上 下
3 / 15
プロローグ 美女シスターと美少年(?)司教は廃都で躍る

二人の目的

しおりを挟む



 「あっ、貴女はどうして、こういう事を平然と……」

 店内、食事の席にて。スープを掬っていたスプーンをかちゃりと食器の淵に落とした少年、愛らしくも堅物で厄介な我らが救世主ゼタは赤ら顔で立ち上がって、その水色の瞳を此方の顔とテーブル上のセクシーな私のブロマイドカードとで数度往復させている。

 「ね? 食事の席で出すべきものじゃないでしょう?」
 「それはそうだがそういう問題じゃないっ」

 ────はてさて。面倒な事になった。再三気にしないで、とシグナルを送ったにも関わらず案の定、ゼタきゅんから先の巨漢を追い返した際に渡した紙について説明を求められてしまった訳だが。嘘を吐いたりはぐらかしたりしても上手く行かず、正直に話したら話したでやはりこうなってしまった。

 「こらこら、店員さんには見えてるんですよ?」

 一応隠匿術式を起動させているから、顔見知りとなった店主店員以外の人々には注目されていない。とはいえ、随分と大きなリアクションだ。

 この手の話が苦手なのは相変わらず、か。

 いつものすまし顔が若干年相応に崩れていて安心、もとい、非常に揶揄い甲斐があって愉悦。薄らと笑みを浮かべたまま困った子だわと仕草を作ると、彼は殊更声に怒気を込める。

 「……構うもんか。男を唆した時の言葉、もう一度復唱してみろ」
 「もう一言一句違えない自信はありませんが……えっと、“ここは私の顔を立てて下さい。手っ取り早く手柄が欲しいんです。言う事を訊いてくれたら、後でお返ししますよ?”でしたっけ?」
 「っ、作られた言葉なのは分かるがそれ! お返しってなんだお返しって⁉︎」
 「お返しはお返しですよ。各々のご想像にお任せ出来る便利なワードです」
 「どうしてそういう勘違いされる様な事を態々っ……」
 「でないと釣れないでしょう?」
 「~~~~~~っ、けしからんっ!」

 ああ、取り乱してる顔すっっっ…………ごく可愛いっ……じゃなかった。

 愛くるしさに耐え切れず一瞬トリップしかけた私は、蕩けた顔が表に出る前に慌てて取り繕い、「まあまあ落ち着いて。今一度席に着き、カードに書かれた内容をよくご覧になって下さい」と彼を嗜めた。すると訝しみながらも彼はブロマイドカードを手に取り、裏側の地図の描かれた面にジッと目を凝らす。

 「いや、こんなの……ってこれ、よく見たら…………教会? 廃都支部の図面じゃないか! しかも、催眠、暗示か? その類のいやーなまじないが掛かってっ……!」

 顔を顰め、カードをパッと手放した。よく視え、よく臭う彼にとっては、きっと酷く醜悪に感じられる事だろう。

 「ふふっ、よく出来てるでしょう? 短絡的な欲に塗れたあの様な者には丁度良いと思いません?」
 「…………折角のご飯が不味くなった」

 笑顔で改めて言う。「だから最初からそう言ったじゃありませんか」と。それを聞いたゼタは残りの炒飯を掻き込んで、リスの様に頬張り飲み込んだ後、「後で絶対マザーに報告してやる」と小さく恨み節を吐露した。これは暫くは引き摺りそうだ。

 「んふふっ……はむっ」

 私は微笑みだけを返して残りの食事を手早く平らげると、今一度耳を周囲に戻し、本題へ戻す。

 「ご馳走様…………しかし、随分と平和ですね」
 「さっき揉め事があったばかりじゃないか、と言いたいが、同意する」

 此処に私達が居座る理由、それは情報収集に他ならない。こと危険の多い現代に於いて、多くの人々が好き勝手に会話を交わす機会のある場所は限られている。酒場はその一つであり、そこでの張り込みは各地を転々とする立場にある私達にとっては最もポピュラーで取っ掛かりやすい手段だ。
 基本夜間が最も情報を得られ易いが、朝昼でも付近の人々の集会所代わりになっている事が多い。とはいえ集落が大きめのこの場所なら早々に事情が掴めるのではと、実の所鷹を括っていた。が、しかし、どうにも手応えが無いというのが現状である。

 「朝から張り込んでいて、ここまで目ぼしい情報が無いのは珍しい。怪異の影も痕跡も少ない。他支部伝てで救援要請があったから立ち寄ったのに……廃都支部は本当に逼迫しているのか?」

