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26.ナルカへ帰る日
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ショウタたちは木曜日の朝にナルカの町を出発した。その晩にサルトゥーレン号が沈没。金曜日の未明から土曜日の夕方まで、ショウタとセイスケは網元の家で乗組員たちを懸命に治療し、ミホとミノルも献身的に手伝をしていた。
網元の家で夕飯をご馳走になって、ようやくセイスケの家に戻ってきたのは土曜日の夜のことである。
月曜日はショウタの手術日なので、明日の日曜日にはナルカに帰らなければならない。汽車の時間は午後の二時であった。
温泉のある村へ行く時間はとてもない。
風呂からあがって居間にやってきたセイスケは、先に風呂に入り終え居間でくつろいでいたミノルの前までやって来た。
「せっかく来たのに、ミホさんやミノルまで網元のところに付き合わせてしまって、申し訳なかったな」
セイスケが済まなさそうににミノルに頭を下げる。大人のミホはともかく、まだ八歳のミノルはつまらなかっただろうと思っていた。
「僕は汽車に乗ることができただけで良かったよ。それにミスターエルデムに会うこともできたしね。ねぇ、セイスケ先生。鬼と狼男。どっちが強いと思う?」
「さぁな」
セイスケは首を傾げた。鬼の力が非常に強いことは知っているが、狼男の力は未知であるので判断がつかない。
『どうかしたのか?』
熟練の医師であるセイスケが子供の質問に首をひねっているのを不思議に思い、エルデムが尋ねる。
『ショウタとエルデム、どちらが強いか質問された。エルデムはどう思う?』
エルデムもやはり悩んでしまった。今まで力で負けたことはないが、それは人相手である。
『ショウタ。ちょっとこっちへ来てみろ。ここで腕相撲をしようぜ』
エルデムは鬼の力がとても気になっていた。
畳敷きの居間には、いい感じの大きさの円形の座卓がある。鬼の力を試せと言っているようだとエルデムには感じる。
『予め言っておくけれど、俺は強いからな』
ショウタもまた狼男の力に興味があったので、あっさりと勝負を受けた。
座卓の上に座布団を置き、二人は右手の肘をその上に載せ手を合わせる。
バキィ!
最後に風呂に入り、居間とは別の部屋で長い髪の毛を乾かしていたミホは、居間の方から凄い音がしたので慌てて走っていく。
「何があったのですか?」
ミホが居間の戸を開けると、ショウタとエルデムが崩壊した座卓の前で向かい合っていた。
ショウタとエルデムの凄まじい力に木製の座卓が耐えられるはずはなかったのだ。
「腕相撲をしようと思ったんだけど、座卓が壊れてしまった」
バツが悪そうに頭の角を触っているショウタ。
『これ、結構脆かったな』
狼の耳を伏せて縮こまっているエルデム。
ミホは驚きの目でショウタを見る。
「ショウタさんは明日手術日でしょう? あんなに強そうな狼男さんと勝負して腕を痛めたらどうするのですか!」
「ごめんなさい。でも、俺も強いから」
小さな声で謝るショウタ。しかし、ミホがエルデムを強いと言ったので、自分も強いと主張することは忘れなかった。
ミホはショウタの隣に座ってその右腕にそっと触れてみる。怪我をしていないかとても心配だった。
「怪我はないですか? 座卓が粉々になってしますよ」
「大丈夫だから」
鬼は丈夫なので、これぐらいのことで怪我はしない。
ショウタは髪を下ろしたミホを始めて見た。風呂上がりでほんのり上気した肌はとても美しく色香を感じてしまう。ミホに触られているショウタの腕も顔も真っ赤になっていた。
「ショウタさんが本当の赤鬼になった!」
そもそもの発端であるミノルは呑気なものである。
翌日の日曜日は穏やかな晴天になった。空の高い所にいわし雲が浮いていて、秋がやってきたと告げているようだ。
「昼は外で網焼きをしよう。ミホさんは朝の残りのご飯で塩にぎりに作っておいて欲しい。ショウタは庭にかまどを作っておいてくれ。ミノル、エルデム、一緒に浜へ買い物に行くぞ。今度こそ伊勢海老やサザエ、イカなんかを手に入れてくるからな。農家の方へ行って、鶏肉と野菜も買ってこよう」
