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32話 ヒロインはただの道具

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 光の精霊にとってヒロインは、攻略対象から愛を集めるための道具でしかなかった。

 そして見放されてしまえば、第二王子にそっぽを向かれた聖女のように、もうそこに愛はなくなるのだ。



「なんて残酷なの」

「まったくだね、人の心を玩具のように扱うなんて」



 考え込んでいたダニング伯爵も、ウェンディに同意した。

 そしてダニング伯爵なりの仮説を立てたようだ。



「これは私の仮説だけど、基本的に光の精霊は、愛されやすい人に取りつくんだろうね。聖女さまやレイチェル王女は、その肩書だけで十分に愛される素養がある。だが、彼女たちの内面までは観測できないのだろう」

 

 聖女やレイチェルには、敬われる立場ゆえに、もともと愛されて当然という、驕りがあったのかもしれない。

 それが叶わないと分かるやいなや、聖女は第二王子に媚薬ポーションを盛ろうとした。

 そしてなんの因果か、媚薬ポーションはレイチェルの手に渡り、無理やりデクスターに使われた。

 欲しい相手を手に入れるためには、手段を選ばない。

 力づくでも奪おうとするその姿勢が、母娘の共通点だった。

 腕を組んだダニング伯爵は、光の精霊についての話をまとめる。

 

「人が愛するのは肩書じゃない。それが分からないから、光の精霊は失敗を繰り返すんだろうねえ。明らかな人選ミスにより、まともな愛の香りが吸えず、いまだ実体化に至っていないというところかな」

【アイツの実体化への道のりは、長そうだなあ】



 ウシシ、とホレイショが歯を見せて笑った。

 

【魅了した相手から捧げられる偽りの愛なんて、どう考えたって質のいいもんじゃないからなあ。そう言えば、あれからお姫さまはどうなったんだ? デクスターの姿にショックを受けてただろ?】



 レイチェルは、魔物になったデクスターの姿を見てしまった。

 20数年前までは、魔王に率いられた魔物が跋扈していた時代だったが、魔王討伐後は一掃されている。

 王家の宝物庫の中には、素材として何かしら残ってはいるだろうが、若い世代で生きた魔物を直接に見た者はいない。

 ホレイショの疑問に答えたのは、その後を知るダニング伯爵だった。

 

「私とイアン殿下が休憩室に到着したとき、レイチェル王女は部屋の隅に隠れていたよ。心配するイアン殿下に向かって、『絶対に勇者とは結婚しない!』と叫んでいたから、もうデクスターは狙われないはずだ」

【怪我の功名じゃん。これでデクスターとお嬢ちゃんは、お姫さまに邪魔されずに結婚できるってわけだ】

「デクスターの希望もあって、国王陛下から侯爵位を賜った後に、ふたりの婚約を発表しようと思っているんだ。結婚の日取りは、それから一年後あたりかな」

【人間っていうのは、すぐに結婚しないのか?】

「高位貴族ほど、長い婚約期間を設けるねえ。それだけ結婚の準備に、時間がかかるという理由もあるけど」

【そっかあ。……じゃあ、その間に、はっきりするかもしれないな】



 ホレイショが意味深にウェンディを見たが、それから続く言葉はなかった。

 ダニング伯爵はウェンディとデクスターに向き直り、ふたりに関する話をする。

 

「国王陛下には、レイチェル王女が束縛系の魔術を使って、媚薬ポーションをデクスターに無理やり飲ませたことは報告済みだよ。そして同時に、デクスターはウェンディと結婚する意思があるとも伝えてある。これで今後、イアン殿下からの横やりは、全て防げるはずだ」

「ありがとう、アルバート。この数日の間に、いろいろ動いてくれたんだな」

「娘のためでもあるからね。デクスターはこれからウェンディを幸せにしてくれたら、それでいいよ」



 ダニング伯爵とデクスターが握手を交わす。

 

