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第二章
ヒロインに成りきれなかった少女①
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(リリー視点)
「私があなたを愛することなんて永遠にないから」
「お前、なんで生まれてきたんだ」
「いてもいなくても変わらない子なんて要らないでしょう?」
やめて、もう、分かったから。だからお願い。これ以上私を否定しないで。
ずっと昔から願っていたことがある。誰かに愛されてみたい。四角い画面の中で誰からも愛されていた「彼女」のように。だから嬉しかった。自分がそうなれたことに気づいたとき、どうしようもなく嬉しくて、涙が止まらなかった。だけど……
「あなたがいなかったらもっと楽なのに。産むんじゃなかったわ、こんな役立たず」
物心がついた頃には耳に馴染んでいた母のこの言葉が私の期待を思い切り打ち砕いた。婚外子で男の子でもない私は両親からは邪魔者でしかなかったのだ。それでも私は懸命に自分を励ました。「彼女」も最初はそうだったんだ。最初から幸せなんて手に入らないんだ。でも私は「彼女」なんだから、きっとあと少しで幸せになれる。だから頑張って耐えよう。それに賢くて綺麗な娘になれたら少しはお母様もお父様もこっちを見てくれるかもしれない。
私は出来る限りの努力をした。家庭教師なんてつけてもらえなかったし、お茶会にも参加させてもらえなかったから、その分本を読んだ。家の書庫にある本を誰もやってこない自分の部屋でただ一人読んでいた。そしてある日一冊の絵本に不思議と目を惹かれた。
「……小さな女の子と、魔法使い?」
なんて事のないただの物語本なのだけれど何故か読むのをやめられなかった。本の中の女の子が少し自分に似ていたからかもしれない。だからその子に幸せになって欲しかった。でも、最後には魔法使いは消えて魔法も解ける。「馬鹿だな」と思った。違うのに。そうじゃないのに。きっと女の子は魔法使いと友達になりたかったのに。それだけでよっぽど幸せになれるのに。
その本を読んで私は分かった。この世には届かない思いが山程ある。なら、願うのはもうやめよう。私は私が知っている世界だけを信じよう。そう、思った。親の愛などもういらない。あと少しすればそんなの気にならなくなるくらいの愛をくれる人たちが現れる。
けれど、私が愛されるはずだった世界は私の知らない世界だった。
最初から何もかもが違ったのだ。頑張って勉強したのに首席にはなれなかった。生徒会には攻略対象以外に知らない女子生徒がいて、何だか攻略対象とも仲が良さそうだった。
そして何より、死んでいるはずの人間がそこにいた。
[とても美しい人だった。藍色の髪に空色の瞳、真っ白な肌で儚い印象を与える人だった。亡くなってしまったがお前のように優しい人だった……]
優しい「彼女」にようやく心を開いた攻略対象の一人のセリフを思い出す。言われたままの姿がそこにいた。見た瞬間何一つ敵わないんじゃないかと思った。私も「彼女」だから綺麗なはずなのに、それを嘲笑うように、恐ろしいほどに、美しかった。あの人の周りで攻略対象もそれ以外の人間達も笑っていた。ここは、あの人が中心の世界なのだ。そう認めてしまうと、それでは私は何のためにここまで生きてきたのかわからなくなった。ここでならやっと誰かに愛してもらえる、救われると思ったのに。私は結局どこに行ったって、ひとり。
まるでせめてもと掴んでいた細い糸を切られてしまったような絶望感に沈んでいた。するとどこからか声が聞こえた。
《お前、苦しいのか》
見渡してみても誰もいない。でも初めて誰かが私の心に歩み寄ろうとしてくれた。だから私はその声の聞くことに何でも答えた。苦しくてどうしようもない胸の内を話せる限り全て話した。全てを聞き終わった後、その声はこう言った。
《なら、私が一緒にいてやろう。お前の思う通りにしてやろう。これでお前はひとりじゃない》
私はその声に頷いた。初めて私という人間を受け入れてもらえたような気がしたのだ。それから、その声は私の中に住み着いた。普段から何かを言うわけではない。眠っているときだけとても優しい言葉をかけてくれる。だから私はあの声に出会ってから驚くほど深く眠ることができた。今までは不安に潰されてしまいそうだった心が、驚くほど軽くなったのだ。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
〈補足〉