セイスケは自動車にミノルとエルデムを乗せて家を出て行った。
十年ほど前、ショウタがミノルと同じぐらいの年だった頃にセイスケがこの別荘を手に入れた。かなり古い家だったが、大きな風呂と広い庭が魅力的でセイスケが気に入ってしまったのだ。
漁師町であることも購入の決め手だった。
昨年中央病院のクシナカ分院ができるまでクシナカや近隣の村は無医村だった。、月に一回、数日ほどセイスケはショウタを連れてこの別荘にやって来て、近隣の病人宅を往診していた。
そのため、セイスケもショウタも村の人々にとても親しまれている。
当時から大食漢のショウタのために、セイスケは大きな金網を特注して、庭に作ったかまどで網焼きを楽しんでいた。もちろん、ショウタも大好きである。
ショウタは庭の隅に置かれている岩といってもいいぐらいの石を抱えるようにして持ち上げる。さすが力持ちの鬼である。一抱えもある石を軽々と庭の中央に運んで、コの字型に並べていく。
石の中央に大量の炭を入れたショウタは、炭の上に新聞を丸めて置きマッチで火をつけた。
炭に火が移ったことを確かめてから金網を置く。
これでかまどの完成である。あとは食材を上に載せるだけだ。
大食らいのショウタに加えて狼男のエルデムも増えたので、ミホは朝から大きな釜一杯にご飯を炊いていた。
残ったご飯に塩を振って、大量のおにぎりを作り始めるミホ。
ショウタが美味しそうに食べる姿を見るのがミホは大好きなので、その姿を想像しながらご飯を握っていると、あっという間に大皿に山と積まれたおにぎりが出来上がった。
ミホがその皿を庭のテーブルまで運ぶと、ちょうどショウタがかまどを完成させたところだった。
ショウタはミホの姿を目にして、彼女の傍までやって来た。
「ミホ、俺と婚約したことを後悔していないか? 俺は鬼だから、人との結婚と違って辛いことがあるはずだ。医者だから、今回みたいに急に仕事が入って、ミホを放っておくかもしれない」
ミホに婚約を後悔していると言われてしまうのではないかと思うと、ショウタの手は小刻みに震えてしまう。
クシナカまで遊びに連れてきたはずが、楽しむどころかいつもよりきつい仕事をさせるはめになってしまった。苦しむ怪我人の世話は大変だったはずである。ショウタはミホに嫌われてしまったのではないかと心配していた。
「私は優しくて強くて格好良いショウタさんのお嫁さんになりたいです。ショウタさんこそ、平凡な私が婚約者で本当に良かったのですか?」
「俺も優しくて美しいミホを奥さんにしたい」
「それでは約束ですよ。絶対に私をショウタさんに奥さんにしてくださいね」
ミホは小指だけを立ててショウタに右手を差し出した。
「約束する」
ショウタは嬉しそうに自身の小指をミホの小指に絡める。昨夜に増してショウタの顔は赤くなっていた。
セイスケたちは大量の食材を手に入れて帰ってきた。
サザエとアワビには醤油をたらし、カマスと切り分けた鶏肉には塩を振る。切れ込みを入れたイカや大きな伊勢海老も金網に乗せられていた。
ミホが握ったおにぎりも網に乗せて焼きおにぎりにする。
幸せそうに食べているショウタを見て、ミホもまた幸せな気分になった。
昼食も済んで汽車の時間が迫ってきたので、セイスケが自動車で駅まで送ることになった。
『セイスケのことは任せておけ。大恩人だからな』
居残って後片付けをすることになったエルデムがショウタに右手を差し出した。
『よろしく頼む』
ショウタも右手でエルデムの手を握り返す。
通いのお手伝いを頼んでいるとはいえ、広い別荘に一人住まいをしているセイスケのことをショウタは心配していた。同居人ができることは彼にとってもありがたいことである。
こうして、ショウタの休暇は終わった。
丸二日殆ど眠らずに治療にあたっていたショウタは、疲れていたのか汽車に乗るとすぐにミホにもたれかかるように眠ってしまった。
「ショウタさんは本当に格好良かったよな。外国の人が驚くぐらい凄腕のお医者様だし、外国の言葉を話すことができる」
ミノルはぐっすりと眠っているショウタを指差し、小声でそう言った。
「そうよね。でも、こうして眠っているショウタさんも可愛いと思うの」
