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獣人族編~時代の風~
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しおりを挟むとりあえず、現状は把握できた。
しかし、私にできる事はないのである。
むしろ、頭を突っ込んではならないと思うんです。
オリアナが出ていき、オルドブラン閣下達を呼びに行った。
きっとティーセットを持って戻ってくるはず。
「・・・で、どうするのよ」
「なにも?」
「・・・意外ね、静観するの?」
「できる事は何もないわ。この国の事はこの国の人が責任を持つべきでしょう?
『前に進む』も『後ろに引く』も、本人達で掴み、選び取るべきだわ。
何時だったか、貴方もそうしたでしょう?キャズ?」
「承知いたしました、エンジュ様」
きょとん、とした後に苦笑して格好つけるキャズ。
貴方が私を選び、『タロットワークの騎士』として前へ進む事を選んでくれた。
どうしようもない選択肢であったけれど、怯むことなく、貴方は1番最初に私の手を取る事を選んでくれた。忘れてない。
あの時とは違うけれど、この国の人達も同じように選ぶ時が来ているのだろう。
これまで通りを選ぶのか、見知らぬ未来を選ぶのか。
困難はあるだろうが、選ぶのはこの国の人でなくてはならない。
数分もしない内に、オルドブラン閣下がメイドさんを連れて戻ってきた。お茶を用意してくれる間にフェンイルさんも合流。…私にお茶を入れているのはオリアナです。人の仕事取っちゃダメでしょう…。
「お待たせして申し訳ない。では話を再開しましょうか」
「ええ、そうしましょう。
とは言っても、我々の用事はもう済んだものです。
私はフェンイルさんを送ってきただけなので」
「その件に関しては感謝してもし切れませんな。
ああそうそう、レディはフェンイルに頼み事をしているとか」
「え?」
「・・・俺の代わりの、モフモフを、と」
「あっ」
確かに言った。
フェンイルさんいなくなるなら、代わりに癒しを振りまいてくれるモフモフを探さねば、と。
…しかしこの状況でこの話題を持ち出すとは。
「え、あの。・・・来てくれそうな人、いるかしら?」
「・・・諦めてなかったんですかエンジュ様」
「いる事は、いる」
「えっ!」
「えっ?」
期待する私と、呆れたようなキャズの声が一致。
しかしいるんだ、そんな候補。魔術研究所の番犬代わりになってくれるってことかしら。警備員的な?
フェンイルさんは神妙な顔をして話し出した。
「候補、としているのは、俺の弟だ」
「えっ」
「・・・あの、それは、さすがに」
「この話は、すでに父上にもしている。
俺が国を不在にしている間に産まれた弟で、父上の子ではない」
「・・・よろしいのですか、閣下」
「・・・」
なんとはなしに察した私と、もう黙るしかないキャズ。
『父上の子ではない』という事は?
フェンイルさんの母親が、別の男性との間にできた子供という事だ。
次いでオルドブラン閣下より聞いた話。フェンイルさんの母親は、フェンイルさんが国外追放…された後にオルドブラン閣下の元から離れたらしい。
誘拐されて出国した、のだと思っていたが、当時の獣人連合では『国外追放された』とまことしやかに伝わってしまったそうだ。
本当の事が大々的に伝えられた訳ではなく、噂話として。
「すみません、聞いてた話と大分違うんですけど」
「あの当時は、フェンイルだけでなく国を離れた者が多く、内政も慌ただしかったが故に誤解されたまま噂として広まっていってしまった。撤回しようにも広がりすぎた噂はどんどん形を変えていき、どうしようもなくなってしまった。
それでも、フェンイルもすぐに戻るだろうと思っていればこの有様です」
「この国は『真実』よりも『事実』が何より勝る場合がある。
俺の誘拐劇も同じという事だ。・・・戻って来られなければ今もなお、俺は『追放者』という事だったろう」
「フェンイルの母親・・・ロキシーはある日突然屋敷からいなくなっていた。私も忙しさ故に屋敷にあまり帰っていなかった事から発覚が遅れた。
行方が知れたのは、数年前だ。子供の天狼族を連れて戻ってきた。・・・戻ってきてから数ヶ月して、ロキシーは天に召されたが」
まさかの子連れ帰宅パターン。
しかも本人お亡くなりになってらっしゃる…
でもよく弟って認識したのね、フェンイルさん。天狼族にしかわからない繋がりでもあるのかしら?
