閉ざされた診察室
『閉ざされた診察室』
その町の診療所では、奇妙な噂が広がっていた。
「夜中に、誰もいないはずの診察室で足音がする」
看護師の佐倉(さくら)は、その噂を信じていなかった。
診療所は古いが、幽霊が出るような場所ではない。
だが、ある夜、遅番だった彼女は確かに聞いたのだ。
――コツ、コツ、コツ。
診察室の奥から、ゆっくり歩くような音。
「先生?」
返事はない。
恐る恐るドアを開けると、診察室には誰もいなかった。
机の上にあったのは、患者のカルテが一冊だけ。
そこに書かれていた名前は、
三年前に亡くなったはずの患者だった。
翌日、佐倉は院長にその話をした。
院長は一瞬だけ顔をこわばらせ、こう言った。
「古いカルテは処分したはずだ。気のせいだろう」
だが佐倉は納得できなかった。
夜、もう一度診察室を調べると、床に白い粉が落ちているのに気づいた。
それは――
チョークの粉だった。
診察室には黒板などない。
では、どこから?
彼女は古い記録室を調べた。
そこには使われていない小さな部屋があり、
壁一面に、チョークで文字が書かれていた。
「私は殺された」
震える手で調べると、
三年前に亡くなった患者は、
“自然死”と処理されていたが、
実際は薬の量を誤って投与されていた可能性があった。
そのミスを隠したのが――
当時の担当医、つまり今の院長だった。
足音の正体は幽霊ではない。
夜ごとに記録室へ通い、
証拠を消そうとしていた院長のものだった。
佐倉は警察に通報した。
数日後、院長は姿を消し、
診療所は閉鎖された。
それ以来、夜の診察室で足音が聞こえることはなくなった。
ただ一つ、壁に残った文字だけが、
今も薄く消えずに残っている。
「私は殺された」
――それは、真実を暴いた者への
最後の証言だった。
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