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近衛騎士団編 ~小鬼の王~
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しおりを挟む翌朝、起きて食堂へ行くと、既に大多数の王国騎士団の方は出発をしていた。
昨晩、ケリーとディーナは出立の挨拶をしに来ていた。
朝早く出立するので、会えないだろうからと。
王都に戻ってから、また改めて食事でもしようと約束した。
近衛騎士達も、各々任務に出たようで、まばらだ。
すると、シオンが入ってきた。…騎士服っていつ見ても格好いいわよね、昨日までは鎧付けてたけど、今日はナシなのかしら。
「おはようございます、エンジュ様」
「おはよう、シオン。こんな姿でごめんなさいね」
「いえ、お食事中失礼致しました。同席しても?」
「ええ、どうぞ」
すみません、と一言断って座る。
私がのんびり食事を終え、食後のお茶を一緒する事に。
アナスタシアは、自分の部下を連れて洞窟付近の見回りに出たそうだ。シオンの部下…オルガ君とジェイクさんは、それぞれ数人ずつ連れて、近隣の警戒に。シオンは私もいるので、砦のお留守番。
「外へ出たかったのではない?」
「いえ、そんなことは。砦を守るのも大事な役目ですからね」
「確かに、砦を留守にしていて、帰ってきたら別の方々に占拠されてたは目も当てられないわよね」
「そうですね。まだ重症の騎士も数人います。傷自体は塞がってはいますが、失った血液までは充分に戻りませんからね。
神殿の巫女達が回復魔法で癒してくれましたが、こればかりはなんともなりません。療養させ、移動に問題がなくなるまではここに残らせます」
「え、そうなの?」
「はい、そういうものですよ」
…そうか、そういうものなんだ。
私が使ってる回復魔法、アレもそうなのかな?
大怪我をしている人を治した事がないからなあ。以前にディーナに完全治癒魔法を使ったが、あの時は怪我というよりも脳震盪を治す意味合いが強かったし。
確かに失った血液まで戻せるんなら、なんでもありよね。
増血剤なんてものがあるとは思えないし、となるとお肉?肝臓とか?私好きじゃないのよねー…
私がしかめっ面になったのに気づいたのか、シオンが心配そうになる。
「エンジュ様?何か?」
「あ、いいえ、大したことではないの。血液が足りないんだとすると、お肉とか肝臓とか食べさせないとね、と思っただけ。私、肝臓って苦手なのよね」
「・・・肝臓?ですか?」
「ん?・・・食べ・・・た事、ない?」
「基本的に、あまり内蔵は食用ではないと思いますが・・・」
おっと…?こちらの世界って、内臓系はたべないのね?ということはホルモンも食べないの?
そうか、生の肉とかを食べる文化がないのかも?
魚も生で出てくるのってないものね。マリネにするのもスモークサーモンみたいのだったし。
私はカルパッチョ食べたかったから、セバスとマートンを説得して、清潔魔法を応用して寄生虫とか雑菌を無くして食べるという力技を使ったけど。
そもそも内臓系を食べないのなら、肝臓パテ、なんかも食べないか。いや、食べたくないから提案しないけど。
「エンジュ様、それも諸外国を回っていた時の食文化ですか?」
「え、ええ、そうね。海が近い所は、結構生の魚をそのまま捌いて食べる所も多いし」
「そう、なのですか。エル・エレミアではないですね。
生の食べ物といえば、果物くらいですからね」
嘘は付いてません。だって蓬琳に行く時だって、新鮮な魚のお刺身食べてたもの。…限られた所でしか食べない文化って言ってたけど。私は好きで食べてましたよ!お刺身!