それを問いかければ、その通り、との答えが。
「天狼族には、同じ種族の相手を認識できる能力がある。
間違いなく、弟は俺の母親の子であるし、だが父上の子ではない。
俺にとっては弟だが、父上にとっては・・・」
「それでも亡き妻の子である事に代わりはない」
「・・・お待ちください、その子をエンジュ様にお預けするというのは何故ですか?」
ようやくキャズが機能しました。
入っちゃ悪いかなー?と思っていたらしいが、ここは聞くべきだと判断したらしい。
確かに、オルドブラン閣下が『血の繋がりなくても我が子』としているのであれば、ここで養育すればいいのでは?
「弟は、人化できん」
「え?」
「それだけでなく、同族同士の念話もできんようだ」
「・・・フェンイルさん?どうやって意思疎通したのかしら」
「はっきりとは、していない。だが、向こうの様子から俺を慕っている・・・らしいことはわかる」
「らしい?」
「らしい、だ」
落ちる沈黙。
フェンイルさんは下向いてるし、オルドブラン閣下については瞑目状態。
…確かに意思疎通が無理なら、様子で判断するしかない?
すると、なにやら廊下がザワザワしている。
遠くに犬っぽい鳴き声も。
「何か騒がしいですね」
「見てこい、フェンイル」
オリアナの呟きに、オルドブラン閣下からフェンイルさんへ確認してくるように声をかける。
その間にもザワザワは大きくなりつつあり、フェンイルさんが扉を開けると白い毛玉が飛び込んできた。
「っ、お前!抜け出したのか!」
「わんわんわん!」
ぐるぐるぐる!とフェンイルさんの周りを駆け回る小さな子犬。ふっさふさのしっぽがブンブン振られている。
…はい、懐かれてますね。かなり。
後ろから髪の毛や服がボサボサになっている職員が数名。
『申し訳ありません』『止めたんですけど素早くて』『押さえつけるのも可哀想で』となんとか止めようとした気概は感じる。
その間も小さな子犬はフェンイルさんの周りをしっぽフリフリしながらくっ付いていた。
なんだろう、小鹿ちゃんを思い出すわ…元気かしら世界樹の守護者。たまにセバスのところに来ているらしいけど。
健闘したであろう職員達に労いの言葉をかけ、扉を閉めたフェンイルさん。ぐりぐりと子犬の頭を撫でると、こちらを申し訳なさそうに向いた。
「すまない、騒がせた。これがその・・・おい!」
「わんわんわん!」
小さな子犬はフェンイルさんを見習い、私達の方を向くと、今度は一目散に私のところへ。
飛びかかったりはしていないが、足元へ来ていわゆる『抱っこ!抱っこ!』とでもいうように前脚を上げてお強請りポーズ。めっちゃ可愛い。
「・・・豆柴にしか見えない」
「え?何です?マメ?」
「あっいやこっちの話よ」
ホントにサイズ豆柴。体毛色は茶色じゃないから柴犬ではないが。
獣姿のフェルと同じく、白い毛色にお腹の辺りに薄ら青い毛並みが見える。大きくなればもっとラインが入って、天狼族らしくなる…のか?
現状、スピッツ犬…豆柴…白い毛並みの小型犬…
キャズもオリアナも、私の足元で一生懸命に抱っこをせがむポーズを繰り返している子犬を眺めている。
飛びかかりでもすれば止めるのだろうが、微妙なところでぴょこぴょこ動いているので手を出しずらい様子。
フェンイルさんも『…慣れる人がいるのか』と驚いている様子。
「・・・よいしょ」
「わん!」
「大人しいわね」
「わん」
「君のお名前は?」
「わおん」
「・・・わかんないわね」
「くぅん」
スライムの時のようにミラクル起きるか…?と思ったけど無理でした。でもフェルの時もそうだったけどね。本人喋れてましたけど、あえて喋らなかっただけで。
私に持ち上げられた子犬はプラーン、と脱力して大人しくしている。
…あれ、そういえばスライム見てないけどどこ行った?
獣人連合に来てからはあまり見かけず、空気と化していたのだが…。まあ夜は宿でぽよんぽよん跳ねていたのは見かけたが。何しろあの子、隠遁使ってどこかに行ったりするから見えないのよね…
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