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15話 媚薬ポーションと聖女
「その媚薬効果を打ち消すポーション、もしかして、第二王子殿下には飲ませていないとか?」
「イアン殿下には毒見係がついていたんだ。もし混入されたなら、先に毒見係に症状が出ていないとおかしいだろう? そう思って尋ねたけれど、毒見係は、妙な胸の高鳴りなどは感じていないと言った。だからイアン殿下にはポーションを飲むのを勧めなかった」
ウェンディは、どうしてこの世界がゲームと甚だしく乖離してしまったのか、分かった気がした。
ダニング伯爵が感じた媚薬ポーションと同じ作用とは、おそらく攻略対象としてヒロインに抱くはずだった慕情。
それを変だと感じたダニング伯爵が、媚薬効果を打ち消すポーションを作って飲んでしまった。
なおかつ、そのポーションをもう一人の攻略対象であるデクスターにも飲ませている。
だから二人は、聖女ヒロインに対して好意を感じなかったのではないか。
身分差だったり、婚約者がいたり、そうしたことに関係なく働くはずだった強制力とも言うべき力へ、ダニング伯爵が先んじて措置を講じてしまったのだ。
(すごいわ、お父さま。天才だと称されるのも、当然ね)
毒見係に症状が出なかったのは、攻略対象ではなかったからだ。
ということは、第二王子は媚薬効果を打ち消すポーションを飲まなかったから、聖女と恋仲になったのだろうか。
「……お父さまはその出来事を、どう判断したの?」
「当時は今と違って、あちこちに魔物がいた。だから媚薬ポーションが混入されたのではなく、何らかのスキルの影響かと思った。媚薬効果を打ち消すポーションが効いたということは、仕掛けてきたのは淫魔系の魔物だったのかな、というのが最終的な見解だったね。それ以降は特に問題も起きなかったし、私も今の今まで忘れていたんだ」
だけど、とダニング伯爵は続ける。
「それを思い起こさせるように、聖女さまが媚薬ポーションなんて依頼してくるから、もしかしたら真相は違っていたのかもしれないと思った。今さらなんだけどね」
「お父さまは、聖女さまが媚薬ポーションを使った可能性を考えたのね?」
「聖女さまは世俗に触れず、聖堂で崇め奉られて育った清い存在だったから、当時は疑うこともしなかった。だが、こうして強引な制作依頼をしてきたからね、印象も変わるよ」
やれやれと首をふるダニング伯爵の気持ちも分かる。
王家の我が儘に振り回されるのは、これが初めてではないのだ。
「どうしてお父さまに媚薬ポーションの制作を依頼したのかしら? 過去にも媚薬ポーションを使ったのなら、お父さま以外の錬金術士との繋がりがあったはずでしょう?」
「あれから20年以上が経つからねえ、もしかしたら贔屓にしていた錬金術士が亡くなったとか、そんな理由かもしれないよ」
ダニング伯爵の言葉に、ウェンディは雷に打たれたような閃きを得る。
もしかしたら、20年以上が経ったことで、聖女にヒロインという効力が無くなったのではないか。
(事の発端は世代の交代――続編がスタートしたからじゃないの?)
