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46:妃巫女との邂逅

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 入国審査の人が気を利かせたのか、朝いちばんの船に乗り倭国へ向かった。船に乗るとあとは待つだけ、実に暇である。
 甲板に出て海を眺めませんかとトウカが誘ってきたがパス。
 日本育ちのわたしにとっては、船も海も珍しくないし、潮風はあとで体がべたつくから積極的に行きたい所じゃあない。
 わたしが行かないと言ったからか、セリィも遠慮した。
 気にせず行って来ていいよと言ったのだが、こういうときのセリィはわたしから離れようとしない。
 猫成分全開で水に近づきたくないってわけじゃあないよね? わたしのためだよね?

 誰も外に出ない選択。
 女三人、客室に留まるのみ。大変不健全である。

 揺れに任せてうとうとしていたらトウカの話声が聞こえてきた。セリィが質問したのだろうか、昨日名前だけ聞いた奉行所の話っぽい。

 倭国の奉行所は大きく三つ。
 まずはトウカの家が代々務める〝天領奉行〟だ。
 主な役目は治安。軍を所有していてそれらで警察・違法な出入りを取り締まる。

 続いて入国審査をしていた〝勘定奉行〟だが、主な役目は財政管理と合法な出入りを施行している。
「財務管理と出入りですか。関係性が見えませんね」
「合法の出入りは外貨の獲得と関税に関わっておりますので」
 違法はお金が絡まないと、なるほどー

 最後のひとつは〝社奉行〟というらしい。
 神社の管理に祭事や神事などの儀式の執り行い、文化の保護もここが担当。さらにトップは今回の依頼元というべきか、妃巫女だそうだ。

「つまりこれからわたしは社奉行に行くの?」
「最終的にはそうなりますが、まずは出島でございます」
「長崎の?」
「おや長崎をご存じで?」
 わたしも思わず長崎って言っちゃったけどさ、長崎の出島って。
 タケルさん、あんたふざけ過ぎでしょ……



 長崎の出島。
 保証人が必要な入国審査も中々だったが、外国人がここから倭国に入るのはさらに大変らしい。
 どう見ても鎖国です。

「妃巫女さんが助けてくれたりは……」
「出航前に文を認めておりますので、いずれ沙汰があるかと思います」
「それがいつというのは」
「分かりませぬ……」
 何だろうこの国、病気を治す気ないのかな?
 困っているだろうと道中を急いだだけにわたしの不満は増していく。しかし茶屋で倭国名物の団子を頂いていたら豪華な牛車で迎えに来てくれたので、ちょっぴり溜飲が下がったよ。
 ちなみに団子は、醤油味はなくて知らない穀物で作った餡だった。
 つまり千二百年前のタケルさん、七百年前のわたしと、二人揃って醤油と味噌の製造に失敗したということである。
 醤油と味噌との邂逅は果てしなく遠いわー


 出島と本土は陸路で繋がっているので牛車で本土に入ったわけだが……
 わたしのイメージでは、牛車は公家の乗り物で、のんびり&ゆったりだった。しかしこちらの牛車は違った。
 まず牛。これは牛に非ず、牛に似た別の獣だ。
 そして車。馬車よりもちょっと頑丈な造りをしているが、所詮は馬車と侮るなかれ。車軸にサスペンションが搭載されていて車体への振動を和らげていた。
 最後は道路だ。とにかく広くて真っすぐで舗装も完璧。さらには倭国の都をぐるりと取り囲んでいるそうで……
 これはあれだ、環状線だわ。
 タケルさん異世界なのに遠慮なし。何やってくれてんの?
 そんな大きな道路を牛車は大爆走・・・
 安全装置のないジェットコースターに乗っている気分を味わった……

