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2 海の国の聖人候補
308 ひんやり昼ご飯
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308
「なるほどね。この段階で一度、全体を混ぜ混むんだね。この温度……覚えておくよ」
どうやらエジン先生は温度も触れば記憶できるらしい。どうにも、すごい力だ。
「私も初めての試みなのですが、今のところ実験は順調に進んでいます。
ここで全体をならして均一化し、布にくるんで保湿しましょう。何度か開いて状態を確かめ、そして再び湿度を保持して包み、待ちます。これを繰り返す事で〝豆の妖精〟に仕事をするよう促すんです。ほら、もう表面の様子が変わってきているでしょう?
やはり、ここの蔵付きの妖精さんはいい仕事をしてくれます」
私の言葉に頷きながら、エジン先生も手を動かし、その感触や温度を記憶しているようだ。
最初は私も不安があったが、ありがたいことに実験はすこぶる順調。
ご機嫌で、合間のご飯休憩に腕を振るった私に、エジン先生はまたびっくりしていたけど……。
「君、本当に自分で料理をするんだね。驚いたなぁ。
てっきりコレが商売になりそうだから、実験しているんだと思ってたんだけど、違うんだね」
なるほど……確かに、出資まですると言った私だ。お金持ちは家事を使用人に任せるのが普通のこの世界で自ら料理を作る姿に違和感があるのはわかる。私の味噌作りへの参加やアドバイスが、見返りを考えての特殊な行動だと思われるのも当然だ。
商人ギルドでの様子を見て、私をかなり重要なポジションにいる商人だと考えているエジンさんには、食事の準備を自らする私の姿はチグハグに写るのだろう。
聞けば、この研究の成果如何では、今後の味噌の流通量は飛躍的に伸ばせる上、新たに〝醤油〟という新商品も生まれる。
私の出資や研究協力も、その利権を考えての〝商売人の仕事の一環〟であり、やはり私を家事をするような〝庶民〟だとは微塵も思っていなかったそうだ。
「確かに私は商人として、様々な商品を作り出し儲けてもきましたが、今回の研究成果に関しての権利は主張しませんので、ご安心ください。
まぁ、味噌や醤油を使った料理は、実は帝国でも需要が掘り起こせそうなレシピをすでに開発済みなので、その節は是非売って頂きたいと思ってはいますが、以前にも申し上げた通り、私がいきなり巨大な味噌蔵を作り始めたりはしませんよ。
それはアキツの方々のお仕事を奪うことになりますし、正直、私はそんなに商売熱心ではないのです。
ああ、でもこれが成功したら輸出の拡大や流通についても考える必要はありますね。その際は、紹介状を書きますから、マホロのサイデム商会に行ってみてください。サガン・サイデムという怖いボスに鍛えられた筋金入りのプロ集団がいますから、きっと力になってくれますよ」
かなり蒸し暑い蔵の中の作業が続くので、昼食にはさっぱりと冷汁を作ってみた。
すり鉢の内側に味噌をたっぷり塗りつけて、コンロの上に伏せるようにして炙り、こんがりと香りと焼き目をつける。それに、私渾身の出汁、そして一夜干しして旨味を増した魚を炙ったほぐし身と輪切りのキュウリをたくさん、更に香ばしいゴマや香味野菜もたっぷり入った冷たい汁物。ご飯にかけると最高だ。ほぐした自家製の豆腐も追加して、食べ応えも更に上げた。
氷も早々に持ち込んだ〝魔石冷凍庫〟でたっぷり作ったので、最高に爽やかな冷たさに仕上がったと思う。
「ああ、これはまた、沿海州らしい素材をふんだんに使ってのお料理ですね。素晴らしい!!」
ソーヤの絶叫解説は今日も絶好調。
「暑い中で食す、このキリリと冷えた妙味。肉ではなく魚と野菜だけにも関わらず、この満足感!