「小さな女の子と魔法使い」は番外編の「天使と天使②」でも出てきた本と同じものです。
「私があなたを愛することなんて永遠にないから」
「お前、なんで生まれてきたんだ」
「いてもいなくても変わらない子なんて要らないでしょう?」
やめて、もう、分かったから。だからお願い。これ以上私を否定しないで。
ずっと昔から願っていたことがある。誰かに愛されてみたい。四角い画面の中で誰からも愛されていた「彼女」のように。だから嬉しかった。自分がそうなれたことに気づいたとき、どうしようもなく嬉しくて、涙が止まらなかった。だけど……
「あなたがいなかったらもっと楽なのに。産むんじゃなかったわ、こんな役立たず」
物心がついた頃には耳に馴染んでいた母のこの言葉が私の期待を思い切り打ち砕いた。婚外子で男の子でもない私は両親からは邪魔者でしかなかったのだ。それでも私は懸命に自分を励ました。「彼女」も最初はそうだったんだ。最初から幸せなんて手に入らないんだ。でも私は「彼女」なんだから、きっとあと少しで幸せになれる。だから頑張って耐えよう。それに賢くて綺麗な娘になれたら少しはお母様もお父様もこっちを見てくれるかもしれない。
私は出来る限りの努力をした。家庭教師なんてつけてもらえなかったし、お茶会にも参加させてもらえなかったから、その分本を読んだ。家の書庫にある本を誰もやってこない自分の部屋でただ一人読んでいた。そしてある日一冊の絵本に不思議と目を惹かれた。
「……小さな女の子と、魔法使い?」
なんて事のないただの物語本なのだけれど何故か読むのをやめられなかった。本の中の女の子が少し自分に似ていたからかもしれない。だからその子に幸せになって欲しかった。でも、最後には魔法使いは消えて魔法も解ける。「馬鹿だな」と思った。違うのに。そうじゃないのに。きっと女の子は魔法使いと友達になりたかったのに。それだけでよっぽど幸せになれるのに。
その本を読んで私は分かった。この世には届かない思いが山程ある。なら、願うのはもうやめよう。私は私が知っている世界だけを信じよう。そう、思った。親の愛などもういらない。あと少しすればそんなの気にならなくなるくらいの愛をくれる人たちが現れる。
けれど、私が愛されるはずだった世界は私の知らない世界だった。
最初から何もかもが違ったのだ。頑張って勉強したのに首席にはなれなかった。生徒会には攻略対象以外に知らない女子生徒がいて、何だか攻略対象とも仲が良さそうだった。
そして何より、死んでいるはずの人間がそこにいた。
[とても美しい人だった。藍色の髪に空色の瞳、真っ白な肌で儚い印象を与える人だった。亡くなってしまったがお前のように優しい人だった……]
優しい「彼女」にようやく心を開いた攻略対象の一人のセリフを思い出す。言われたままの姿がそこにいた。見た瞬間何一つ敵わないんじゃないかと思った。私も「彼女」だから綺麗なはずなのに、それを嘲笑うように、恐ろしいほどに、美しかった。あの人の周りで攻略対象もそれ以外の人間達も笑っていた。ここは、あの人が中心の世界なのだ。そう認めてしまうと、それでは私は何のためにここまで生きてきたのかわからなくなった。ここでならやっと誰かに愛してもらえる、救われると思ったのに。私は結局どこに行ったって、ひとり。
まるでせめてもと掴んでいた細い糸を切られてしまったような絶望感に沈んでいた。するとどこからか声が聞こえた。
《お前、苦しいのか》
見渡してみても誰もいない。でも初めて誰かが私の心に歩み寄ろうとしてくれた。だから私はその声の聞くことに何でも答えた。苦しくてどうしようもない胸の内を話せる限り全て話した。全てを聞き終わった後、その声はこう言った。
《なら、私が一緒にいてやろう。お前の思う通りにしてやろう。これでお前はひとりじゃない》
私はその声に頷いた。初めて私という人間を受け入れてもらえたような気がしたのだ。それから、その声は私の中に住み着いた。普段から何かを言うわけではない。眠っているときだけとても優しい言葉をかけてくれる。だから私はあの声に出会ってから驚くほど深く眠ることができた。今までは不安に潰されてしまいそうだった心が、驚くほど軽くなったのだ。
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〈補足〉
「小さな女の子と魔法使い」は番外編の「天使と天使②」でも出てきた本と同じものです。
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