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ポンコツ愛と狂愛の戦い※またの名を【口付け事件】
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自分の背を支えてくれているグレーゲルは、ただ単に負傷した人間を気遣ってそうしてくれているだけ。それ以上でも、それ以下でもない。
そう頭ではわかっていても、簡単に割りきれるもんじゃない。
だって、今自分は寝巻き姿なのだ。加えてグレーゲルはシャツ一枚の軽装。とどのつまり、二人の間には木の葉の厚み程度しかない。否が応でも彼の胸板とか腹筋とか……まぁ、そんなものを生々しく感じてしまう状況なのだ。
意識するな。考えるな。平常心を保てとユリシアは、自分に言い聞かせる。が、そうしているもう一人の自分だって相当混乱している。
きっと今自分は首まで真っ赤だろう。身体だって火照っているはず。どうか痴女とだけは思われませんように。
「まだ傷は塞がっていない。頼むからおとなしくしていてくれ」
神に祈りを捧げるユリシアにまったく気づいていない様子でグレーゲルは、泣きそうな声で言った。
驚いて振り返れば、待ち構えていたように声と同じ表情でいる彼と目が合った。
「……お前が目を覚ますまで、ずっと不安だった」
「はい」
素直に頷くユリシアだが、頭の中はわちゃわちゃと忙しい。
なにせグレーゲルの言い方も眼差しも、まるで自分が彼にとって特別な人間として扱われているように錯覚させるものだから。
助けに来てくれただけでも有り難くて泣きそうだというのに、心配までしてくれた。
好きな人が一時でも自分に心を傾けてくれたことに、ユリシアは目眩を覚える。嬉しすぎて切なさを感じなかった。瞬きする間に、言葉にできない不思議な温もりに全身が包まれる。
またトオン領の地を踏めること。好きな人が自分を心配してくれたこと。
この二つの出来事さえあれば、もう十分だと心から思った。
「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「は?馬鹿を言うな。最低でもあと2ヶ月はベットに縛り付けておく。覚悟しておけ。と、言いたいが、お前にやってもらうことが山積みだ」
「はい?」
首を傾げるユリシアに、グレーゲルには溜め息を一つ挟んで言葉を続ける。
「まずはお前の侍女二人をなだめてやってくれ。毎日泣いて泣いて手がつけられん。ブランも相当心配して、毎日心ここにあらずで有り得ないミスを連発してくれている。昨日はお茶を頼んだら、まさかの白湯を出された。他のメイド達も同様で、一言お前に声を掛けたいと言ってるから適当に聞いてやってくれ。それと、食欲があるなら料理長のメシを食ってやってくれ。目が覚めたお前がいつでも好物を食べれるように、ここ3日、ずっと同じ料理を作り続けている。そして俺は毎食それを食べている。いい加減、魚が食べたい。あと最後に……まぁ、これは気が向いたらで良いんだが……本当に嫌なら断ってくれて良いんだが……」
堰を切ったように話し出したグレーゲルだが、急に失速し最後はもにょもにょと言葉尻を濁す。
最後の依頼はよっぽど頼みづらいものなのだろうか。
身体を強張らせたユリシアは、ごくりと唾を呑んだ。
「頼む。ラーシュの機嫌を取ってくれ」
「……ん?」
まるで異国の言葉を聞いたかのように、ユリシアは首をコテンと横に倒した。
ラーシュの機嫌を取る?誰が?自分が?
