族の令息だった事。
その後、母の親戚が詐欺にあい、商会をアイラの家が助けた事。
助けるために、父が爵位を担保に、アイラの家から借金をして、返せなくなり平民になった事。
騎士になり、臥せた母を見ながら生計を立ててきた事などを話し始めた。
アイラに声をかけたくても平民になってしまった自分は遠くから見守るしかなかった事も。
善良で力のない彼らがどのように罠がかけられたのか容易に想像はつく。
いいようにアイラの家に、彼自身も彼の家も、彼の母方の実家も転がされて商会を乗っ取られて爵位も取り上げられただろうというのに。
これは、少し調べる必要があるようだ。
──そして、
「俺、アイラからありがとうなんて言われた事ないって改めて気づいた。高位貴族には言うのに、俺みたいな下級貴族にはやってもらって当然みたいな態度だったなと、今思えば、そんな感じだったかもしれない」
「でしょうねえ……」
アイラは、高位貴族の男性にのみ、笑顔や誠意という名のありがとうなどを振りまいてはスキンシップをしている。
サーシアもそれでノックアウトされたようなものだ。
だが、女子生徒にはモテないひがみと言わんばかりに見下し、歯牙にもかからない下級貴族の男子にはおざなりだった。
「は?」
「あら、失言でしたわ、失礼しました。それにしても、サンドイッチ美味しかったですわ。ごちそうさまでした」
「大したもんじゃない……」
「あら? ひょっとしてあなたが手づから?」
「……、あんたらと違って、俺みたいなやつは料理くらいするさ。しかも挟むだけだし」
「まぁ、本当にキリアン様は素敵な殿方ですわね。味のバランスも、彩も、栄養価も考えられていましたわ? 自然とそのような料理が出来るなんて、すばらしい事ですわ」
「また、素敵だなんて……そんなに俺の事を? あんなに酷い事をしたのに……」
褒め慣れていない照れた彼の、少年のような初々しい態度を見て、キュンっと胸がやはり高鳴り、そっと、彼の手を取ったのであった。
「あの、キリアン様?」
「なんだよ」
不貞腐れたように見える彼の肩がびくりと跳ねる。流石に言い過ぎたかと思いことさら声を優しくするよう心掛けた。
「えっと、とりあえず、足枷を外していただけません? 見た所、とても鍛えて逞しくていらっしゃいますし、あなたには敵わないでしょう? 足が痛くて……。傷ができたまま、ばい菌や鉄の成分が体に入れば足が腐り落ちてしまいかねませんのよ? 先ほど手当をしてくださいましたけれども、もう少しきちんと処置をしたいですわ」
「俺が逞しい……? そ、そうだな。俺も女の子を傷つける趣味はねえからな。またそんな風に俺に告白を……」
凌辱は傷つける行為ではないのだろうか? 恐らく彼は根が素直で善人なのだろう。わたくしに無体な事をする気がうせているのか、赤い顔は照れているだけのような気がする。
ひょっとしたら、先ほどまでの行動を後悔しているのかもしれない。それを裏付けるように彼の言葉が聞こえなくなほど小さい。
「きれいな水はあります? 洗い流してばい菌と鉄の成分を取り除かないと」
「ああ、ちょっと待ってろ。よく効く塗り薬も持って来てやる」
キリアンは、すっかり拍子抜けしてしまったのか素直に足枷を外したあと部屋から立ち去った。
※※※※
「さて、どうしましょうか。罠だとは分かっていましたが、隠れて護衛していたはずのうちの者もまだ来ないですし……」
家に届いた、サーシアの名前入りの手紙を受け取った時、蝋の封や、そもそも封筒はともかく、中の紙が彼の家の物ではない事、ありえないほどの下手なかわいらしい文字や文章から偽物だと見破っていた。
手紙は、アイラが準備していたのだろう。ひょっとしたら、キリアンのストーカー行為も利用していたのだろうか。わざと日記を読ませて、彼と接触をしていない状況で完全犯罪をするつもりだったのかもしれない。
家の中で、実行しない荒唐無稽の恋する少女の戯れ程度の日記と手紙くらいだ。これを見たキリアンが全て独断で犯行をした事になれば、めでたくわたくしは傷物になる。
そして、二人は障害なく、わたくしの不幸を悼みながらヒーローヒロインよろしく結ばれるというわけか。
「随分とバカにされたものね……。わたくしも、そして、キリアン様も。それにしても護衛達は何をしているのかしら?」
わたくしは、このまま護衛達がほどなくここを見つけ出した時、彼は裁判にもかけられず拷問されて命を落とすだろう。ストーカー行為はアイラ限定であり、彼女が、わたくしを陥れるために彼を利用したのであれば、彼を助けて懐柔したほうが良い結果を生む。