「目が覚めたらまた真っ赤になるな。そこはちょっと格好悪いかも」
ミノルとミホは目を見合わせて笑っていた。
後半時間もするとナルカ中央駅に着く。ショウタは汽車の揺れに身を任せながら幸せな夢を見ていた。
網元の家で夕飯をご馳走になって、ようやくセイスケの家に戻ってきたのは土曜日の夜のことである。
月曜日はショウタの手術日なので、明日の日曜日にはナルカに帰らなければならない。汽車の時間は午後の二時であった。
温泉のある村へ行く時間はとてもない。
風呂からあがって居間にやってきたセイスケは、先に風呂に入り終え居間でくつろいでいたミノルの前までやって来た。
「せっかく来たのに、ミホさんやミノルまで網元のところに付き合わせてしまって、申し訳なかったな」
セイスケが済まなさそうににミノルに頭を下げる。大人のミホはともかく、まだ八歳のミノルはつまらなかっただろうと思っていた。
「僕は汽車に乗ることができただけで良かったよ。それにミスターエルデムに会うこともできたしね。ねぇ、セイスケ先生。鬼と狼男。どっちが強いと思う?」
「さぁな」
セイスケは首を傾げた。鬼の力が非常に強いことは知っているが、狼男の力は未知であるので判断がつかない。
『どうかしたのか?』
熟練の医師であるセイスケが子供の質問に首をひねっているのを不思議に思い、エルデムが尋ねる。
『ショウタとエルデム、どちらが強いか質問された。エルデムはどう思う?』
エルデムもやはり悩んでしまった。今まで力で負けたことはないが、それは人相手である。
『ショウタ。ちょっとこっちへ来てみろ。ここで腕相撲をしようぜ』
エルデムは鬼の力がとても気になっていた。
畳敷きの居間には、いい感じの大きさの円形の座卓がある。鬼の力を試せと言っているようだとエルデムには感じる。
『予め言っておくけれど、俺は強いからな』
ショウタもまた狼男の力に興味があったので、あっさりと勝負を受けた。
座卓の上に座布団を置き、二人は右手の肘をその上に載せ手を合わせる。
バキィ!
最後に風呂に入り、居間とは別の部屋で長い髪の毛を乾かしていたミホは、居間の方から凄い音がしたので慌てて走っていく。
「何があったのですか?」
ミホが居間の戸を開けると、ショウタとエルデムが崩壊した座卓の前で向かい合っていた。
ショウタとエルデムの凄まじい力に木製の座卓が耐えられるはずはなかったのだ。
「腕相撲をしようと思ったんだけど、座卓が壊れてしまった」
バツが悪そうに頭の角を触っているショウタ。
『これ、結構脆かったな』
狼の耳を伏せて縮こまっているエルデム。
ミホは驚きの目でショウタを見る。
「ショウタさんは明日手術日でしょう? あんなに強そうな狼男さんと勝負して腕を痛めたらどうするのですか!」
「ごめんなさい。でも、俺も強いから」
小さな声で謝るショウタ。しかし、ミホがエルデムを強いと言ったので、自分も強いと主張することは忘れなかった。
ミホはショウタの隣に座ってその右腕にそっと触れてみる。怪我をしていないかとても心配だった。
「怪我はないですか? 座卓が粉々になってしますよ」
「大丈夫だから」
鬼は丈夫なので、これぐらいのことで怪我はしない。
ショウタは髪を下ろしたミホを始めて見た。風呂上がりでほんのり上気した肌はとても美しく色香を感じてしまう。ミホに触られているショウタの腕も顔も真っ赤になっていた。
「ショウタさんが本当の赤鬼になった!」
そもそもの発端であるミノルは呑気なものである。
翌日の日曜日は穏やかな晴天になった。空の高い所にいわし雲が浮いていて、秋がやってきたと告げているようだ。
「昼は外で網焼きをしよう。ミホさんは朝の残りのご飯で塩にぎりに作っておいて欲しい。ショウタは庭にかまどを作っておいてくれ。ミノル、エルデム、一緒に浜へ買い物に行くぞ。今度こそ伊勢海老やサザエ、イカなんかを手に入れてくるからな。農家の方へ行って、鶏肉と野菜も買ってこよう」
セイスケは自動車にミノルとエルデムを乗せて家を出て行った。
十年ほど前、ショウタがミノルと同じぐらいの年だった頃にセイスケがこの別荘を手に入れた。かなり古い家だったが、大きな風呂と広い庭が魅力的でセイスケが気に入ってしまったのだ。
漁師町であることも購入の決め手だった。