味噌を焼くと、このように魅惑的な風味となるのでございますね。何という芳しくも食欲をそそる香りでございましょう。シャキシャキとした野菜と干したことで旨味が増した魚のほぐし身が、これまた絶妙でございます。
ああ、染み渡るメイロードさま特製の滋味にあふれた出汁が、ああ美味しいです。たまりません。おかわりをお願い致します」
「はいはい」
エジン先生も、苦笑しながら、ソーヤの解説に同意する。
「なるほどね。これは素晴らしい組み合わせだと思うよ。
こんな料理を毎日食べられるんじゃ、誰も君の元を離れられないねぇ」
ソーヤの幸せそうな大食い実況を見ながら、エジン先生も美味しそうに食べてくれた。
それから、数時間毎に菌の状態と湿度に注意しながら、混ぜ返しを続け、白い菌糸が全体に行き渡るまで続けた。
作業をしながら、エジン先生に質問された。
「そういえば、最初に灰を混ぜていたけど、あれはなんだったのかな?」
米の温度が70度ぐらいになった時に木灰を混ぜ込む。
実は、これが種麹の歩留まりを上げる秘策なのだ。
ほとんどの菌はアルカリ性の木灰の中では生き残れない。
正に菌キラー、菌類の天敵とも言える木灰だが、なぜか麹菌だけはこの状況下で平気で増えていくのだ。
つまり、木灰を混ぜ込むことによって不必要な菌を取り払い、麹菌だけを繁殖させられるのである。
(私も昔、このことを本で読んだ時には感心したものだ。不思議だよねぇ)
「ええと、こうしておくと、他の妖精が近づいてこないらしいのです。詳しい理由は私も分かりませんが……
経験則ってやつだと思ってください」
ややしどろもどろになりながら、なんとか説明をつける。
(この方法は、大昔、平安時代から使われていたというから、当時はアルカリ性だとか知らないはずで〝経験則〟だったと思う。だから、私の解説も、まったくの間違いではない……と思いたい)
今回は、種麹の採取まで行いたいので、まだまだ菌の繁殖を助け、時間をかける。
そして、白く綺麗に菌糸を伸ばした麹には3日後、びっしりと綺麗な胞子のタネ〝種麹〟が出来上がったのだ。
(よっしゃー!第一段階クリア!)
「なるほどね。この段階で一度、全体を混ぜ混むんだね。この温度……覚えておくよ」
どうやらエジン先生は温度も触れば記憶できるらしい。どうにも、すごい力だ。
「私も初めての試みなのですが、今のところ実験は順調に進んでいます。
ここで全体をならして均一化し、布にくるんで保湿しましょう。何度か開いて状態を確かめ、そして再び湿度を保持して包み、待ちます。これを繰り返す事で〝豆の妖精〟に仕事をするよう促すんです。ほら、もう表面の様子が変わってきているでしょう?
やはり、ここの蔵付きの妖精さんはいい仕事をしてくれます」
私の言葉に頷きながら、エジン先生も手を動かし、その感触や温度を記憶しているようだ。
最初は私も不安があったが、ありがたいことに実験はすこぶる順調。
ご機嫌で、合間のご飯休憩に腕を振るった私に、エジン先生はまたびっくりしていたけど……。
「君、本当に自分で料理をするんだね。驚いたなぁ。
てっきりコレが商売になりそうだから、実験しているんだと思ってたんだけど、違うんだね」
なるほど……確かに、出資まですると言った私だ。お金持ちは家事を使用人に任せるのが普通のこの世界で自ら料理を作る姿に違和感があるのはわかる。私の味噌作りへの参加やアドバイスが、見返りを考えての特殊な行動だと思われるのも当然だ。
商人ギルドでの様子を見て、私をかなり重要なポジションにいる商人だと考えているエジンさんには、食事の準備を自らする私の姿はチグハグに写るのだろう。
聞けば、この研究の成果如何では、今後の味噌の流通量は飛躍的に伸ばせる上、新たに〝醤油〟という新商品も生まれる。
私の出資や研究協力も、その利権を考えての〝商売人の仕事の一環〟であり、やはり私を家事をするような〝庶民〟だとは微塵も思っていなかったそうだ。
