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 自称妖精は、名前をシャロと名乗った。
 シャロたち妖精族は神の使いで、死んだ人間の魂を扱うという。死んだ魂をより良い形で転生させるのために、人間を異世界に転生させて、いかに生きるか観察しデータを集める。その研究のひとつが、シャロが担当する乙女ゲームとやらが舞台の異世界らしい。

 シャロはルサレテの周りを旋回し、身振り手振りで話を続けた。

「本当の被験者はペトロニラだったんだけど、階段から落っこちた拍子にプレイヤーが入れ替わっちゃったみたいなんダ。研究所本部に問い合せたところ、今回は特例としてこのまま検証ゾッコーになったってワケ!」
「は、はぁ……」

 乙女ゲームが何なのか分からず、頭に疑問符ばかり浮かべるルサレテ。

「まずはとにかく、キミに前世の記憶を思い出してもらってからじゃないと話は始まらないネ。これはボクからの初回特典ということデ!」
「え……?」

 シャロがルサレテの額に触れると、光を放つと同時に、膨大な記憶が頭の中を流れた。両手で頭を抱え、その場にうずくまる。

(思い……出した……)

 ルサレテは前世で日本人だった。
 小さいときから病気がちで、長生きはできなかったのだが、死ぬ前に今いる世界が舞台の乙女ゲームをプレイしていたことを思い出した。
 ヒロインのペトロニラが四人の攻略対象の誰かとの恋愛を楽しむというもの。ルサレテはゲームには名前しか登場しない、いわゆる脇役だ。

 ペトロニラも転生者で、この世界に来る前に乙女ゲーム転生者プログラムの被験者に選ばれていた。前世の記憶を保持したままゲームの世界に転生したものの、ペトロニラの攻略は難航していた。

「ペトロニラは強欲で大変だったヨ。ボクにもしょっちゅう怒鳴るシ」

 シャロは不服そうに腕を組む。
 彼女は全員から好かれてハーレムを作ろうとしていたが、結局中途半端なところまでしか好感度を上げられず、恋愛関係に発展させられなかったという。
 乙女ゲーム転生プログラムでは、妖精たちがこの異世界に干渉し、実際に起きる出来事をゲームに取り込みオリジナルストーリーとして展開する仕組みになっており、プレイヤーが脇役でも新たなオリジナルストーリーとしてゲームを進行させることが可能だとか。

「このゲームのクリア条件は、攻略対象の誰かの好感度を100にするコト! キミ、このままじゃペトロニラの思い通り、家を追い出され、社交界での立場を失っちゃうヨ? キミはこの検証に付き合うことで、汚名を返上することができるかもしれない。ボクは新しいデータを手に入れられる。win-winだネ!」
「そんなこと言われても……」

 空中ディスプレイを指先で操作して、現在の状況と攻略対象の情報を確認する。
 好感度は-100。これは、とんでもなくハードモードだ。ゲームの開始時は好感度0から始まるのが通常で、それを下回るのなんて前代未聞。
 好感度100が最も好かれている状態なので、-100は……最も嫌われている状態と言えるだろう。

 しかし、このまま何もせずにいたら、シャロが言った通り、家を追い出され、立場を失い、白い目で見られることになるだろう。
 攻略対象の誰かを味方にすれば、最悪を回避できるかもしれないし、未来の新たな可能性を見出せるかもしれない。

「そしてそして! 攻略達成してハッピーエンドを迎えたあかつきには、検証の報酬になんでもひとつ願いを叶えてあげル!」
「なんでも……?」
「妖精デスから」

 得意げにふんと鼻を鳴らしてシャロを見て、おかしくて笑ってしまった。

 それなら、ルサレテがペトロニラに嫌がらせをしていたという誤解を人々から消してもらおうか。それとも、家から出て一生不自由なく暮らせるようにしてもらおうか。

 そんな願望が頭に浮かぶが、それと同時にロアンが咳き込んでいた姿を思い出した。
 画面の人物紹介をタップし、ロアン・ミューレンスのキャラ詳細を確認する。

 筆頭公爵家の嫡男である彼は、美男子というだけではなく、人当たりがよく優しい、文武両道の魅力的な男だった。――しかし、肺を患っており、周囲に持病のことを隠している。彼はゲームのどのエンディングでも、先の人生が短いことがほのめかされていて、全体的に切ないストーリーになっていた。
 そして彼は、前世のルサレテの推しだった。何度も彼のルートをプレイし、切ないストーリーに涙した。

 ルサレテはスカートをぎゅっと握って尋ねる。

「病気を……治すことはできる?」
「――できるヨ」

 妖精の力を使えば、崖っぷちになった自分を救済することができる。それでも、現実に生きている推しのことを見殺しにすることができない。

「……なら、私がゲームをクリアした日には、ロアン・ミューレンスの病気を治してあげて」
「承知! それじゃ、攻略頑張ってネ! どんな結果を見せてくれるか、楽しみにしてるヨ!」

 シャロはくるりと旋回し、光の粒子となって空中ディスプレイに吸い込まれていった。
 かくして、好感度-100の乙女ゲームが開始した。
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