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第三十三章

ライフル銃は『SOS』

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 浩子はライフルを撃ち続けた。

『お願い届いて!神様!助けてください!』

 そう神に祈りながら浩子は撃ち続けた。

 既に50発は撃っただろうか、浩子の周りには空薬莢(使用済みの弾)が散乱していた。

 森から風が吹き渡った。

『浩子、焚き火も燃やすんだ!』

『俺達が煙を運んであげるよ!』

『分かったわ!』

 浩子は再度、森に入り、杉林に散らばっていた枝木の束を拾い集め、山小屋の炊事場の竈門で火を熾した。

 竈門の焚き火に風が吹き込み、直ぐに濛々と煙が立ちこみ出した。

 浩子はジョンの様子を見に小屋に入った。

「ジョン…、しっかりね…、もう直ぐ助けが来るからね…」と声を掛けるが、ジョンの意識は戻らなかった。

 浩子はジョンの左太腿の出血の状態を確認しようとズボンを脱がせようとしたが、既に血が固まり脱がせることは出来なかった。

 浩子はまた外に出て、ライフルを撃ち続けた。

 時刻は午後6時、カーソン森林地帯は夕闇から宵闇に変わろうとしていた。

 その頃、森林保安官のビリーとマリアは、サンタフェの保安官事務所からカーソン森林地帯へ夜間のパトロールに出動していた。

「マリア、朝の『馬の二人組』、本当に馬に乗ってサンタフェに向かっているのかな?」

「あのナバホ族の神父ね。」

「そうそう、選りに選って、ナバホ族がマリアと遭遇するとはなぁ。」

「そんなに面白い事なの?」

「いや、だから、『選りに選って』って言ったんだよ。そんなに怒るなよ!」

「……………」

 ビリーはマリアの方をチラッと見遣り、

「奴は母親の遺骨を探してるんだとさ。」

「母親の遺骨を?」

「その手掛かりを聞きたいんだとさ。」

「誰に?」

「プロブロ族に聞きたいんだとさ。」

「私には関係のない事よ。」

「マリアの親父は、プロブロ族の酋長だったよな。」

「だから何なのよ!もうプロブロ族のコミュニティは無くなったのよ!ナバホ族のせいで…」

「それって本当かい?同じ先住民同士なのに。」

「掟を破ったのよ!ナバホ族が。」

「掟を破った?」

「仲間を売ったのよ!白人至上主義者へ!」

「どうして?」

「居住地を拡大するためにね。」

「どおりで、ナバホ族居住地はあんなに大きいのか!

 しかし、仲間ってナバホ族の奴を売ったんだろ?

 プロブロ族とは直接、関係ないだろう?」

「関係あるのよ!白人至上主義者に殺されたナバホ族の男は、私達プロブロ族のシスターと結婚してたのよ。」

「シスター?」

「そのシスターは、プロブロ族にキリスト教を普及した人なの。」

「シスターも殺されたのかい?」

「いいえ、殺されたのはナバホ族の男だけなの。
私の父は、シスターを連れ戻そうとナバホ族に交渉したけど、ナバホ族は『知らぬ存ぜず』で交渉に応じようとしなかったの。」

「それで関係が断絶したのか。」

「私が生まれる前の話で、私はそのシスターに会ったこともないけど、プロブロ族にとっては、とても大切な人だったの。
 ホイラーピークの彼女の教会がプロブロ族にとって貴重なコミュニティの根源とされていたの。」