失言はちょくちょくするが、基本的にお日様のようにからから笑うラーシュが不機嫌になるなんて想像つかないし、実際目にしたこともない。
一体全体、自分の意識が無い間に何が起こったんだろう。
その疑問はバツが悪そうに語り始めたグレーゲルによって解消されることになる。
「お前が連れ去られた時、アイツはちょっと離れた場所にいた。俺が調査を命じてたからな。そのせいで側近なのに置いてきぼりにされたと拗ねているんだ」
「……は、はぁ」
「確かに間は悪かった。俺もそこは素直に認めた。だが、アイツは意固地に拗ねている。……クソッ、俺だって予言者じゃ無いんだからそんなもん知るか」
なるほど。想像の斜め上を行く展開だったが納得した。
ご機嫌取りの件、率先してやらせてもらおうと、ユリシアは心に誓う。
とはいえ、その前にグレーゲルに物申したいことがある。もう今回は心の中で呟くのではなく、がっつり声に出して言わせてもらおう。
「ラーシュさんの件は慎んでお受けします。私にお任せください。でもその前に、拗ねたのはラーシュさんだけですか?グレーゲルは、もっと他に気遣いを要する人がいるかと思いますが、そちらは大丈夫なんでしょうか?」
「すまない……もっと具体的に言ってくれ」
「ですからっ。シャリスタンさんには、ちゃんと誤解を生まないようお話しされましたか!?」
これまでずっと口にできなかったせいで無駄に力んでしまったが、ここでやっと口にすることができた。
ちょっとスッキリした。でも逆にグレーゲルは、自分のもやもやを抱えてしまったように鬱々とした表情になっている。
「おい、なんで俺がアイツに話をしないといけないんだ?誤解なんてするなら勝手にさせておけば良いじゃないか」
「なっ」
とんでもない俺様発言にユリシアは目を見張る。
「ダメですよ!拗れたら、本当に嫌われちゃいますよ!?小さな積み重ねが、いつか大きな破綻を招いてしまうかもしれないんですからっ。面倒臭がらず、ちゃんと言葉で伝えてあげてくださいっ。シャリスタンさんのこと、想っているだけじゃ気持ちは伝わりませんよ!?」
ああ、言葉に出してみると、好きな人のために他の女性の仲を取り持つことがこんなにも苦しいなんてとユリシアは涙目になる。
しかしグレーゲルは反省するどころか、ぞっとするほど冷たい目をしてこう言った。
「それで?」
「それでって。あの……つまり、その……」
なんか失言しちゃったことは理解できたが、それが何かわからないユリシアはモジモジする。
でも、ずっと密着し続けているグレーゲルはそれを許さない。顎を掴まれた。視線を逸らそうとしても、どこまでも追ってくる。
しかも問いかけてきたくせに何故か「言えるものなら言ってみろ」と凄まれ、ユリシアはどうして良いのかわからない。
ーー待つこと数十秒。
結局、グレーゲルの気迫に押され、ユリシアは口を開くことを選んだ。
「グレーゲルはシャリスタンさんと道ならぬ恋をしているんじゃないのですか?」
「はははっ」
ぼそぼそと尋ねた瞬間、グレーゲルは笑った。
でも目はこれっぽっちも笑っていなかった。
そう頭ではわかっていても、簡単に割りきれるもんじゃない。
だって、今自分は寝巻き姿なのだ。加えてグレーゲルはシャツ一枚の軽装。とどのつまり、二人の間には木の葉の厚み程度しかない。否が応でも彼の胸板とか腹筋とか……まぁ、そんなものを生々しく感じてしまう状況なのだ。
意識するな。考えるな。平常心を保てとユリシアは、自分に言い聞かせる。が、そうしているもう一人の自分だって相当混乱している。
きっと今自分は首まで真っ赤だろう。身体だって火照っているはず。どうか痴女とだけは思われませんように。
「まだ傷は塞がっていない。頼むからおとなしくしていてくれ」
神に祈りを捧げるユリシアにまったく気づいていない様子でグレーゲルは、泣きそうな声で言った。
驚いて振り返れば、待ち構えていたように声と同じ表情でいる彼と目が合った。
「……お前が目を覚ますまで、ずっと不安だった」
「はい」
素直に頷くユリシアだが、頭の中はわちゃわちゃと忙しい。
なにせグレーゲルの言い方も眼差しも、まるで自分が彼にとって特別な人間として扱われているように錯覚させるものだから。
助けに来てくれただけでも有り難くて泣きそうだというのに、心配までしてくれた。
好きな人が一時でも自分に心を傾けてくれたことに、ユリシアは目眩を覚える。嬉しすぎて切なさを感じなかった。瞬きする間に、言葉にできない不思議な温もりに全身が包まれる。
またトオン領の地を踏めること。好きな人が自分を心配してくれたこと。
この二つの出来事さえあれば、もう十分だと心から思った。
「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「は?馬鹿を言うな。最低でもあと2ヶ月はベットに縛り付けておく。覚悟しておけ。と、言いたいが、お前にやってもらうことが山積みだ」
「はい?」
首を傾げるユリシアに、グレーゲルには溜め息を一つ挟んで言葉を続ける。
「まずはお前の侍女二人をなだめてやってくれ。毎日泣いて泣いて手がつけられん。ブランも相当心配して、毎日心ここにあらずで有り得ないミスを連発してくれている。昨日はお茶を頼んだら、まさかの白湯を出された。他のメイド達も同様で、一言お前に声を掛けたいと言ってるから適当に聞いてやってくれ。それと、食欲があるなら料理長のメシを食ってやってくれ。目が覚めたお前がいつでも好物を食べれるように、ここ3日、ずっと同じ料理を作り続けている。そして俺は毎食それを食べている。いい加減、魚が食べたい。あと最後に……まぁ、これは気が向いたらで良いんだが……本当に嫌なら断ってくれて良いんだが……」
堰を切ったように話し出したグレーゲルだが、急に失速し最後はもにょもにょと言葉尻を濁す。
最後の依頼はよっぽど頼みづらいものなのだろうか。
身体を強張らせたユリシアは、ごくりと唾を呑んだ。
「頼む。ラーシュの機嫌を取ってくれ」
「……ん?」
まるで異国の言葉を聞いたかのように、ユリシアは首をコテンと横に倒した。
ラーシュの機嫌を取る?誰が?自分が?