しかし、肉を食べさせないとならない、というのは当たりのようだ。となると?狩りにいくしかないのかもね。森も近いし、鹿とかいたりしないのかしらね。
キッチンに目を向ければ、セバスとシェフさんがやたら熱の入った指導をしているように見える。
…もちろん指導しているのはセバス。何を教えているのかは謎だけど。
「狩り、ですか。確かに肉類はないとまずいですね。騎士団にも食べ盛りが多いですから」
「備蓄自体はどうなの?」
「ある程度は持ってきてはいるんですが。一度、近くの村や町に出て、仕入れないといけませんね。半月からひと月はいないといけなさそうなので。さすがにそこまでの備蓄はありませんし」
「なら、狩りに行きませんか?」
「今なら手頃な魔物が近くにいますよ」
「ターニャ?ライラ?」
「手頃な、魔物、ですか?」
お茶のお代わりを持ってきた2人。
もうメイド姿である。昨日まではまだ動きやすそうな冒険者のような格好だったのだが、本日はいつも通りだ。
2人とも、ぺこりとシオンに向かって挨拶。
「御無沙汰しております、カイナス伯爵様」
「御挨拶が遅れまして、失礼致しました」
「いえ、そんな事はありませんよ。・・・貴方達もエンジュ様の護衛として来ていたのですね」
「はい」
「身の回りのお世話もさせて頂いております」
「そうですか」
少しだけ、懐かしむような目をしているシオン。
『コーネリア』の侍女として会っている2人。
今後、いつどこで会うかわからないし、今は私の侍女です、と挨拶しておくに越したことはない。
シオンは瞬きひとつで切り替えて、2人に問いかける。
「手頃な魔物・・・という事ですが、もしかして豚人ですか?」
「そうなんです、小鬼がいなくなったからか、数匹近くにいますよ」
「10匹くらいでしょうか、小物ですね」
「こもっ、・・・豚人の群れが小物、なのか・・・」
さらりと話す2人に、シオンはちょっと口ごもる。
すみません、うちのメイド達は少しおかしいんです。
ターニャはニコニコ、と私を見る。
「エンジュ様が良ければ、プチッと倒してきますよ?豚人肉は生姜焼きが美味しいですもんね!」
「いえ、豚人ならば、角煮でしょう」
「えー?ライラは意外と脂のある物が好きですよねえ」
「たまには、というだけです」
食事談義が始まってしまった。
生姜焼きも角煮も、元々は私が食べたくて作ったものだ。
蓬琳にいた頃は、小さな離宮にいたので、ミニキッチンがあったからだ。その時は材料を仕入れてもらって、たまに私が料理をしたりしていた。
…人の作ったご飯は美味しいが、たまには自分の好みの味付けのご飯が食べたかったんです!
白米もいっぱいあったし、土鍋ごはんが食べたかったんだ!
その時に、生姜焼きも角煮も作ったのだが、ターニャとライラは私の料理にハマってしまい、色々と作ってはレシピを書きとっていた。気づいたら、レシピ本として編集していたのだから驚きだ。
もちろん、そのレシピは蓬琳より戻ってから、セバスやマートンの知る所となり、色々とアレンジがされている。美味しいからいいんですけどね。
あまりの事に、呆気にとられているシオン。
そこへセバスが出てきて、ターニャ達の話を聞くとあっさりとこう言った。
「なるほど、では狩って来るとしましょうか」
「えっ!?あの、執事殿?」
「ご心配には及びません、狩るのはこの2人で充分ですから。
ターニャ、ライラ、行きなさい。きちんと処理をしてからこちらへ運ぶように」
「はーい、わかりましたぁ」
「かしこまりました」
「えっ?いや、あの?我々も出ますよ?」
「いえ、大丈夫ですよ。解体もしてきますから。持ち運びはマジックバッグを使いますので人手は要りませんし」
「そうですよぅ、カイナス伯爵?ではお夕飯は美味しいご馳走ですからね!楽しみにして下さい!」
「今後の備蓄にもなりましょう、お待ちを」
では、と2人はどこかにお出かけにでも行くかのように出ていった。もちろんメイド姿で。
「あ、あの?エンジュ様?」
「もう何言っても無駄だから待ってるわ、私」
「・・・そう、ですかね」
「セバスもあのシェフさんとお料理話が弾んでるみたいだし。・・・どうしようかしらね、回復薬の作成でも出来るといいんだけど、さすがに調合器具持ってきてないわね」
「・・・そうなんですね、これが通常なんですね。
エンジュ様がたまに驚くような事を言うのは、こういう事なんですね」
「こういう日常なのよ。わかるでしょ?」
「肝に、命じます」
ははは、と乾いた笑いのシオン。
アナスタシアがいるから慣れてると思うんだけど。
もちろん、夕食はとても騎士の皆さんにも好評でした。
ちゃんと大怪我をした人達も食べたそうだ。
不思議なのが、シェフさんが私を見る目が…なにかキラキラしてるのはなぜなんだろう…?私何もしてないわよね?
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