 無限とも思えたほんの三〇分。
 牛車はお城を横にみつつ、赤い柱が特徴的な社の方へ入っていった。

 うっぷ……酔った。
 ずるりと死に体で牛車を降りて社の中へ。
「汚れた服で妃巫女様にはお会いできません」と言われて湯あみへ。
 入浴を助けてくれるお付きの人は遠慮して、セリィと二人で湯船に浸かる。お湯によりリフレッシュ。吐き気も治まった。
 余裕が出てきて周りが見えると、このお風呂の豪華さに気づく。檜かどうかは知らないけれど、木で作られた大きな湯船。龍の口からお湯がどぼどぼ出ているのはお約束か?
 タケルさんこういうのが好きだったのかなー

 着替えは白と青が基調の浴衣で、温泉宿を思い出させる。着かたが分からないセリィにレクチャーし、別の場所で湯あみしていたらしいトウカと合流。
 これから切腹しそうな白いアレに驚き思わず聞いたら笑われた。

 白と赤い袴の、要するに巫女服っぽい色合いの女性に連れられて、社の奥へと進んでいく。やがて豪華な襖が現れて、巫女服の女性は脇に避けて立ち止まった。
「こちらで妃巫女様がお待ちです。どうぞお入りください」

 ちらりとトウカを視線を交える。
 トウカが小さく頷き、先頭に立ち襖を開けた。

 広い部屋だ。奥に御簾が下りていて人の気配を感じる。御簾の先、たぶんあれが妃巫女だろう。直接会話はできない仕様なのか、御簾の前、左右に顔を隠した烏帽子をかぶった人が控えていた。
 トウカは一礼し進んでいった。わたしとセリィもそれに習い進んでいく。御簾と畳二畳開けたところでトウカが立ち止まり膝をついた。
「トウカ。お役目より戻りました。
 こちらは薬師のリュー殿とその従者のセリィ様でございます。流行りの病の件でご助力を約束してくださいました」
「役目ご苦労です。
 トウカは奉行所に戻り報告を。お客人はこちらにお残りください」
 声を発したのは御簾の中の人ではなく、烏帽子の片割れだ。

「どうか私めも一緒にお願い申し上げます」
「二度は言いません。下がりなさい」
 今度は非常に強い口調だ。これ以上は彼女の為にならない、わたしは頷き、トウカは悔しそうに顔をゆがめて部屋を後にした。

 トウカが下がると、今度は御簾の中から声が聞こえた。
「主らも下がれ」
 とても若い、いや幼い声。
 烏帽子の二人組はトウカのようにごねることなく、まずは御簾に深々と一礼、そしてこちらには軽い会釈をしつつ部屋を出て行った。


 後ろの襖が閉まる音が聞こえるや、御簾はシャララと軽い音を鳴らしながら開いた。
 中から出てきたのは十歳前後の巫女服を着た幼女。いやただの幼女ではない。ケモ耳とケモ尻尾付きの大変愛らしい幼女だ。
「初めましてじゃな、『始まりの魔女』みどり・・・
 妾が妃巫女じゃ。気安く妃巫女ちゃんと呼んでくれてもいいんじゃぞ」
 とてもフレンドリーな口調なのだが、わたしとセリィの警戒心はMAXで、妃巫女を睨みつけていた。

「どこでその名を?」
「おや。今ならいざ知らず、七百年前だったなら有名な話じゃろう」
 確かに七百年前、始まりの魔女の名が〝みどり〟であるのは誰もが知っていた。だからと言っていま知っていてよい理由にはならない。
「やれやれこれでは不満か。
 仕方ないな。こほん。妾はざっと千二百年前にタケルに下った鎌鼬の怪である」
「カマイタチって妖怪よね。妖怪って寿命ないの?」
「違うわ阿保ぅ。
 よいか百年も経てば妾は死ぬだろう。しかし鎌鼬は三位一体。壱の妾に代わり弐が次の百年を過ごす。これを三位で繰り返して、長く生きておるのじゃ」
「えーと聞いといてなんですが、これって丸っとひっくるめて国家機密なんでは?」
 トウカと烏帽子が居ないからって、妃巫女さんぶっちゃけ過ぎてませんかね?

「ははは。他言無用で頼むのじゃ」
 はははじゃねーよ!
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