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29.ケイトへ

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 クシナカから自動車に乗ってナルカの自宅までやって来たセイスケは、ミホを自動車に乗せるため玄関前に駐車した。
「随分と大荷物ですね」
 二つの鞄と風呂敷包みを持って玄関を出てきたミホを見かねて、セイスケは自動車を降りてミホから荷物を受け取り自動車に積み込んだ。
「ミノルと私の荷物、それにお昼を用意しました。ショウタさんが好きかと思っておにぎりです。汽車の中でも食べやすいですし」
「それはショウタも喜ぶでしょうね」
 汽車の時間が迫っているので昼食をとる暇がない。セイスケはミホの気配りがありがたかった。
 あれほど手酷くショウタを否定したフミに会うことは辛いだろうが、ミホとミノルが一緒ならばショウタも辛いばかりの旅ではないだろうとセイスケは思う。

 尋常小学校の前でミノルと合流して、中央病院へ急ぐ。
 中央病院はナルカ中央駅の直ぐ近くにあるので、セイスケは中央病院の駐車場に自動車を止めておくことにした。

 自動車を降りた三人が荷物を取り出そうとしていると、凄い勢いでショウタが走ってくる。
「お義父さん、ミホ、ミノル、待たせて済みません」
 土煙が上がりそうなぐらいの速度を出していたが、ショウタは息も切らしていない。
「私たちも今来たところだから、待ってはいない。それにしてもだ、いくら自動車が通る道だといっても、病院の敷地内をその速度で走っては危険だぞ」
 セイスケは相変わらずのショウタの身体能力に呆れている。

「なぁ、ミホ姉ちゃん。ミスターエルデムとショウタさん、どっちが速いと思う?」
「どっちかしらね。二人とも自動車より速いのは確実よね」
 力比べはミホに怒られてしまったが、徒競走ならば大丈夫ではないかとミノルは思い、いつか勝負をしてもらおうと考えていた。

 そんなことを考えている三人を放っておいて、ショウタは全ての荷物を軽々と持ち上げ、駅の方へ向かい始める。
「ショウタさんはお仕事で疲れてるでしょう、私も荷物を持ちますから」
「大丈夫だから」
 自分の荷物ぐらいは持たなければと思うミホだが、ショウタは早足で進んでいくので追いつくことができない。
 結局、汽車に乗るまでショウタが全ての荷物を運んだ。


 四人を乗せた無事汽車は無事ナルカ中央駅を出ていいく。

「エルデムはこんな大きなクロマグロを一人で釣り上げたそうだ。重さは八十カンを超えていたらしい」
 セイスケが手をいっぱいに伸ばして、横に座っているミノルに説明している。
「八十カンは三百キログラムだよね。さすが狼男だ。凄い」
 尋常小学校では単位としてシャクやカンをを教えているが、ショウタが使っていた中学校の教科書には、メートルやグラムへの換算式が載っている。ミノルはそれを独学で覚えていた。
「さすがミノルだ。よく知っているな」
 感心したようにセイスケがミノルの頭を撫でる。両親にも褒められたことがなかったので、ミノルは照れていたが、やはり嬉しいと感じていた。
 

「エルデムとウメさんはどうなっている?」
 セイスケの向かいに座ってミホの作ったおにぎりを嬉しそうに食べているショウタは、エルデムが網元の娘であるウメに好意を寄せているのを知っていた。
「エルデムは女性を褒める言葉を教えろとうるさい。しかし、ウメさんを目の前にすれば中々口にできないようだ。それでも、ウメさんはまんざらではないようだし、網元もエルデムを凄い漁師だと認め始めているから、そのうち上手いこといきそうだな」
 セイスケの口元は緩んでいる。大食らいでニッポン語がわからず手がかかるエルデムだが、力が強く誠実な男なので、セイスケは同居が楽しいと思っている。エルデムには自分が取り上げたウメと幸せになって欲しいと願っていた。

「ショウタさん、頑張らないとミスターエルデムに先を越されるよ。ミホ姉ちゃんだって、ウメさんより六歳も年上なんだから、ちょっと焦ってもいいと思うけどな」
 二十八歳にもなるのにかなり奥手なショウタを心配して、ミノルは尻を叩かなければと思っている。
「確かにな。ショウタの仲人なら、網元夫妻が喜んで引き受けてくれるぞ。ショウタは奥さんの命の恩人だからな」
 セイスケもこのまま放っておいたら結婚まで漕ぎ着けないのではないかと思い、ショウタを煽ることにした。

「網元の奥さんの命を救ったには手術をしたお義父さんでしょう。俺ではない」
「いやいや、ショウタがいなければ、あんな手術はとてもできなかった」
 セイスケはショウタの能力は本当にとんでもないものだと思っている。そして、妹を助けたいがために、ショウタに辛い思いをさせることがわかっているのに、その能力にすがる自分を許しがたく思っていた。



 ショウサカの町で汽車を乗り換えて、ケイトに着いた時には既に夕飯の時間をまわっていた。
「ここから十分ほど歩いたところに宿を取っている。夕飯も用意してもらっているから安心しろ」
 腹を空かせているだろうショウタとミノルを心配してセイスケがそう言うと、かなり空腹であった二人はそれを聞いてとても喜んでいた。
 汽車を降りた一行は、繁華街を通って歩いて宿へ向かうことにする。

「人がとっても多い」
 ミノルがキョロキョロと辺りを見回している。日が落ちて薄暗くなってきているが、繁華街を歩いている人はかなり多く、小さな町からやって来たミホとミノルはとても驚いた。
「あの人、綺麗な着物を着ているわね。かんざしも可愛い」
「あれは舞妓さんだな。袖と帯が長いだろう。あんなかんざしが欲しいのであれば買いに行こう」
 ショウタはミホに贈り物をしたいとずっと思っていたので、ミホが欲しがるのであれば何でも買ってやりたい。
「もったいないからいいです。あんなに豪華なかんざしは私には似合わないし、家事の邪魔だから」
「いや、ミホにとても似合うと思う。あっ、そこにかんざし屋がある、行ってみよう」

「ショウタさん、まずは宿へ行こうよ。僕はお腹が空いた」
 大荷物を持ったままかんざし屋に行こうとするショウタをミニルが止めた。
「そうだな。私も空腹だ」
 セイスケは宿の方へと歩き出す。
 ショウタは仕方がなく後に続いた。
 ミホはあんなに派手なかんざしはやはり自分には似合わないと思っていた。
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