迷子の僕の異世界生活

クローナ

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第2部 『華胥の国の願い姫』

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『桜の庭』へ戻った子供達はまず余所行きの服を着替えたがった。冬の外出着に比べるとさほど堅苦しくはないけれどやっぱり気軽に遊べないしこういう区別は必要だ。
外出日の翌朝の洗濯物が増えるのは覚悟の上だしもちろん俺も着替えたい。

「でしたらついでにシャワーを浴びてしまうのはいかがでしょう。」

確かにそれもありかも。

いつもならここから洗濯物を取り込んでベットメイキングに夕飯の仕度と目まぐるしいけれど夕飯以外はすでにハンナさんが片付けてくれているし夜までいてくださるそうだからこの後も余裕がある。

そう思っていたら「もう外にも出ないのだからいっそ寝間着にしましょう」とハンナさん。それはあり?

「たまにはそういうのもいいかも知れないね。」

「さきにしゃわー?」

「そうしておけば寝る時間まで遊んでいられるよ?」

「やったぁ。」

ノートンさんの巧みな誘いに買ったばかりのおもちゃを手にした子供達も乗り気になった。

「外出でお疲れでしょう?こちらは私共に任せて頂いてお二人共夕食までお休みになって下さい。」

「ありがとうそうさせてもらうよ、トウヤ君も今のうちにあちらでシャワーを済ませてくるといい。」

遊びに行っていたのに良いのかと思わなくはないけれど久しぶりの外出に確かに疲れも感じるしさっぱりしてから着替えるのはすごく魅力的だ。

だけどせめてこのくらいは、と自分の着替えを取りに行くついでに子供達の着替えを取りに行く役目を引き受け浴室に戻ると子供達は待ちきれないのか全員早々に下着姿になっていた。

そして廊下で待っていたクラウスは俺が浴室から着替えの代わりに持って出た洗濯かごをサラリと奪った。

「これはリネン室でいいのか?」

「あ、ううん。向こうの洗濯機を使おうと思って。」

脱がせてみたら結構あちこちに食べ物のシミが付いていてそれを見たハンナさんが後で手洗いしてくれるって言ったけどあの洗濯機なら生地も傷まず一瞬で綺麗にできるのを思い出した。



「待って、それ俺がやってもいい?」

シャワーと着替えを済ませ髪も乾かして貰った後で自分の分も入れた洗濯機を作動させようとしたクラウスの手を止めてみた。

「……まぁいいだろう。」

「へへ、やった。」

浄化魔法を使う洗濯機を作動させるには普段なにげなく使っている魔道具に比べると沢山の魔力を必要とするそうで最初にお手本を見せてもらった時のハンナさんはこめかみを押さえ少しの間辛そうにしていた。クラウスは何度使ってもへっちゃらなんだけど俺はこの時の『旦那様が』の言いつけ通りまだ1度も使わせて貰ったことがなかった。

今もこの後は夕飯を食べて眠るだけだというを確認の上しぶしぶ許しを得られた様に思う。

「じゃあスイッチオン!」

「なんだそれ。」

「へへ、なんとなく掛け声みたいな?」

「ふうん……で、大丈夫か?」

「全然なんともないよ、もしかして心配で支えてくれてた?」

「……まあな。ところでまだ色は戻さないのか?」

「あ~……うん、せっかくだからもう少し楽しもうかなって。」

自然と腰に回された大きな手に安心する。だからふと、このままこの腕に甘えていたいなぁと思ってしまうけれどこの洗濯機は仕事がとても早い。

取り出した洗濯物は洗濯台へとすり替わったマッサージベッドの上へ、濡れてもいないからすぐにたためて本当に優秀だ。

「すご…ちゃんと落ちてる。」

俺の服の腰回りや背中にいつの間にかついた小さな指の形の汚れも跡形なくキレイになってまさに新品同様だ。

「当たり前だ。」

「そうなんだけどさ食べ物の汚れって落ちにくいのにこんな風に一瞬で落としちゃうなんてやっぱり魔法って不思議だなって思うんだよね。俺も浄化魔法使えたらなぁ。」

「あんな大魔法使っておいて何を言ってるんだ。」

「え~クラウスは使えたら便利だと思わない?」

「まあ…確かに風呂いらずで便利だな。」

「え!?それはなんか違わない?」

思いもよらない返答に顔を上げたらクラウスの視線は小さなシャツをたたむ指先に向けられていて、男らしい大きな手に似合わない子供の服を几帳面にたたむ姿が胸をくすぐった。

「……こんな風にふたりで暮らすのもいいかな。」

「それが本心からなら嬉しい心変わりだな。」

「本心に決まってるじゃん。なんだよクラウスは嫌なの?」

「言ったろちゃんと「嬉しい」って。だけどちゃんとこっちを向いて言ってくれないと信じられないな。」

そんなの簡単だとクラウスに向き直ったものの泳いた視線の行く先はおでこをぶつけたクラウスの胸元だった。

「本心だよ。」

「だが今じゃないだろ?」

どうしたいのか自分でもわからないのにクラウスはなぜこんなに簡単に見抜いてしまうんだろう。

そう、嘘じゃないけど今すぐそうしたいわけじゃない。だけど自分がこのままここにいていいのかわからなくなってしまった。

「だって子供達を危ない目にあわせるのは嫌なのにここにいたいなんて矛盾してるでしょ。」

自分のわがままがどんな結果を起こすか全然わかってなかった。それなのに子供達の為だなんて笑わせる。
そんな事にも気付かないで俺はなんて偽善的で自分勝手に生きてるんだろう。