「あの焼け崩れたままのプロテスタントの教会か?」

「そう…、彼女の居ない教会は意味がないの。だから、崩れたままなの。」

「そうか、そんな経緯があったのか。」

「ビリーには関係ない話よ。白人様にはね!」

「白人全てを悪者にするなよ!」

「分かってるわ。本当に悪いのはナバホ族でもないことも…、本当に憎いのは右翼共和党の連中よ!」

「テキサスの狂犬共か!奴らはナチス以上の純血主義者だ。」

「今でも私達プロブロ族にとっては危険な存在なの。」

「そうだよな。タオスでは、今でもスパニッシュの混血女性のレイプ事件が多発してるからな。」

「だから、父は私に保安官になるよう勧めたの。自分自身を守る術として。」

「お父さんは元気かい?」

「元気みたい。電話でしか話さないけどね。」

「あんな山のてっぺんでも電話が通じるのかい!」

「人間が月に行く時代よ!」

「そっか。うん…、今、銃声が聞こえなかったかい?」

「銃声?」

「また、密猟者か?」

「どっちの方向?」

「峠の方向だ。あっ、間違いない銃声だ!」

 ビリーとマリアは赤色灯を点灯させサイレンを鳴らした。

「聞こえるわ!何?何発も撃ってるわ!」

「おい!見ろ!煙が上がってるぞ!」

「SOS?」

「そうだ!間違いない!救助を求めてるんだ!飛ばすぞ!」

 ビリーはアクセルを目一杯、踏み込み、猛スピードで峠に向かった。

 その時、浩子は懸命にライフルを撃ち続けていた。

 決して諦めることなく。

 既に2ケースあった弾は底を突いていた。

「ビリー、山小屋よ!山小屋から銃声が聞こえるわ!」

「炎が見えるぞ!」

 ビリーとマリアは山小屋の前にパトロールカーを急停車し、急いで車から出ると、

「もう撃たないで!もう大丈夫よ!」と、マリアが焚き火の方に向かって叫んだ。

 浩子は泣きながらライフルを握りしめていた。

「分からないのか?助けに来たんだ!森林保安官だ!」と、ビリーが叫びながら浩子に近づいた。

 浩子は涙と煙でぼやけた視界の中、やっとビリーの存在に気付くと、

「こっちです!助けてください!」と叫びながら、小屋に駆け込んだ。

 ビリーも急いで小屋に入った。

「君達か!どうしたんだ?」

「ジョンが熊に襲われて、意識がないんです。」

「分かった!マリア!担架だ!怪我人が居る!熊に襲われた!」

「了解!」

 マリアはパトカーから担架の台車を小屋に運び込んだ。

「あなた達?朝の?」

「そうだ!湖の2人だ!」

「怪我の具合は?」

「あぁ、太腿をやられている。かなりの出血だ。」

「意識がないのね。」

「出血性ショックだ!」

 浩子が泣きながら言った。

「死んだりしませんよね?」

 ビリーは、

「大丈夫だ!」と浩子に答え、マリアに小声でこう言った。

「早く措置をしないと臓器障害を併発し、呼吸が止まるぞ。本部に救急ヘリの出動を要請してくれ。」

「了解!」

 マリアはパトカーに戻り、救急ヘリの出動要請を行った。

 ビリーはジョンの傷口を調べた。

「君が止血措置をしたんだね。よくやった!見事に出血が止まってるよ。」

 浩子はジョンの顔を抱きながら、
「もう大丈夫、ジョン、もう大丈夫だから、頑張って!」と意識の無いジョンへ懸命に話しかけていた。

 ビリーはジョンの顔を抱く浩子の手を見て、思わず目を逸らし、小屋の外に出た。

 ビリーは、焚き火の傍に散乱している空薬莢の山を見て、しゃがみ込み、空薬莢を一つ摘み上げた。

 そこにマリアが駆け寄り、

「ヘリは30分後に到着予定よ!」とビリーに報告した。

 ビリーは何も答えず、しゃがみ込んでいた。

「ビリー、どうしたの?」

 ビリーは何も言わずに、マリアに空薬莢を放った。

 マリアは受け取った空薬莢を見て驚いた。

「これ、30口径じゃない?」

「そうだ。大型ライフル銃だ!

見ろよ。これを…」

 ビリーは辺り一面に散らばった空薬莢を掌で押し退けた。

「何発撃ったの?あの少女が撃ったのよね!」

「あぁ、そうだ。彼女の左手は真っ赤に腫れ上がって鬱血してたよ。

 どんだけ撃ったんだい?

 あのお嬢さんは、それもこの数時間で…」

 それを聞いたマリアは小屋に入り、そっと浩子に話しかけた。

「もう大丈夫よ。緊急ヘリはもうすぐ来るから。それまで、荷物をまとめておきましょう。手伝うわ。」

「良かった…、ジョンは助かりますよね?」

「大丈夫よ。貴女の緊急措置のお陰よ。」

「ありがとうございます。本当にありがとうございます。」

 浩子は何度も何度もマリアにお礼を言った。

 緊急ヘリが到着した。

 ビリーとマリアはジョンを担架に乗せてヘリに運んだ。

「君も乗るんだ!」とビリーが浩子に叫びながら手招きをした。

 浩子もジョンと一緒に緊急ヘリに乗り込んだ。

「後のことは私達に任せておいてね。」

「何も心配要らない。馬もね。」

 浩子は何度も何度も頭を下げ続けた。

 緊急ヘリは2人を乗せて、サンタフェの緊急病院へ向かった。

 闇夜に消えて行くヘリを見ながらビリーがマリアに言った。

「いざという時、やっぱり女性は強いな。」と

 マリアがこう答えた。

「あの子は特別よ。」と


 
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