貴族令嬢のつとめと思えばこそ、四角四面で融通が利かず、自分の見たいがままわたくしを毛嫌いし恥をかかせてきた騎士団長の息子であるとうもろこしのひげみたいなひょろりんサーシスと婚約状態を維持してきた。
あんなわかりやすいアイラに篭絡された、心も体も脳ミソもくにゃくにゃでプライドだけの彼よりも、素直で楽しく、何気に実行力のある逞しくてかわいらしいキリアンのほうが好感が持てる。
わたくしは、はっきり言って鍛え上げられた肉体を持つがっしりした殿方が好みだ。
思考の渦に沈んでいると、ドアが開いて、キリアンが水と傷の処置道具を持って来た。さらに、サンドイッチまで。
やはり、アイラのためにわたくしという悪女が憎いと思いつつも根は純朴で優しいのだろう。
『気に入ったわ』
口の中で、キリアンに対して呟いた声は彼には届かなかった。わたくしは、彼の優しい行動に少し感動してにこりと微笑む。
「まあ……、キリアン様、薬まで……? ありがとうございます」
「べ、別に……。ほら、足を見せてみろ」
わたくしは、足をすっと彼に差し出す。勿論、秘めた場所は太ももで隠したまま。それでも、白いわたくしの足を見て、彼がねっとりと欲情を込めた瞳で視線を、むにゅっと変わった胸元の形から、薄い色のついた下生えの奥を見ようとちらりと移動させた事を認めた。
勿論、わたくしの中から溢れた蜜は少しずつ渇いて来ており、ぺたりとつけたベッドのシーツに沁み込んでさらに渇く。
ふるりと彼の顔が、欲情を振り払うかのように左右にゆれ、擦り傷が出来てしまった傷をそっと手に取り、なるべく痛まないように処置を始める。
薬をぬり、丁寧に布で巻いた後、さりげなく彼の指先がわたくしのふくらはぎに当たり、足を見たまますっとサンドイッチを差し出してきた。
「お腹が空いていたんですの。キリアン様、ありがとうございます」
「あんたは、俺に、ありがとうって言うんだな……」
キリアンは、そう言うと、屈託のない笑顔にも見える表情をした。ドキッと彼の無垢な笑みを見て鼓動が跳ねる。
トキン、トキン、トクン、トクン……
初めて感じる胸のこの音と、むず痒いようなかといってもっと浸りたいようなこの感覚はなに?
「……、人から善意をいただけたのなら感謝しますわ?」
「だな……」
少し、寂しそうにしている様子が気になり、彼の事を知りたくなった。
「キリアン様、ここの場所は人に見つからないのでしょう? 時間はありますし、あなたやアイラ様の事を教えていただけませんこと?」
「大した話じゃない」
そう言いながらも、幼い頃にはキリアンは男爵位をもつ貴族の令息だった事。
その後、母の親戚が詐欺にあい、商会をアイラの家が助けた事。
助けるために、父が爵位を担保に、アイラの家から借金をして、返せなくなり平民になった事。
騎士になり、臥せた母を見ながら生計を立ててきた事などを話し始めた。
アイラに声をかけたくても平民になってしまった自分は遠くから見守るしかなかった事も。
善良で力のない彼らがどのように罠がかけられたのか容易に想像はつく。
いいようにアイラの家に、彼自身も彼の家も、彼の母方の実家も転がされて商会を乗っ取られて爵位も取り上げられただろうというのに。
これは、少し調べる必要があるようだ。
──そして、
「俺、アイラからありがとうなんて言われた事ないって改めて気づいた。高位貴族には言うのに、俺みたいな下級貴族にはやってもらって当然みたいな態度だったなと、今思えば、そんな感じだったかもしれない」
「でしょうねえ……」
アイラは、高位貴族の男性にのみ、笑顔や誠意という名のありがとうなどを振りまいてはスキンシップをしている。
サーシアもそれでノックアウトされたようなものだ。
だが、女子生徒にはモテないひがみと言わんばかりに見下し、歯牙にもかからない下級貴族の男子にはおざなりだった。
「は?」
「あら、失言でしたわ、失礼しました。それにしても、サンドイッチ美味しかったですわ。ごちそうさまでした」
「大したもんじゃない……」
「あら? ひょっとしてあなたが手づから?」
「……、あんたらと違って、俺みたいなやつは料理くらいするさ。しかも挟むだけだし」
「まぁ、本当にキリアン様は素敵な殿方ですわね。味のバランスも、彩も、栄養価も考えられていましたわ? 自然とそのような料理が出来るなんて、すばらしい事ですわ」
「また、素敵だなんて……そんなに俺の事を? あんなに酷い事をしたのに……」
褒め慣れていない照れた彼の、少年のような初々しい態度を見て、キュンっと胸がやはり高鳴り、そっと、彼の手を取ったのであった。
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