「確かに私は商人として、様々な商品を作り出し儲けてもきましたが、今回の研究成果に関しての権利は主張しませんので、ご安心ください。
まぁ、味噌や醤油を使った料理は、実は帝国でも需要が掘り起こせそうなレシピをすでに開発済みなので、その節は是非売って頂きたいと思ってはいますが、以前にも申し上げた通り、私がいきなり巨大な味噌蔵を作り始めたりはしませんよ。
それはアキツの方々のお仕事を奪うことになりますし、正直、私はそんなに商売熱心ではないのです。
ああ、でもこれが成功したら輸出の拡大や流通についても考える必要はありますね。その際は、紹介状を書きますから、マホロのサイデム商会に行ってみてください。サガン・サイデムという怖いボスに鍛えられた筋金入りのプロ集団がいますから、きっと力になってくれますよ」
かなり蒸し暑い蔵の中の作業が続くので、昼食にはさっぱりと冷汁を作ってみた。
すり鉢の内側に味噌をたっぷり塗りつけて、コンロの上に伏せるようにして炙り、こんがりと香りと焼き目をつける。それに、私渾身の出汁、そして一夜干しして旨味を増した魚を炙ったほぐし身と輪切りのキュウリをたくさん、更に香ばしいゴマや香味野菜もたっぷり入った冷たい汁物。ご飯にかけると最高だ。ほぐした自家製の豆腐も追加して、食べ応えも更に上げた。
氷も早々に持ち込んだ〝魔石冷凍庫〟でたっぷり作ったので、最高に爽やかな冷たさに仕上がったと思う。
「ああ、これはまた、沿海州らしい素材をふんだんに使ってのお料理ですね。素晴らしい!!」
ソーヤの絶叫解説は今日も絶好調。
「暑い中で食す、このキリリと冷えた妙味。肉ではなく魚と野菜だけにも関わらず、この満足感!
味噌を焼くと、このように魅惑的な風味となるのでございますね。何という芳しくも食欲をそそる香りでございましょう。シャキシャキとした野菜と干したことで旨味が増した魚のほぐし身が、これまた絶妙でございます。
ああ、染み渡るメイロードさま特製の滋味にあふれた出汁が、ああ美味しいです。たまりません。おかわりをお願い致します」
「はいはい」
エジン先生も、苦笑しながら、ソーヤの解説に同意する。
「なるほどね。これは素晴らしい組み合わせだと思うよ。
こんな料理を毎日食べられるんじゃ、誰も君の元を離れられないねぇ」
ソーヤの幸せそうな大食い実況を見ながら、エジン先生も美味しそうに食べてくれた。
それから、数時間毎に菌の状態と湿度に注意しながら、混ぜ返しを続け、白い菌糸が全体に行き渡るまで続けた。
作業をしながら、エジン先生に質問された。
「そういえば、最初に灰を混ぜていたけど、あれはなんだったのかな?」
米の温度が70度ぐらいになった時に木灰を混ぜ込む。
実は、これが種麹の歩留まりを上げる秘策なのだ。
ほとんどの菌はアルカリ性の木灰の中では生き残れない。
正に菌キラー、菌類の天敵とも言える木灰だが、なぜか麹菌だけはこの状況下で平気で増えていくのだ。
つまり、木灰を混ぜ込むことによって不必要な菌を取り払い、麹菌だけを繁殖させられるのである。
(私も昔、このことを本で読んだ時には感心したものだ。不思議だよねぇ)
「ええと、こうしておくと、他の妖精が近づいてこないらしいのです。詳しい理由は私も分かりませんが……
経験則ってやつだと思ってください」
ややしどろもどろになりながら、なんとか説明をつける。
(この方法は、大昔、平安時代から使われていたというから、当時はアルカリ性だとか知らないはずで〝経験則〟だったと思う。だから、私の解説も、まったくの間違いではない……と思いたい)
今回は、種麹の採取まで行いたいので、まだまだ菌の繁殖を助け、時間をかける。
そして、白く綺麗に菌糸を伸ばした麹には3日後、びっしりと綺麗な胞子のタネ〝種麹〟が出来上がったのだ。
(よっしゃー!第一段階クリア!)
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