ヒロイン補正が切れた聖女と、ヒロイン補正が働いている王女。
これまで、ヒロイン補正で捕らえていたはずの第二王子の心の変化に焦った聖女が、媚薬ポーションに頼ろうとした可能性は十分にある。
(『レンフィールド王国の枯れない花』の世界だったのが、『レンフィールド王国の枯れない花2』の世界になった。それに伴って、ヒロインが聖女から王女へ変わった。聖女はこれまで無条件で攻略対象から愛される存在だったけど、今やその地位にいるのは王女だわ)
王女の周りにいる攻略対象たちは、実際に仲良く取り巻きと化している。
乙女ゲームの中にヒロインが二人いれば、ややこしいことになるのは明白だ。
「聖女さまと第二王子殿下が不仲とか、そんな噂があるの?」
「不仲かどうかは分からないけど、レイチェル王女の教育方針について揉めた、とは聞いたね。イアン殿下が王女に対して甘すぎると、聖女さまが憤っていたそうだ」
「聖女さまは、第二王子殿下を王女さまに取られた、と思ったんじゃないかしら?」
「イアン殿下とレイチェル王女は親子だよ? 私とウェンディが仲良くしたからって、バーバラが嫉妬するとは思えないけどなあ」
それはダニング伯爵とウェンディの母バーバラが、相思相愛で結ばれたパートナーだからだ。
もしゲームの強制力によって心が操られていたのならば、20年以上、第二王子は偽りの愛を聖女に捧げていたことになる。
ある日、それが突然なくなってしまう事態に直面した聖女の恐慌は、計り知れない。
(まだこの世界について、分からないことが多いわ。実際、20年前にヒロイン補正か媚薬ポーションによって、お父さまたちに働きかけがあったのは確かみたいだけど)
まだ悩んでいるウェンディに、ダニング伯爵が出来上がったばかりの媚薬ポーションを見せる。
それはウェンディが知っているものよりも、随分と色が黒かった。
「お父さま、どうして黒い色をつけたの?」
「悪用されないためにだよ。何かに混ぜてこっそり飲ませようとしても、これだけ黒ければ色でバレるだろう? 基本的には、双方の合意があって使用するものだから、一方の独断では盛れないようにしたんだ」
「なるほど、こういう気遣いも錬金術士としての嗜みなのね」
「果たして聖女さまがその気遣いを、良しとするかは不明だけどね」
ふうと溜め息をつくダニング伯爵は、憂い顔だった。
魔王を討伐する旅の中で、寝食を共にした仲間たちは、今やバラバラだ。
交流も減った第二王子や聖女が、何に悩み何を考え何をしようとしているのか、ダニング伯爵には分からない。
いつでも手を差し伸べて助け合った過去は、もう遠い思い出の彼方だった。
「この媚薬ポーションと引き換えに、『特殊な素材』が手に入るから頑張れたけど。これ以上、王家の我がままに付き合うのはごめんだね」
「早くデクスターさまのためのポーションを作りたいわ。あの赤いクラゲから、どれだけ粘液を取ればいいかしら?」
落ち込み始めたダニング伯爵を励まそうと、ウェンディはことさらに明るい声を出した。
ウェンディの意図を正しく理解したダニング伯爵は、その心遣いに感謝する。
「けっこう大きな個体だったから、必要な量はまかなえるだろう。そうだね、試験管のこの辺りまで――」
それ以降は、真剣に議論を重ねる二人の声で、研究室は賑わうのだった。
◇◆◇
それからしばらくした王城の一室で――。
「これが、媚薬ポーションなのね。どうやってイアンに飲ませようかしら。こんなに黒いのでは、飲み物には混ぜられないし……」
手にした細い試験管を覗き込み、訝しげにしているのは第二王子妃の聖女シャーリーだ。
その問いにおずおずと答えるのは、ダニング伯爵家までお遣いに走らされた、シャーリー付きの若い侍女だった。
「ダニング伯爵が仰るには、媚薬ポーションとは双方の合意があって接取するもので、決して秘密裏に飲ませてはならないと……」
「それじゃ意味がないのよ。イアンの心はすっかり私から離れてしまったわ。あまつさえ、王位継承権第一位の自分に男児がいないのは問題だ、なんて言い出して――」
