料理を作って異世界改革

高坂ナツキ

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1章 名もなき村

15 契約

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「マサト兄ちゃん、帰ったよ」

 フライドポテトも無事揚がり、角煮とともに皿によそっているときにレイジが帰ってきた。

「お兄ちゃん、お帰りなさい。けがはなかった?」

「うん、今日はデビルボアを一人で倒してみたけど平気だったよ」

「じゃあ、レイジには明日にでも持ちに案内してもらおうかな」

「マサト兄ちゃん、やっぱり森に行きたいの?」

「今日、調合師の人と会ってきてこの先の予定が少し決まったから森にある食材も確認しておきたいんだ」

「明日も今日くらいの仕事量だから昼からなら大丈夫だけど、マサト兄ちゃんは森に入っても大丈夫なの?」

「実は神様から怪我をしないように加護をもらってるから獣に襲われても平気……なはず」

 神様のことは信じているが、実際に試してみたわけではないからやってみないと何とも言えないのがつらいところ。
 一応、食堂内の包丁なんかを握っても怪我をしないのはこっそり確認しているんだが、いかんせんこの世界の獣も魔獣も生きている姿は確認したことがないから、たとえ怪我しないとわかっていてもビビッて動けなくなる可能性は捨てきれない。

「そういえばレイジにも話しておかなきゃいけないよな。……実はこの村でやることをすべてやり終えたら俺は旅に戻るつもりなんだが……」

「マサト兄ちゃん、僕もついていくよ。ミーナはついていくって言ったんでしょ? ミーナが料理を頑張ってるのはマサト兄ちゃんの手伝いがしたいからだけど、僕が剣を頑張っているのはマサト兄ちゃんとミーナを守りたいからなんだからね」

 なんか二人とも年下のはずなんだが、俺よりもしっかりとした考えを持ってるんだよな。
 俺なんか神様に言われてたからとりあえず料理を教えて回るか、くらいの考え方なんだが……。

「でもな、レイジ。村長はレイジさえよかったら斑芋の畑を任せてもいいって言ってたんだ。旅に出たらこの村には二度と戻れないかもしれないんだぞ」

 これだけは言っておかなければならない。
 もう二度と前の世界には戻れない俺だからこそ、たとえ記憶をすべて失くしていても故郷に戻れないということは人間にとってつらいことなんだと知っている俺だからこそ。

「ミーナもだ。俺はこの世界すべての国に料理の技術と知識を教えると神様と契約している。だから、それがすべて終わるまでは一所に定住せずにいろんなところを巡って旅を続けることになる。獣に襲われたり、人に襲われたり、料理のことを馬鹿にされたりもするだろう。この村にいれば変化は少ないかもしれないけれど、少なくとも食べ物に困ったり人に襲われたりはしないだろう」

「それでもいいんだ、僕はマサト兄ちゃんと一緒にいたいんだよっ」

「ミーナだってそうだよ。これからもマサトさんにいろんなことを教わりたいし、辛いことも嬉しいこともマサトさんとお兄ちゃんと分かち合いたいんだよ」

「覚悟は……固いんだな」

 俺の問いかけに二人は頷く。
 意志は固いのだと、何があっても俺と一緒に行くんだと、そう伝わる表情だ。
 建前としては、というより二人よりも少しは大人な俺としては苦労や危険がはっきりしているこの旅に二人を連れていくのはどうかと思っている。
 でも、一人の人間としては世界中に料理の技術と知識を教えるなんて、こんな曖昧な目標を掲げている俺についてきてくれると言ってくれる二人には感謝しかない。

「じゃあ、二人にはこの紙に自分の名前を書いてほしいんだ」

 二人に渡したのは食堂の二階、自室として使っている部屋の机から発見した契約書だ。
 神様は俺の手伝いをしてくれる人間を従業員として認識して加護を与えると言っていたが、認識する手順はどうやらこの契約書にサインをすることらしい。
 
 この契約書にサインをしたものは狭間真人の食堂で手伝いをする代わりに不死の加護を与える。
 契約は双方の合意によってなし、破棄すれば契約者は食堂の手伝いをしなくてもよくなる代わりに加護を取り消す。
 また、契約書が狭間真人の手によって廃棄された瞬間、契約者は狭間真人に関する料理以外の全ての記憶を失い、廃棄以降、狭間真人を認識できなくなる。
 要約すれば、契約書にはこんな内容が書かれていた。

