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5 剣の舞
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「今、なにを考えている?」
「ぁえ?」
しばらくぼぉーっとしていたら、夫が真顔で訊ねてきた。
「隠していてすまない」
「それはいいわよ。教えてくれたし」
「……ああ、君はそういう女だ」
「だって、私の姑は、国王の弟と結婚したのに戦争中に敵国の大公とデキて、その子を夫の子供かつ国王の甥として育てたんでしょう? 隠すわよ、死ぬもの」
「理解してくれてありがとう」
「一応確認したいんだけど、囚われてむりやり……とかじゃないわよね?」
「大恋愛した」
「あー。わかった」
私の母も悲劇のヒロインぶる女だけど、こっちも相当だわ。
「わかったけど、どうするの? 戦争始まるんでしょ? どことは聞いてないけど」
「トラウゴットと講和条約を新たに結び直し同盟国となって迎え撃つ」
「こうわじょうやく?」
「本気か?」
「ごめんなさいね。遠乗りは好きなんだけど、国を越えるほどじゃないの」
夫が意を決する顔で私を見つめる。
馬鹿に付き合うとはこういう事か、とか思っているのだろう。
「お義母様の愛は国を越えたけど」
「そして君も越える」
「……こうわじょうわくから説明して」
私はワインを煽り、夫のグラスにもたっぷり注いだ。
「喧嘩した国同士が仲直りし、もう喧嘩やめようと約束するのが、講和だ」
「わかりやすい」
「賠償金と領土分配を決める、その約束が、条約」
「わかった」
「賠償金はわかるのか?」
「お金でしょ。お金よ」
続けて、と手振りで示す。
「母と私を守るためトラウゴットは多額の賠償金を払い、領土を返した」
「で、もう一回、講和条約を結ぶのよね?」
「母を亡命させ、私が身分を証し、トラウゴットの王位継承権を得る」
「……本気?」
「ああ。酷い結婚をさせてすまなかった」
「それって私の家族も危なくない?」
「もちろん、手を尽くす」
私は手をあげた。
「あながた国を裏切って、あっちからこの国と講和を結ぶの?」
「そうだ」
「そんな事できる?」
「今ならできる。ミルスカ帝国が攻めてくる今、いがみ合うより手を組む方が生き残る確率が上がる」
「相手はミルスカなの!? ヤバイじゃない!」
いくら私でも世界制覇を謳う大帝国の名前くらいは、知っている。
子供の頃、父と軍隊の人形ごっこで遊んだ時、私は何度もミルスカを倒した。
まさか現実になるなんて。
「ああ、そういう私について来れる強い女だと思ったから、君を選んだ」
「光栄よ」
口でそう言っても困惑しかない。
婚約破棄されたと思ったら、噂の仮面の公爵様に求婚されて、公爵夫人になったと思ったら敵国の王子の妻で、これから戦争が始まる。
「あなたに議会に出ろと言えって手紙が来てるわ」
「君に来たか。こちらで国政に関われば諜報活動だと思われ、最悪、命を狙われる」
「だと思う」
「黙って向こうに渡り、態勢を整えてから動くつもりだった」
「それがいい」
事態はどうあれ、夫の決断はいちいち腑に落ちた。
そして私は非常にスリリングな立場だ。私の母なら、卒倒して、目が覚めてから号泣しているだろう。そう考えると、私は姑の度胸がすごく好き。
「あれ? 待って?」
私は改めて夫の目を見つめた。
「あなた、私を連れて行きたくなくなったって言ってた?」
「ああ」
「なんでよ」
「君を危険に晒すくらいなら実家に返す」
「なんでよ!」
「君が可愛い。何かあったら、生きていけない」
「勝手に殺さないで!」
大声をあげたところで、夫の決意は変わらないと、目を見ればわかる。
せっかく始まったロマンスが音を立てて崩れていく感じに、目頭が熱くなった。
「子供はどうするの?」
「産みたいのか?」
「産みたいわよ!」
「サラ。今から戦争が始まるんだ。幼い王子はすくすく育つ事もあれば、暗殺される事もある。未来の王を産んだ君も同じだ」
「だから? あなたのお母様にできても私にはできないって?」
「君を守りたいんだ」
私は椅子を蹴って立ち上がると、夫の手を取って談話室を出た。
そして鎧と鉄兜が両脇に仰々しく立っている中央の階段まで辿り着くと、まず片方から剣を抜いて反対側まで歩き、夫の手を離してまた剣を抜いた。
「サラ?」
戸惑う夫の足元に剣を投げる。
