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しおりを挟むそんな感じで攻略を後回しにし続けていたら3年が経ってしまった。
卒業を控え、婚約者ルーカスはシナリオ通りにアイリスに好意を抱いている。このままいくと、ひと月後の卒業式後のパーティで断罪される。
「ねーねーベレニス? このままだとキミ、断罪されて追放だけどいいノ?」
「良くないわよ」
「ねーねーベレニス? 未だに攻略対象たちの好感度は0だし、ポイントが0になってるけど大丈夫ソ?」
「全っ然良くないわ!」
庭園のテラスでひとり、私は項垂れる。
この3年の間、困っている人を見つける度に、アイテムを使って助けてしまった。誰彼構わず、惜しみなく。
教科書を忘れた生徒のために教科書を買ってあげる、といったちょっとした手助けはもちろんのこと、自然災害が起きたときはポイントで宝石やドレスを買って売り、そのお金を寄付した。最近は、貧民街に食べ物を配りに行ったりしている。本来は攻略対象に使うはずだったのに。
5年で貯めたポイントは少し前に底を尽き、そのまま今日になってしまった。
そして遂に、卒業式のパーティーの日を迎えた。
(今日私は……断罪される)
卒業式が終わり、パーティー会場の広間に入る前で私は躊躇していた。
この大扉をくぐった先で、断罪が始まる。大勢の人たちの前で、糾弾され、捨てられ、恥をかかされる。
でも不思議と後悔はない。攻略対象に媚びを売る数年間より、自分が助けたいと思う相手にポイントを使った日々の方がずっとよかった。たとえ追放されたとしても、これで満足だ。
するとジークがやって来て、こちらに声をかけた。彼はブローチを拾って以来、ずっと親しくしてきた。彼は今でも探し物のブローチを見つけてやったことを恩に感じている。恩があるせいか、彼はやたらと私に親切にし、甘やかしてくる。
「ベレニス様。ルーカス王太子殿下とご一緒ではないんですか?」
「ええ。あの人はアイリス様といるわ」
「アイリス様……? 王太子殿下の婚約者はあなたなのに」
彼は、婚約者であるルーカスが、大事な式典後のパーティーでエスコートしていないことを不審がっている。
「以前も言ったでしょう? ルーカス様はアイリス様に心変わりされているって。ねぇ、ジーク。あなたは私が犯罪者……になっても、友達でいてくれる?」
「犯罪者って……。今日、何が起ころうとしているって言うんです?」
「私はこれから――断罪されて、惨めに捨てられるのよ。ふふ、おかしいでしょ?」
作り笑いを浮かべて伝えると、ジークは目を見開いた。
「私が悪いの。王太子殿下ともっと向き合うように努力してきたら、何かを変えられたかもしれないのに……。逃げてしまったから」
ルーカスが心変わりし、私を断罪する未来を知っていた。そんな彼に媚びを売るなんて嫌だったし、自分が助かるためだけに別の誰かの心を繋ぎ止めるように努力する気持ちになれなかった。こうなったのは自分の責任だ。
するとジークは、私の手を取って自分の腕をかけた。私がひとりで人前に出て恥を晒さないように、エスコートしてくれるようだ。
「――あなたは胸を張って、いつものように堂々としていたらいい。何の罪もないのですから」
「ジーク……?」
「あなたは優しく素晴らしい女性です。僕は絶対に味方ですから」
一瞬、彼の瞳に、敵を見据える闘士のような鋭さが見えた。
広間に入ると、まもなく予想通りに断罪が始まった。
攻略対象たちの好感度は0のまま。唯一ゲームのシナリオと違うのは、隣にジークがいること。けれど彼は平民で、ルーカスたち高位貴族を相手にどうこうできる立場ではないから、守ってはもらえないだろう。
それでも、ジークがいてくれるだけで不思議と安心する。
「ベレニス。貴様との婚約を破棄し、国外追放を命じるっ!」
ルーカスが声高らかに宣言すると、人々はざわめいた。
彼の傍で、このゲームのヒロインであるアイリスが、しおらしげに泣いていた。
彼は言った。私がアイリスを陰で執拗にいじめ続けていたのだと。
確かに実際の乙女ゲームの中で、ベレニスはアイリスをいじめていたけど、今の私はアイリスとまともに話したこともなかった。しかし彼は、乙女ゲームのシナリオ通りのことがあたかも起きたかのように思い込んでいて。
そしてルーカスは、ベレニスと婚約破棄する代わりにアイリスを婚約者に据えると続けた。
(どんなに言い訳をしたところでどうせ、あることないことでっち上げられて、私は追放される。……ならいっそ、黙っていよう)
私はひと言も反発せずに、ルーカスの告発の内容を静かに聞いていた。
あまりに落ち着いた私の態度に、彼は動揺する。
「お、おい……何か言い返したらどうだ? どうして何も言わずに黙ってるんだ!」
「断罪を受け入れます」
「…………は?」
にこりと微笑みを浮かべて答える私に、鳩が豆鉄砲を食ったような反応をするルーカス。
私はもう、限りある時間を好きに過ごしてきた。これで満足だ。追放は嫌だとみっともなく喚くより、潔く引こう。それで終わりにしてほしい。だって、面倒なことは嫌いだから。
「王太子殿下はこの国の象徴のような存在であらせられます。ですから、殿下の意思は国家の意思。私は……従うほかありません」
それが、どんな理不尽な内容であったとしても。
「はっ。話が早くて助かる。ああ、貴様とはこれきりだ。おい誰か! その者をつまみ出せ!」
ルーカスは勝ち誇ったかのようにほくそ笑み、騎士たちに命じる。それを見て、やっぱり彼を攻略するために時間を無駄にしなくてよかったと心底思った。どうも私は、彼の人間性を好きになれない。隣にいるヒロインのアイリスも、分かりやすく満足気な様子だ。他人の婚約者を奪い取った、勝者の表情だろうか。
ずっと隣で断罪を聞いていたジークは、今どんな顔をしているのだろう。きっと、私のことを哀れみ、同情しているに違いない。そう思ってちらりと見上げれば、彼は見たことがないくらい怒った顔をしていた。
彼は私と目が合うと、いつものように柔らかく目を細めて、大丈夫ですよと囁く。
「殿下。僕はこの断罪に異議を申し立てます」
「なっ……!?」
「僕だけではありません。この場にいる多くの生徒たちが、この断罪を批判するはずです。異論を唱える人はいますか? この場における発言の責任はこの僕、ジークハルト・リングキースが引き受けましょう」
一瞬、耳を疑った。いや、私だけではなく、ここにいる誰もが驚いている。なぜなら、リングキースは隣国の王族の姓だから。ジークハルトは乳児のころに連れ去られて行方不明だった王子だと説明した。
(ジークが、お、王子様なんて……)
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