娘である王女レイチェルから、隣国の一夫多妻・一妻多夫制度を教えてもらった第二王子は、新たに子を生める若い側妃を娶りたいと、レンフィールド王国の一夫一妻制度を変えようとしている。
(もしも制度が変わり、若い側妃が迎え入れられて、その側妃が希望通りの男児を生めば――イアンの寵愛は私には戻ってこないわ)
そうなってしまう前に、なんとかしたいと聖女はあがいている。
だが、そう上手く事は運ばない。
真っ黒い媚薬ポーションには、絶望しか詰まっていなかった。
「どうしてこんなことになったのかしら。20年以上も連れ添った私を、急に蔑ろにするなんて、イアンはひどいわ」
泣き崩れるシャーリーを慰める術もなく、侍女は顔色を悪くして佇んだままだ。
そしてそんな二人を窺う影があった。
(お母さまったら、そんなものに頼ろうとしていたのね。だからお父さまに、愛想をつかされたのではないの? もっと自分を磨いて、相手が愛を捧げたくなるような存在にならなくちゃ。私みたいにね)
聖女が使い道の無くなった媚薬ポーションを机の引き出しに仕舞うのを見届けて、王女はそっとその場を離れた。
「イアン殿下には毒見係がついていたんだ。もし混入されたなら、先に毒見係に症状が出ていないとおかしいだろう? そう思って尋ねたけれど、毒見係は、妙な胸の高鳴りなどは感じていないと言った。だからイアン殿下にはポーションを飲むのを勧めなかった」
ウェンディは、どうしてこの世界がゲームと甚だしく乖離してしまったのか、分かった気がした。
ダニング伯爵が感じた媚薬ポーションと同じ作用とは、おそらく攻略対象としてヒロインに抱くはずだった慕情。
それを変だと感じたダニング伯爵が、媚薬効果を打ち消すポーションを作って飲んでしまった。
なおかつ、そのポーションをもう一人の攻略対象であるデクスターにも飲ませている。
だから二人は、聖女ヒロインに対して好意を感じなかったのではないか。
身分差だったり、婚約者がいたり、そうしたことに関係なく働くはずだった強制力とも言うべき力へ、ダニング伯爵が先んじて措置を講じてしまったのだ。
(すごいわ、お父さま。天才だと称されるのも、当然ね)
毒見係に症状が出なかったのは、攻略対象ではなかったからだ。
ということは、第二王子は媚薬効果を打ち消すポーションを飲まなかったから、聖女と恋仲になったのだろうか。
「……お父さまはその出来事を、どう判断したの?」
「当時は今と違って、あちこちに魔物がいた。だから媚薬ポーションが混入されたのではなく、何らかのスキルの影響かと思った。媚薬効果を打ち消すポーションが効いたということは、仕掛けてきたのは淫魔系の魔物だったのかな、というのが最終的な見解だったね。それ以降は特に問題も起きなかったし、私も今の今まで忘れていたんだ」
だけど、とダニング伯爵は続ける。
「それを思い起こさせるように、聖女さまが媚薬ポーションなんて依頼してくるから、もしかしたら真相は違っていたのかもしれないと思った。今さらなんだけどね」
「お父さまは、聖女さまが媚薬ポーションを使った可能性を考えたのね?」
「聖女さまは世俗に触れず、聖堂で崇め奉られて育った清い存在だったから、当時は疑うこともしなかった。だが、こうして強引な制作依頼をしてきたからね、印象も変わるよ」
やれやれと首をふるダニング伯爵の気持ちも分かる。
王家の我が儘に振り回されるのは、これが初めてではないのだ。
「どうしてお父さまに媚薬ポーションの制作を依頼したのかしら? 過去にも媚薬ポーションを使ったのなら、お父さま以外の錬金術士との繋がりがあったはずでしょう?」
「あれから20年以上が経つからねえ、もしかしたら贔屓にしていた錬金術士が亡くなったとか、そんな理由かもしれないよ」
ダニング伯爵の言葉に、ウェンディは雷に打たれたような閃きを得る。
もしかしたら、20年以上が経ったことで、聖女にヒロインという効力が無くなったのではないか。
(事の発端は世代の交代――続編がスタートしたからじゃないの?)