「構えなさい、オリヴァー・ヤン・フェダーク。私を連れて行くべきだって教えてあげる」
「ぁえ?」
しばらくぼぉーっとしていたら、夫が真顔で訊ねてきた。
「隠していてすまない」
「それはいいわよ。教えてくれたし」
「……ああ、君はそういう女だ」
「だって、私の姑は、国王の弟と結婚したのに戦争中に敵国の大公とデキて、その子を夫の子供かつ国王の甥として育てたんでしょう? 隠すわよ、死ぬもの」
「理解してくれてありがとう」
「一応確認したいんだけど、囚われてむりやり……とかじゃないわよね?」
「大恋愛した」
「あー。わかった」
私の母も悲劇のヒロインぶる女だけど、こっちも相当だわ。
「わかったけど、どうするの? 戦争始まるんでしょ? どことは聞いてないけど」
「トラウゴットと講和条約を新たに結び直し同盟国となって迎え撃つ」
「こうわじょうやく?」
「本気か?」
「ごめんなさいね。遠乗りは好きなんだけど、国を越えるほどじゃないの」
夫が意を決する顔で私を見つめる。
馬鹿に付き合うとはこういう事か、とか思っているのだろう。
「お義母様の愛は国を越えたけど」
「そして君も越える」
「……こうわじょうわくから説明して」
私はワインを煽り、夫のグラスにもたっぷり注いだ。
「喧嘩した国同士が仲直りし、もう喧嘩やめようと約束するのが、講和だ」
「わかりやすい」
「賠償金と領土分配を決める、その約束が、条約」
「わかった」
「賠償金はわかるのか?」
「お金でしょ。お金よ」
続けて、と手振りで示す。
「母と私を守るためトラウゴットは多額の賠償金を払い、領土を返した」
「で、もう一回、講和条約を結ぶのよね?」
「母を亡命させ、私が身分を証し、トラウゴットの王位継承権を得る」
「……本気?」
「ああ。酷い結婚をさせてすまなかった」
「それって私の家族も危なくない?」
「もちろん、手を尽くす」
私は手をあげた。
「あながた国を裏切って、あっちからこの国と講和を結ぶの?」
「そうだ」
「そんな事できる?」
「今ならできる。ミルスカ帝国が攻めてくる今、いがみ合うより手を組む方が生き残る確率が上がる」
「相手はミルスカなの!? ヤバイじゃない!」
いくら私でも世界制覇を謳う大帝国の名前くらいは、知っている。
子供の頃、父と軍隊の人形ごっこで遊んだ時、私は何度もミルスカを倒した。
まさか現実になるなんて。
「ああ、そういう私について来れる強い女だと思ったから、君を選んだ」
「光栄よ」
口でそう言っても困惑しかない。
婚約破棄されたと思ったら、噂の仮面の公爵様に求婚されて、公爵夫人になったと思ったら敵国の王子の妻で、これから戦争が始まる。
「あなたに議会に出ろと言えって手紙が来てるわ」
「君に来たか。こちらで国政に関われば諜報活動だと思われ、最悪、命を狙われる」
「だと思う」
「黙って向こうに渡り、態勢を整えてから動くつもりだった」
「それがいい」
事態はどうあれ、夫の決断はいちいち腑に落ちた。
そして私は非常にスリリングな立場だ。私の母なら、卒倒して、目が覚めてから号泣しているだろう。そう考えると、私は姑の度胸がすごく好き。
「あれ? 待って?」
私は改めて夫の目を見つめた。
「あなた、私を連れて行きたくなくなったって言ってた?」
「ああ」
「なんでよ」
「君を危険に晒すくらいなら実家に返す」
「なんでよ!」
「君が可愛い。何かあったら、生きていけない」
「勝手に殺さないで!」
大声をあげたところで、夫の決意は変わらないと、目を見ればわかる。
せっかく始まったロマンスが音を立てて崩れていく感じに、目頭が熱くなった。
「子供はどうするの?」
「産みたいのか?」
「産みたいわよ!」
「サラ。今から戦争が始まるんだ。幼い王子はすくすく育つ事もあれば、暗殺される事もある。未来の王を産んだ君も同じだ」
「だから? あなたのお母様にできても私にはできないって?」
「君を守りたいんだ」
私は椅子を蹴って立ち上がると、夫の手を取って談話室を出た。
そして鎧と鉄兜が両脇に仰々しく立っている中央の階段まで辿り着くと、まず片方から剣を抜いて反対側まで歩き、夫の手を離してまた剣を抜いた。
「サラ?」
戸惑う夫の足元に剣を投げる。
「構えなさい、オリヴァー・ヤン・フェダーク。私を連れて行くべきだって教えてあげる」
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