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16.快気の祝い

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 ミホの伯父から手紙が来てから二週間後の日曜日、ミホが反物から仕立てた着物に初めて袖を通した。薄い水色の地に鮮やかな黄色の花が散っている反物は、描かれた花ががまるでショウタの髪のようだったので、ミホはひと目で気に入ってしまい購入していた。
「すごく似合っていると思うよ」
 ショウタがいつもと違うミホを見て目尻を下げながら褒めた。
 ミホはショウタに褒められて頬を染めている。
『ショウタさん、やればできるじゃないか』
 ミノルはいい感じの二人に満足して何度も頷いていた。

 ショウタはいつものように洋装で山高帽をかぶっている。彼は六シャクをゆうに超える長身であり、引き締まった体をしているので洋装が良く似合っていた。
 ミノルは通学用に購入した白のシャツと紺の半ズボンだ。
「ショウタさんの髪の毛、格好良いよな。僕も黒ではなくて黄色が良かったな」
 ミノルが羨ましそうにショウタを見上げた。山高帽から覗くショウタの髪は柔らかそうな直毛で鮮やかな黄色である。 
「俺は黒色が羨ましいけどな」
 ショウタはミノルのいがぐり頭を撫でた。
 目立たない黒髪ならばもっと楽に生きていけたとショウタは思う。それでも彼は鬼として生まれたことを恨んではいない。優しいショウタは鬼の能力でたくさんの人を救えることに感謝していた。



 ミホたちが伯父の家に着くと、とても機嫌がいい兄嫁のサエに迎えられた。
「カナエは人が変わったように素直になったのよ。ショウタ先生のお陰ね」
「俺はそれが仕事だから……」
 病院以外で感謝される機会は少なく、慣れていないショウタは照れてしまう。

「それでも、本当にありがとうございました」
 サエは深々と頭を下げた。カナエだけではなく姑も最近優しくなったと感じている。あれほど酷い物言いをしたのに、カナエの手術痕を最小にするために尽力したショウタに感銘を受けたらしい。


 ミホたちが通された二十畳ほどの広間には、大きな長方形の座卓が三脚並べられて、白い布がかけられている。その上に様々な和洋の料理が並べられていた。
 伯父一家の他にも嫁に行っているカナエの姉夫婦と子どももやって来て、十人ほどが既に座布団に座っている。
 ミホたちも空いている席を勧められたので、そこに座った。


「ショウタ先生のお蔭で、無事に病気が完治いたしました。本当にありがとうございます。お盆に病気になったからこそショウタ先生に手術していただけたのです。これはご先祖さまのお導きに違いありません。ご先祖さまにも感謝いたします。そして、中央病院に行くように助言してくれたミホにも礼を言います」
 カナエが微笑みなから深々と頭を下げている。晴れ晴れとしたその様子に、カナエの婚約者は結婚詐欺師ではなかったのだとミホは安心した。

「あと一つ、私の婚約がなくなりましたので、結婚相手を探しております。良い方がいらっしゃっらた絶賛受付中ですので、よろしくね」
「まさか、結婚詐欺?」
 ミホは小さな声で呟いたが、カナエには聞こえていたようだ。
「知っていたの? でも、もっと良い男性と結婚するから、気にしないでね。ショウタ先生に救っていただいた命だもの、絶対に幸せになってみせるから」
 吹っ切れたカナエの様子にミホはそれ以上何も言えなかった。

 大人はビールで、子どもはサイダーで乾杯した。音頭を取ったカナエの父は既に涙ぐんでいる。
 医師がショウタしかいない盆の時期でなければ、診察を拒否した患者をショウタが診ることはないと父は看護婦から聞いていた。
 凄腕のショウタに手術してもらいたい患者は非常に多い。汽車に乗って遠くからやって来る患者もいる。嫌がる患者まで面倒見るほどショウタには余裕がない。
 内臓が左右反転しているカナエの手術は普通よりも難易度が高かったはずで、ショウタでなければ成功しなかったた可能性が高い。
 カナエの命は、本当に奇跡的に助かった。
 そう思うと父親は感慨深く、もし違う日だったらと考えるだけで泣けてくる。