昨年中央病院のクシナカ分院ができるまでクシナカや近隣の村は無医村だった。、月に一回、数日ほどセイスケはショウタを連れてこの別荘にやって来て、近隣の病人宅を往診していた。
そのため、セイスケもショウタも村の人々にとても親しまれている。
当時から大食漢のショウタのために、セイスケは大きな金網を特注して、庭に作ったかまどで網焼きを楽しんでいた。もちろん、ショウタも大好きである。
ショウタは庭の隅に置かれている岩といってもいいぐらいの石を抱えるようにして持ち上げる。さすが力持ちの鬼である。一抱えもある石を軽々と庭の中央に運んで、コの字型に並べていく。
石の中央に大量の炭を入れたショウタは、炭の上に新聞を丸めて置きマッチで火をつけた。
炭に火が移ったことを確かめてから金網を置く。
これでかまどの完成である。あとは食材を上に載せるだけだ。
大食らいのショウタに加えて狼男のエルデムも増えたので、ミホは朝から大きな釜一杯にご飯を炊いていた。
残ったご飯に塩を振って、大量のおにぎりを作り始めるミホ。
ショウタが美味しそうに食べる姿を見るのがミホは大好きなので、その姿を想像しながらご飯を握っていると、あっという間に大皿に山と積まれたおにぎりが出来上がった。
ミホがその皿を庭のテーブルまで運ぶと、ちょうどショウタがかまどを完成させたところだった。
ショウタはミホの姿を目にして、彼女の傍までやって来た。
「ミホ、俺と婚約したことを後悔していないか? 俺は鬼だから、人との結婚と違って辛いことがあるはずだ。医者だから、今回みたいに急に仕事が入って、ミホを放っておくかもしれない」
ミホに婚約を後悔していると言われてしまうのではないかと思うと、ショウタの手は小刻みに震えてしまう。
クシナカまで遊びに連れてきたはずが、楽しむどころかいつもよりきつい仕事をさせるはめになってしまった。苦しむ怪我人の世話は大変だったはずである。ショウタはミホに嫌われてしまったのではないかと心配していた。
「私は優しくて強くて格好良いショウタさんのお嫁さんになりたいです。ショウタさんこそ、平凡な私が婚約者で本当に良かったのですか?」
「俺も優しくて美しいミホを奥さんにしたい」
「それでは約束ですよ。絶対に私をショウタさんに奥さんにしてくださいね」
ミホは小指だけを立ててショウタに右手を差し出した。
「約束する」
ショウタは嬉しそうに自身の小指をミホの小指に絡める。昨夜に増してショウタの顔は赤くなっていた。
セイスケたちは大量の食材を手に入れて帰ってきた。
サザエとアワビには醤油をたらし、カマスと切り分けた鶏肉には塩を振る。切れ込みを入れたイカや大きな伊勢海老も金網に乗せられていた。
ミホが握ったおにぎりも網に乗せて焼きおにぎりにする。
幸せそうに食べているショウタを見て、ミホもまた幸せな気分になった。
昼食も済んで汽車の時間が迫ってきたので、セイスケが自動車で駅まで送ることになった。
『セイスケのことは任せておけ。大恩人だからな』
居残って後片付けをすることになったエルデムがショウタに右手を差し出した。
『よろしく頼む』
ショウタも右手でエルデムの手を握り返す。
通いのお手伝いを頼んでいるとはいえ、広い別荘に一人住まいをしているセイスケのことをショウタは心配していた。同居人ができることは彼にとってもありがたいことである。
こうして、ショウタの休暇は終わった。
丸二日殆ど眠らずに治療にあたっていたショウタは、疲れていたのか汽車に乗るとすぐにミホにもたれかかるように眠ってしまった。
「ショウタさんは本当に格好良かったよな。外国の人が驚くぐらい凄腕のお医者様だし、外国の言葉を話すことができる」
ミノルはぐっすりと眠っているショウタを指差し、小声でそう言った。
「そうよね。でも、こうして眠っているショウタさんも可愛いと思うの」
「目が覚めたらまた真っ赤になるな。そこはちょっと格好悪いかも」
ミノルとミホは目を見合わせて笑っていた。
後半時間もするとナルカ中央駅に着く。ショウタは汽車の揺れに身を任せながら幸せな夢を見ていた。
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