失言はちょくちょくするが、基本的にお日様のようにからから笑うラーシュが不機嫌になるなんて想像つかないし、実際目にしたこともない。
一体全体、自分の意識が無い間に何が起こったんだろう。
その疑問はバツが悪そうに語り始めたグレーゲルによって解消されることになる。
「お前が連れ去られた時、アイツはちょっと離れた場所にいた。俺が調査を命じてたからな。そのせいで側近なのに置いてきぼりにされたと拗ねているんだ」
「……は、はぁ」
「確かに間は悪かった。俺もそこは素直に認めた。だが、アイツは意固地に拗ねている。……クソッ、俺だって予言者じゃ無いんだからそんなもん知るか」
なるほど。想像の斜め上を行く展開だったが納得した。
ご機嫌取りの件、率先してやらせてもらおうと、ユリシアは心に誓う。
とはいえ、その前にグレーゲルに物申したいことがある。もう今回は心の中で呟くのではなく、がっつり声に出して言わせてもらおう。
「ラーシュさんの件は慎んでお受けします。私にお任せください。でもその前に、拗ねたのはラーシュさんだけですか?グレーゲルは、もっと他に気遣いを要する人がいるかと思いますが、そちらは大丈夫なんでしょうか?」
「すまない……もっと具体的に言ってくれ」
「ですからっ。シャリスタンさんには、ちゃんと誤解を生まないようお話しされましたか!?」
これまでずっと口にできなかったせいで無駄に力んでしまったが、ここでやっと口にすることができた。
ちょっとスッキリした。でも逆にグレーゲルは、自分のもやもやを抱えてしまったように鬱々とした表情になっている。
「おい、なんで俺がアイツに話をしないといけないんだ?誤解なんてするなら勝手にさせておけば良いじゃないか」
「なっ」
とんでもない俺様発言にユリシアは目を見張る。
「ダメですよ!拗れたら、本当に嫌われちゃいますよ!?小さな積み重ねが、いつか大きな破綻を招いてしまうかもしれないんですからっ。面倒臭がらず、ちゃんと言葉で伝えてあげてくださいっ。シャリスタンさんのこと、想っているだけじゃ気持ちは伝わりませんよ!?」
ああ、言葉に出してみると、好きな人のために他の女性の仲を取り持つことがこんなにも苦しいなんてとユリシアは涙目になる。
しかしグレーゲルは反省するどころか、ぞっとするほど冷たい目をしてこう言った。
「それで?」
「それでって。あの……つまり、その……」
なんか失言しちゃったことは理解できたが、それが何かわからないユリシアはモジモジする。
でも、ずっと密着し続けているグレーゲルはそれを許さない。顎を掴まれた。視線を逸らそうとしても、どこまでも追ってくる。
しかも問いかけてきたくせに何故か「言えるものなら言ってみろ」と凄まれ、ユリシアはどうして良いのかわからない。
ーー待つこと数十秒。
結局、グレーゲルの気迫に押され、ユリシアは口を開くことを選んだ。
「グレーゲルはシャリスタンさんと道ならぬ恋をしているんじゃないのですか?」
「はははっ」
ぼそぼそと尋ねた瞬間、グレーゲルは笑った。
でも目はこれっぽっちも笑っていなかった。
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