「ミホはショウタ先生と婚約しているんだって?」
 皆が料理を堪能し始めた頃、カナエがミホに訊いた。
「そ、それは、ミホが俺の愛人だと噂されていると聞いたから、形だけでも婚約しておこうと思って」
 ショウタがうろたえながら言い訳をした。
「ミホ姉ちゃんがショウタさんの愛人だと言ったのは、あの女だけど」
 ミノルがカナエを指差す。
「ミ、ミノル、おとなしくしていて」
 ミホが慌ててミノルを止めた。

「そうなの? それでは私にも可能性があるかしら?」
 鬼をあれほど嫌っていたカナエが、自分と結婚する可能性があると言っているとショウタは露にも思わなかったが、ミホには正確に伝わっていた。
 カナエは小柄な美人である。まだ二十歳と若い。わがままで気が強いところは難点だが、そこは変わってきているという。
 ミホはカナエに勝っているところは何もないと俯いてしまう。それを見たカナエが小さく舌打ちをした。

「ミホはショウタ先生のことをどう思っているの? 鬼と結婚するのは嫌なの?」
 それを聞いてショウタも俯いてしまう。鬼であることは変えられないので覚悟はしているが、ミホに肯定されるとやはり辛いと思った。 
「鬼だから嫌なんて、そんなことはありません!」
 鬼だろうが人だろうが関係ないとミホは思う。学歴だって職業さえも気にしない。ただ、ショウタであればいいとミホは思っている。
 しかし、ショウタは大きな家に住んでいる大病院の医師で、ミホは一文無しの雇われの身。とても見合うとはミホには思えなかった。


「私はね、鬼を知らなかったから、ショウタ先生に酷いことを言ってしまったの。鬼がショウタ先生のように優しいと知っていれば、あんなことを言わなかった。原因は鬼の少なさよ。ミホはそう思わない?」
 カナエが挑発するようにミホを見た。
「そうですね。私もそう思います」
 ミホも鬼がショウタのように優しいと知らなかった。最初に出会った時、異形のショウタのことが怖いと感じたのは、鬼のことをよく知らなかったからだと思っている。

「だから私はね、できれば鬼と結婚してたくさん子どもを産みたいの。父親が鬼だったら男の子はみな鬼になるのよ。母親思いの優しい子たちよね。世に鬼が増えるし、良いこと尽くめではない?」
 カナエがショウタの子どもを抱いているところを想像してしまい、ミホの胸がきりりと痛んだ。手が白くなるほどきつく握り締めているミホは、ぐっと涙をこらえていた。

「ミホもショウタ先生が嫌いでないのならば、早く結婚して子どもを産みなさいよ。それが世のため鬼のためでしょう?」
 落ち込んでいるミホを指差してカナエが言った。
「で、でも、ショウタさんが」
 カナエの言葉にミホは混乱する。

「ショウタ先生はミホと結婚するのが嫌なのに、形だけの婚約をしたのですか? そんなことをすれば、男性より女性の方が非常に不利になるのに。ミホはこのままではとうが立ってしまいます。ショウタ先生、酷いわ」
「ち、違う。ミホさえ良ければ俺は結婚したい。でも、俺は鬼だから……」
 ショウタは慌ててカナエの言葉を否定する。ミホと結婚したい気持ちは本心である。しかし、ミホが鬼の妻や鬼の母となることで辛い思いをさせたくはない気持ちもあった。

「ショウタ先生が鬼だから早く結婚しろと言っているの。人なんてたくさんいるんだから未婚だっていいけれど、鬼は少ないのだから、早く結婚して子どもを作らないと鬼が増えないでしょう? 少ないから知る機会がなくて誤解されるのよ。ショウタ先生はミホと結婚するわよね」
「結婚します」
 カナエの勢いに押されてショウタが答える。
「ミホもいいわね」
「はい」
 ミホも思わず頷いていた。

「今日は私の快気に加えて、ショウタ先生とミホの正式な婚約のお祝いよ。お父さん、もう一度乾杯の音頭をとって」
「お前、中々やるな」 
 ミノルは知らない間にミホとショウタの正式婚約にこぎつけたカナエを讃えた。
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