ヒロイン補正が切れた聖女と、ヒロイン補正が働いている王女。
これまで、ヒロイン補正で捕らえていたはずの第二王子の心の変化に焦った聖女が、媚薬ポーションに頼ろうとした可能性は十分にある。
(『レンフィールド王国の枯れない花』の世界だったのが、『レンフィールド王国の枯れない花2』の世界になった。それに伴って、ヒロインが聖女から王女へ変わった。聖女はこれまで無条件で攻略対象から愛される存在だったけど、今やその地位にいるのは王女だわ)
王女の周りにいる攻略対象たちは、実際に仲良く取り巻きと化している。
乙女ゲームの中にヒロインが二人いれば、ややこしいことになるのは明白だ。
「聖女さまと第二王子殿下が不仲とか、そんな噂があるの?」
「不仲かどうかは分からないけど、レイチェル王女の教育方針について揉めた、とは聞いたね。イアン殿下が王女に対して甘すぎると、聖女さまが憤っていたそうだ」
「聖女さまは、第二王子殿下を王女さまに取られた、と思ったんじゃないかしら?」
「イアン殿下とレイチェル王女は親子だよ? 私とウェンディが仲良くしたからって、バーバラが嫉妬するとは思えないけどなあ」
それはダニング伯爵とウェンディの母バーバラが、相思相愛で結ばれたパートナーだからだ。
もしゲームの強制力によって心が操られていたのならば、20年以上、第二王子は偽りの愛を聖女に捧げていたことになる。
ある日、それが突然なくなってしまう事態に直面した聖女の恐慌は、計り知れない。
(まだこの世界について、分からないことが多いわ。実際、20年前にヒロイン補正か媚薬ポーションによって、お父さまたちに働きかけがあったのは確かみたいだけど)
まだ悩んでいるウェンディに、ダニング伯爵が出来上がったばかりの媚薬ポーションを見せる。
それはウェンディが知っているものよりも、随分と色が黒かった。
「お父さま、どうして黒い色をつけたの?」
「悪用されないためにだよ。何かに混ぜてこっそり飲ませようとしても、これだけ黒ければ色でバレるだろう? 基本的には、双方の合意があって使用するものだから、一方の独断では盛れないようにしたんだ」
「なるほど、こういう気遣いも錬金術士としての嗜みなのね」
「果たして聖女さまがその気遣いを、良しとするかは不明だけどね」
ふうと溜め息をつくダニング伯爵は、憂い顔だった。
魔王を討伐する旅の中で、寝食を共にした仲間たちは、今やバラバラだ。
交流も減った第二王子や聖女が、何に悩み何を考え何をしようとしているのか、ダニング伯爵には分からない。
いつでも手を差し伸べて助け合った過去は、もう遠い思い出の彼方だった。
「この媚薬ポーションと引き換えに、『特殊な素材』が手に入るから頑張れたけど。これ以上、王家の我がままに付き合うのはごめんだね」
「早くデクスターさまのためのポーションを作りたいわ。あの赤いクラゲから、どれだけ粘液を取ればいいかしら?」
落ち込み始めたダニング伯爵を励まそうと、ウェンディはことさらに明るい声を出した。
ウェンディの意図を正しく理解したダニング伯爵は、その心遣いに感謝する。
「けっこう大きな個体だったから、必要な量はまかなえるだろう。そうだね、試験管のこの辺りまで――」
それ以降は、真剣に議論を重ねる二人の声で、研究室は賑わうのだった。
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「これが、媚薬ポーションなのね。どうやってイアンに飲ませようかしら。こんなに黒いのでは、飲み物には混ぜられないし……」
手にした細い試験管を覗き込み、訝しげにしているのは第二王子妃の聖女シャーリーだ。
その問いにおずおずと答えるのは、ダニング伯爵家までお遣いに走らされた、シャーリー付きの若い侍女だった。
「ダニング伯爵が仰るには、媚薬ポーションとは双方の合意があって接取するもので、決して秘密裏に飲ませてはならないと……」
「それじゃ意味がないのよ。イアンの心はすっかり私から離れてしまったわ。あまつさえ、王位継承権第一位の自分に男児がいないのは問題だ、なんて言い出して――」
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(もしも制度が変わり、若い側妃が迎え入れられて、その側妃が希望通りの男児を生めば――イアンの寵愛は私には戻ってこないわ)
そうなってしまう前に、なんとかしたいと聖女はあがいている。
だが、そう上手く事は運ばない。
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「どうしてこんなことになったのかしら。20年以上も連れ添った私を、急に蔑ろにするなんて、イアンはひどいわ」
泣き崩れるシャーリーを慰める術もなく、侍女は顔色を悪くして佇んだままだ。
そしてそんな二人を窺う影があった。
(お母さまったら、そんなものに頼ろうとしていたのね。だからお父さまに、愛想をつかされたのではないの? もっと自分を磨いて、相手が愛を捧げたくなるような存在にならなくちゃ。私みたいにね)
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