そばにいたら迷惑にしかならないし、その元凶である元の色でノートンさんや子供達のそばにいるのは酷く厚かましく思えた。

「俺ね、広場の人だかりの中に子供達を見つけた時凄く怖かった、あの時感じた怖さが忘れられないんだ。」

「何もなかったのは冬夜もわかってるだろう。」

「わかってる、わかってるけど…あれがロウじゃなかったら、あの場にセオがいなかったらって想像したら怖くてたまらなくなるんだ。」

楽しかったり嬉しかった出来事の方が圧倒的に多いのにふとした瞬間にあの時に感じた怖さに引っ張られてしまう。それを理由にまた自分だけがクラウスの腕の中に逃げ込んで図々しく慰めて貰う自分が嫌になりそうだ。

「起こってもない事に感情を囚われるのはやめられないんだな。」

ため息をこぼしたクラウスは俺を引きはがすといつものように抱き上げた。これじゃあお互いの顔が丸見えで、こんな俺に呆れてるクラウスを見せつけられるのだと思ったけれどその顔はどう見ても拗ねてるみたいだった。

「あれはロウが訪ねてきた所にセオが通りかかってとっさに取り押さえた為に騒ぎになっただけだ、そもそもあの場に俺達がいたら始めからなにも起こらなかった。いくつもの偶然が重なった結果をそんな風に感じてしまうのは俺の事を信用してないからか?」

「信用って…俺が言ってるのはそんな話じゃないよ。」

「同じ事だ、そもそもそんな事は起こらない。護ると言ったろう?お前に仇なす奴は冬夜にも子供達にも指一本触れさせない。」

「クラウス……。」

俺の目を真っ直ぐに見上げ語るその心に嘘はないのだろう、その言葉は俺を勇気づけてくれるけれどクラウスに責任転嫁したいわけじゃないから素直に喜ぶ事が出来ない。

「はぁ──ったく、本当にここまで信用されてないとは思わなかった。こんな事になるならあいつ等に会わせるんじゃなかったな。」

「いたっ!」

慰めに髪を撫でると見せかけ近付いたクラウスの手にまさかのでこピンをかまされた。
音がした程には痛くないけれど俺を支配してた思考が飛ぶには充分だ。

「あの人混みの中何があっても対処できるよう院長と子供達にも護衛が付いてる、冬夜の不安がる事は万が一にも有りはしない。」

「え…護衛って何?そんなの全然わからなかった。」

あの人混みの中に護衛の人がいたの?

「仰々しいのはお前が嫌うだろう。」

「え、でもロウは?あ、違うかロウは別に悪くは……。」

「アイツ等の事は信用してるあれでもマートが認めた奴等だからな、騎士隊にも冬夜に害はないと報告してある。」

「え?じゃあクラウスはロウの事知ってたの?あれ?でもセオさんは?」

あれ?──ていうかジルベルトさん達が来てるのを知ってたのならもっと早く会わせてくれたら良かったんじゃ?

「報告は上司にするものだから一般の騎士が知らなくて当然だろう、それにアイツ等の目的までは知らなかったあくまで『排除対象外』と言うだけだ。」

それならセオが知らなくても仕方ないけどでも『排除』ってなんだか凄く物騒だ。
──あれ?そういえば前にもクラウスがなんだか物騒なことを言ってたような気がするけどまさか本当に?

「言ったろう?万が一にもありはしないと。たとえそれを超える脅威があってもその時には悔しいがルシウスの魔道具が必ず作動して子供達を守護する。どうだ、これでもまだ怖いか?」

ルシウスさんを兄としても魔法士として信頼してるからこそ『必ず』と言った筈なのに嫌そうに見えるのは気のせいじゃない。だけどその緊張感のなさこそが本当の事なのだと信じられる。

この腕が護ってくれるのは俺だけじゃないんだ。

「ううんもう平気。ありがとうクラウス信用してる、これからも俺とみんなをよろしくね。」

「ああ、任せておけ。」

俺の憂いを薙ぎ払い再び真っ直ぐに見上げてくれた大好きな空の蒼色の瞳ににもう二度と不安にならないと誓うよ。

信頼の証にクラウスの頭をぎゅっと抱しめたらクスクスと笑う声に耳がこそばゆい。

「ビートの手紙は読んだのか?」

「ううんまだ、一緒に見る?」

「いいのか?」

「もちろん。」

久しぶりの外出はいろんな事を見聞きして『桜の庭』で穏やかすぎる暮らしに慣れた俺には刺激が強すぎたのかも知れない。

ソファーに移動して贅沢にもクラウスの膝の上に座って手紙を読みながらマデリンの思い出話をしていたら、今日一日色んな感情に振り回され何度も乱高下してささくれ立っていた心がクラウスの体温に溶けてゆっくり元の形に戻ってく感じがした。








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