 最初のほうのは神様に説明してもらった通り、恨みつらみ、嫉妬、暴力で俺を脅そうとするような輩に対する対策なのだろう。
 二つ目のは雇用関係を終了させた際に加護がそのまま残るようじゃ不老不死の人間が大量に生産されることになるので普通に考えれば当たり前のことだ。
 最後のが問題なのだが、おそらく俺からある程度のことを学んで出ていった人間が俺の邪魔をするように動いた際の保険だろう。
 料理に関する記憶は料理技術の発達に必要不可欠だから消すわけにはいかないが、そのほかの俺の情報は敵対する人間から消しても構わないというようなことなのだろう。

 ただ、問題はこの契約書は日本語で書かれている点だ。

「ねえ、名前を書くの良いけどこの紙、よくわからない絵がいっぱい書いてあるけどどこに名前を書けばいいの?」

「お兄ちゃん、きっとこの線が引いてある所じゃない? ここだけ何も書いてないし」

 二人の反応でお分かりだろうが、この世界の人間は日本語の解読は不可能らしい。
 いや、教えていけば言語なんてそのうちわかるのかもしれないが、いかんせん使ってるのが俺だけならば広がりはしないだろう。

「ああ、その線が引いてある場所に二人の名前をそれぞれ書いてくれないか? そこに名前を書いてくれた人は俺の食堂の手伝いをしてくれる代わりに怪我とかがしなくなるって契約だから」

「けがをしなくなるのか?」

「すごい、加護をもらったみたい」

 廃棄した際の記憶の話は二人には、というよりも誰にも言うつもりはない。
 敵対するようなら……って脅しにも使えるだろうが、その話をすれば契約を結ぼうと考える人がほとんどいなくなるだろうからだ。
 目的が料理の技術と知識を広めることだから、完全に敵対した人以外には記憶の消去は使うつもりはないし、敵対することの無意味さを教えるだけなら神様にもらった加護だけで十分だと思うのも理由の一つだ。

 レイジとミーナには契約書と一緒に入っていたボールペンを渡し、名前を書いてもらう。
 一応、名前を書けない人対策として拇印でもいいらしく赤インクも用意してあったから二人には親指の拇印も捺してもらうことにする。

「でも、二人とも。怪我をしなくなることは誰にも言っちゃダメだ。もし言ってしまったら、怪我をしたくないだけで食堂を手伝うつもりのない人が自分にも加護をよこせって言ってくるのが目に見えてる。だから、このことは三人だけの秘密だ」

 正直、食堂の手伝いって点だけを見れば今はレイジとミーナの二人だけで十分だ。
 こちらの貨幣価値もわからないし、本格的に食堂として営業して金銭をもらうような状況ではない。
 食材を発見してその食材を使って新しいレシピを確定させるだけの作業なら三人いれば十分。

 問題は契約書に書いてもらった二人の文字。
 これは二人の書く文字が汚いとかそういう問題ではなく、俺が二人の書く文字を文字として認識できないという点だ。

 レシピや料理技術を広める際に紙にまとめて書籍として広める方法も考えてはいたが、前の世界の文字はこちらの世界の人間には解読不能で、こちらの世界の文字は俺には解読不能だ。
 まあ、これは俺がこちらの文字を気長に習得するしかないのかもしれない。

 レイジやミーナ、あるいはそれ以外の人間に手伝ってもらって翻訳しながら書いてもらえばいいと思うかもしれないが、神様が能力を授けてくれた時に言語能力はあくまでも伝わっているだけで俺がこちらの世界の言葉を話しているわけでも現地人が日本語を話しているわけでもないと言っていた。

 事実、こちらの世界にはない物を説明するときには二人の口の動きは明らかに一単語を超える動きをしている。
 きっと、単語名ではなくそのものの説明を繰り返しているのだろう。
 それは二人との会話でも表れていて、きっと二人は敬語を使ったり、俺の呼び名を変えたりはしていないのだろう。
 でも、俺にはそう聞こえる。
 相手の態度、距離感、そういったものが二人に話す言葉を変化させているのだと思う。
 前の世界の外国語に敬語が存在しないようにこちらの世界の言葉にも敬語というもの自体が存在しない可能性もある。

 まあ、伝えたいこと自体は間違いなく伝わってるし、意図と違う風に伝わることはない。
 だから、二人が俺についてきたいと言ってくれたこと自体が間違いではないのなら今はそれだけでいいのかもしれない。
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