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近衛騎士団編 ~小鬼の王~
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しおりを挟む「さて」
アナスタシア様が一言口に出す。
そして俺の方を見た。…ここは気を利かせるべきか。
「では、私はこれにて。一度休みます」
「・・・いや、ここにいろ。セバス、報告を」
「かしこまりました」
出ていけ、ということではなかったのか?
恐らくアナスタシア様と、執事殿の間での報告があるのだろうと思ったがらアナスタシア様は俺にも『同席しろ』と仰せだ。
アナスタシア様の後ろに立つと、アナスタシア様は隣の席を示した。
「お前も疲れているだろう。座れ」
「・・・すみません、失礼します」
「セバス、報告を」
「かしこまりました。では」
その執事殿が話す内容は、信じ難い物だった。
小鬼の王が出現した?
しかもそれを、エンジュ様が倒した、だって?
一体どうやって?あの魔法を使って、か?
「成程。流石はエンジュだな」
「待ってください、アナスタシア様!小鬼の王出現もそうですが、エンジュ様が倒したなどと・・・」
「あの方には『魔法』以外にも身を守る手段がお有りです。詳しく話す訳にも参りませんが、心配はいりません」
「エンジュは?休んでいるのか」
「はい、かなり大掛かりに魔法をお使いでしたので。先に湯を使って頂き、お休みに。後で食事をお持ちします」
「そうか、ゆっくり休ませてくれ。明日は引き上げるのだろう?」
「はい、そのつもりです。アナスタシア様達は如何致しますか」
「先に王国騎士達を返し、私達は周りの安全を確かめてから帰還する。近隣の村も見回らなければならんからな」
「・・・そうですね、小鬼の群れがいなくなったとはいえ、魔物分布にも多少は変化があるでしょう。見廻りつつ、帰還します」
「かしこまりました。ではエンジュ様にお願いし、魔術研究所より冒険者ギルドへこちらの地域の探索の依頼を出して頂く事と致しましょう」
「そうだな、それがいい。騎士がうろつくよりも、ギルドの冒険者の方が村人達には馴染み深いだろう。カイナスもそれでいいな?」
「はい、異論はありません」
「ならば、エンジュ様に依頼する役目はカイナス伯爵にお願いする事と致しましょう」
「はい?」
何故、そこで俺にお鉢が回ってくると言うのか。
アナスタシア様も好きにしろ、と何も言わない。
しかし、執事殿はにこやかに俺に言ってくる。
「カイナス伯爵もお疲れでは?エンジュ様は回復薬の備蓄をお持ちですよ」
「・・・、なるほど。では後でお伺いさせていただきます」
「はい。お食事を一緒にいかがですか?
食堂でもいいのですが、2階のテラスも良いものですよ」
「分かりました、それまでに汗を落としてこようと思います。
・・・退席をお許し願えますか?」
「ああ、少し休め。言っておくが、不埒な事をしようとしたら、・・・わかっているな?」
「わかっております」
全く、いつぞやもそんな事を釘刺されたような。
戦った後に女性が欲しい、という事もなくはないが、こんな時にそういった事を考える程堕ちてはいない。
執事殿もお人が悪い。…だが、確かに回復薬のストックが少なくなっていた。
王国騎士の備蓄も心もとないので、頼る訳にもいかない。この後数週間は近衛騎士達がこの砦に滞在するだろうが、今の俺達の備蓄では少し不安があるのも事実だ。
アナスタシア様からお願いするのもいいだろうが、俺からの依頼の方が少しは体裁が保てるだろう。
エンジュ様はアナスタシア様からのお願いなら、度を超えて叶えそうだからな。
さて、失礼がないように身だしなみを整えないと、な。
********************
目が覚めると、薄闇が部屋を支配していた。
窓を見れば、日が落ちてからまもなく、といった頃か。
砦へと戻り、湯を使ってストンと寝てしまった。
思ったよりも召喚獣の扱いは、神経を使うようだ。これも慣れないといけないな。研究所に戻ったら、少し召喚獣の扱いを考えよう。これではイザという時に使い物にならなさそうだ。
ベットを降りれば、直ぐにターニャが入ってきた。
灯りを付けて、私の着替えを手伝ってくれる。
…こちらに来た頃はこれが慣れなくて、自分でやっていたのだけれど、『メイドの仕事が無くなります』と何度も言われてからはある程度任せるようにした。
ドレスの時は分かるんだけど、普通の服の時は良くない?と思いはするのだが、もう何も言わない方がスムーズである。
「エンジュ様、お食事の用意ができてますよ」
「そう、よかった。お腹空いてるわ」
「はい、カイナス伯爵がお待ちです」
「・・・なんでそこでシオンが出てくるの?ていうか、帰ってきているの?」
「はい、エンジュ様がお戻りになってから、一刻後にお戻りです。なんでもエンジュ様にお話したい事がある様なので、ゆっくり食事されながらどうかと」
「そう、わかったわ」
なんだろう、話って。
…小鬼の王の事ですか?