「お父さま、デクスターさまが魔物の姿になるって、国王陛下に話したの?」

「それなんだが……レイチェル王女にも見られてしまったし、これ以上は隠し通せなくてね。今はポーションの力で、制御できていると強調はしてきたよ。しかし、どういう判断を下すかは、国王陛下次第だな」

「でも爵位を授ける予定に、変更はないのでしょう? だったら、国王陛下はデクスターさまを見逃すつもりなんじゃ……」

「しばらくは、様子を見てくれるとは思う。実際にデクスターは人間の姿でいるし、魔物になって誰かを襲ったこともない。それは淫魔だった20年以上前から、ずっと変わらない」



 国王は今のところ静観の構えをとっているが、まだ完全に安心できる状況ではないようだ。

 それを知って、肩を落とすウェンディを、デクスターがそっと抱き寄せた。



「頑張るしかないわね。なんとしてでも、魔王の核を体外へ排出させるポーションを作ってみせるわ。今はかなり、小さくなっていると思うんだけど」

【あ~、それなんだけどさあ、さっきも言おうかどうしようか、迷ったんだけどさあ】

 

 ウェンディが決意を改めていると、水を差すようにホレイショがもごもごと口を動かす。



「どうした、ホレイショ。お前らしくないな、言い渋るなんて」



 デクスターがホレイショを手のひらで捕まえ、言うまで離さないという圧をかける。



【勘違いかもしれないから、もう少し、はっきりしてから言おうと思ったんだよ。……なんていうか、お嬢ちゃんからデクスターの香りがするんだ。ふたりはそういう関係になったから、そのせいかなって思ってたんだけど、数日経ってもまだ漂うじゃん?】



 ホレイショが、わちゃわちゃと額をかきむしっている。

 きっとその中にある頭脳で、いろいろ考えをまとめているのだろう。



【もしかしたらさ、デクスターの中出しした子種に乗って、魔王の核がお嬢ちゃんに移動したんじゃないかなって――イテテテ! デクスター、指が食い込んでる!】

 

 予想外の発言に驚いて力がはいってしまい、デクスターはホレイショごと手のひらを握りしめてしまう。

 ウェンディとダニング伯爵も身を乗り出した。



「どういうこと、ホレイショ? 私から魔王の核の香りがするの?」

「今度はウェンディと一体化しようとしているのか?」

【だから、はっきりしないんだよ。それくらい魔王の核の香りは、弱くなってるんだ。ただ……なんとなく、デクスターの香りがお嬢ちゃんの下腹からするんだ】



 一同がそろってウェンディの下腹を見た。

 なんの変哲もないように見えるが、もしかしたらここに、魔王の核があるのかもしれない。

 黙り込んでしまった一同に、ホレイショは最後に残った希望を提示する。



【魔王の核は、デクスターの精巣にいたんだろうなあ。まあ、淫魔だったし、そういうところを好むのかもしれない。とするとだよ、お嬢ちゃんの場合もそういう器官に潜り込んでる可能性はあるよな?】

「確かに、それは一理あるわ」

【だったらさあ、お嬢ちゃんも排出させやすいかもしれないだろう? 『ツキノモノ』とかいうのが、女にはあるじゃん。それに魔王の核を乗せてしまえば――イテテテ! デクスター、また握り込んでる!】



 じたばたしているホレイショをそのままに、デクスターはウェンディに頭を下げた。



「すまない、ウェンディ」

「頭を上げてください、デクスターさま。これは予期せぬ出来事ですから」

「デクスター、これは魔王の核が体外に排出された前例となる。つまりウェンディの中からも、必ず排出させられるということだ」



 ダニング伯爵は、研究者の顔になる。

 

「まずはウェンディの体調の記録から取ろう」

「お父さま、さすがに恥ずかしいから、そういうのは自分でするわ」

「だったら、俺が手伝う。少しでもウェンディの役に立ちたい」



 後悔で死にそうな顔をしているデクスターから請われ、ウェンディは頷くしかなかった。
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