 怪異。破局的事態によってこの世に蔓延ってしまった、それ以前の原理法則では説明の付かない事象の総称。教会はそれに対処する為に人類が組織した機関の呼称である。

 「まあ来たばかりですからね。それに支部はここからそう遠くありませんし、きっと庇護下にあるんでしょう」
 「庇護? どれくらいの期間かは分からないが、現状立て篭っているのに?」
 「ふふっ、皮肉ですよ皮肉」

 態々事前に電報を打って時間通りに現着したにも関わらず、電子音声での受け答えで追い返されてしまった本日未明の出来事を思い返す。そう、現在、教会廃都支部は遮断状態にあるのだ。

 「未だに連絡は無いのか?」
 「ありませんね、通信機器のアンテナはしっかり三本立ってますけども」
 「……嫌だな」
 「ですね」

 意見が一致する。今の様な状況は、口にした情報が被害の引き金となる怪異の存在が臭う。

 「……思い当たる怪異はあるか?」

 恐る恐る彼はそう口にした。特に何も起きる気配は無い。

 「そこまで感度が高く縛りのキツい怪異では無いのでしょう。詮索するだけで危険が生じるのであれば、もう何か起きていますから」

 私は熟考する。最中、「お水お代わり要りますか?」と女店員が歩み寄って来たので、下さいと返事しつつ思い付く。

 「……ゼタ司教、取り調べの許可を」
 「っ……」
 「大丈夫です、訊くだけです」

 視線を感じ、立ち止まって首を傾げる女店員。ゼタは「なら僕がやる」と言って、彼女に問う。

 「店員さん、一つ伺いたい事がある……この辺の怪異についてだ。宜しいか?」

 すると、女店員は目に見えて顔を強張らせ、首を横に振る。

 「……すみません。お話出来る事は御座いません」
 「いや、いい。今ので一つ絞れた。有難う」
 「…………? そう、ですか」

 彼女は不思議そうな顔のまま立ち去った。私はふうっと一つ息を吐いてゼタに尋ねる。

 「どうです? 、ありましたか?」
 「……いいや、取り敢えずは無さそうだ」
 「そうですか。良かった」
 「良くはないだろう。反応を見るに分け知りで、話題を避けている様にも見えたぞ」

 怪異には噂をするだけで祟るモノもごまんと存在する。今の訊き方では、正直それが普通だと思うのだが。

 「んー……まあ、その線は捨て切らないでおきましょう」

 少し肩透かしを食らった気分だが、思った怪異で無かったのは幸いだ。そう思った瞬間、一気に肩の力が抜けて、昨日から一睡もしていない反動が身にのし掛かり始める。
 
 「はぁ、お腹いっぱいになったら眠くなってきましたね」
 「夜通し移動して、そのまま張り込みしたからな。緊急性は無いと分かった以上、一度宿を取って仮眠するか?」
 「…………」

 無言で彼の顔色を見る。若さか、これが若さなのか。強がりの可能性もあるけども。

 「一応振りだったんですがね……」
 「……?」
 「そっちも疲れて眠いかと」
 「いや、大丈夫だが」

 意地を張っても仕方ない、か……。

 「休養は必要です。一先ず支部に入れない以上、宿から探しましょうか」

 私達は店員と店主に一言挨拶し、店を後にして近場の宿に入った。そしてそこで予想される怪異への対抗手段を練りつつ、互いに三時間程度仮眠を取ったのだが。

 「……ん、時間か」

 アラームの中むくりと起き上がったゼタは、「連絡はあったか?」と訊いてきた。私は黙って首を振る。

 「そうか……流石に動き辛いな」

 動き辛いというか、実のところ無理をして動く理由が無い。今こうして廃都に留まっているのはあくまでついで。目的地に着くまでの中継地に位置する場所が偶々厄介事を抱えているっぽかったので、少し邪な話、解決すれば見返りが貰えるのでは、と乗り込んだに過ぎない。ぶっちゃけ面倒ならスルーしていいのである。

 「もう他の人員に任せてしまうのも手ですね。長居しても仕方ありませんし」

 と、口にしたその時だ。宿の外が俄に騒がしくなった。げっ、と渋い顔をする私を他所に速やかに窓を開け、すっかり夕暮れ時の外を見たゼタは言う。

 「仕事の時間の様だ、急ごう」

 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:25,799pt お気に入り:3,540

悩む獣の恋乞い綺譚

BL / 完結 24h.ポイント:120pt お気に入り:69

悪役令息になんかなりません!僕は兄様と幸せになります!

BL / 連載中 24h.ポイント:4,623pt お気に入り:10,286

稀代の悪女が誘拐された

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:790

七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:18,126pt お気に入り:7,953

【完結】英雄召喚されたのに色々問題発生です【改訂版】

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:44

公爵様と行き遅れ~婚期を逃した令嬢が幸せになるまで~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,320pt お気に入り:24

処理中です...