逃がしちゃいました、とか言っていいのかしら?どうなの?
それとなくターニャに聞くと、『小鬼の王のお話は、セバスチャンさんからお話されたとの事ですし、話さなくても宜しいと思いますよ』と言っていた。
…よし、誤魔化そう。逃したことはお口チャックだ。後はセバスに聞いてと流しましょう。
食堂かと思ったら、テラスのようになっている所へ。
魔力灯が付いているため、ちょっとした休憩にはもってこいなのかもしれない。
「ごめんなさい、お待たせした?」
「いえ、私も先に頂いていましたので」
杯を持ち上げるシオン。どうやらアルコール度数の低い果実酒らしい。小鬼対策がひと段落した、という事で、今日は食堂でも皆にお酒が振る舞われているようだ。
もちろん見張りに立つ人もいるので、ほんの少しのようだが。
私が座ると、ライラが私にも果実酒を用意してくれた。
林檎酒、かな?
「では、お疲れ様会ということで」
「はい、乾杯ですね。エンジュ様もお疲れ様でした」
ひと口、果実酒で喉を潤す。
お料理はそこまで手の込んだものではなく、お肉のソテーに、粉吹き芋。スープにパン、といった普通の品だ。
しかし、シオンは粉吹き芋をしげしげと眺めている。
…まさか粉吹き芋って、普通食べないの?
「どうか、した?」
「・・・いえ、こうやって食べるのは初めてでして。簡単に見えますが、美味しいですね」
「えーと?お芋はいつもフライ、とか?」
「基本的にはそうですね。騎士団の食堂でも、芋はフライばかりかもしれません。これは…茹でてある、のですかね」
「・・・そ、そうね」
「・・・ああなるほど。タロットワーク仕込みのメニューでしたか。ソテーにしても、簡素に見えますがしっかり味が付いていて美味しいですね、疲れた身には助かりますよ」
いや、肉のソテーも普通に塩とガーリックじゃない?
疲れた騎士達が多いから、少し塩分強めに作ってるだろうけど。
私、タロットワーク別邸でしか主に食事しないし、屋台街でも見た目や匂いで食べる屋台決めてるから、普通の店で出る食事ってした事がないかも…?
貴族の食卓、ってもしかしたらとっても味気ないのかしら。そう考えると、初めてこっちに来てからよく『国王にレシピを教えていいか』と聞かれたのも頷ける。
食事の間は当たり障りのない世間話だったが、食後にまた果実酒を飲んでいる時に本題が来た。
「・・・さて、心苦しいのですが、色気のないお話をさせてもらいますね」
「あら、何かしら?カイナス副団長」
「・・・そう呼ばれるのは些か寂しいですね。
エンジュ・タロットワーク様。現在お持ちの回復薬を譲って頂けますでしょうか。対価は近衛騎士団よりお支払い致します」
「構わないけれど・・・?」
「ありがとうございます。明日より、王国騎士団に付いては王都へ帰還させます。動かすのが難しい者は後日。
近衛騎士団は数週間こちらへ滞在し、小鬼達の残党狩りや付近の偵察等に当たります」
「そう、だから回復薬ね。近衛の備蓄も心もとなくなる事もあるでしょう。私が今、手持ちである分をお譲りします。対価は後日で結構です」
「ありがとうございます、助かります。
私も王都へ戻り次第、魔術研究所へお伺い致します」
近衛騎士達に回復要員がいるとはいえ、回復薬の方が使い勝手はいいのだろう。
何があるかわからないし、回復魔法の遣い手を疲弊させるわけにもいかないだろうし。
今回あまり使っていないし、手持ちの物は全部預けていいかもしれない。使った分だけ買い取ってもらえばいいのだものね。
シオンは真剣な顔を少し緩め、優しい目になってこちらを見た。
「・・・エンジュ様、いつかのお誘いは有効ですか?」
「え?」
「観劇にお誘いしたい、という話です。
俺が王都へ戻ったら、正式にお誘いしてもいいですか?」
「あら、まだ公演しているの?もう終わってしまったかと思っていたわ」
「・・・いえ、あの時のものは終わったのですが。
あれから兄から次々と送ってくるようになりまして。さすがに1度も行かないのも断りの理由にならないので」
「そ、そうなのね」
「・・・義姉上が、とある劇団の後援者活動にハマってしまったようでして」
「・・・一度くらい行けば、面子も立つわよね」
「おそらく、そうですね」
ちょっぴり目が泳いでいる所をみると、かなり入れ込んでいるのかも…もしかして、その劇団って〇塚みたいなやつだったりして。
アレってハマるっていうからね。…私も見た事なかったけど。
この騒動が終わったらの約束をし、食事会はお開きに。
シオンに付いて近衛騎士達の集まる所へ行き、ドサドサと回復薬を出すと何故か途中から焦って止められた。
「え、エンジュ様!その位で!」
「まだあるけど?」
「いえ!もう充分です!!!」
「うわ、すげ」
「やはり『塔の主』ともなると破格ですね」
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