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第二章 ジュディ・マックイーン
14.黒い手紙
しおりを挟む初仕事をやって退けてくたくたで帰宅した私の元へ、夫が死んだこと、そしてそれが不運な酔っ払い運転による事故であったことが簡潔に記された手紙が届いていた。
黒い封筒に白い便箋。
タイプされた文字からは筆跡も読み取れない。
ご丁寧に「婦人に見せられる状態ではないため遺体はこちらで埋葬する」と書かれた紙を、私は元通りに折りたたむ。白い長方形の便箋の右下に押された印は、この街の役場が発行したことを示すものだ。
昨日の朝はいつも通りに家を出た主人が、こうも簡単に死んでしまうものなのだろうか。しかし、結婚当初の自分ならともかく、今の私にはもう何の感情も湧かなかった。
ただ、頻繁に掛かっていた無言電話の正体が判明して、夫の遺した借金の肩代わりをすることになっただけ。生活レベルは落ちるかも知れないけれど、時間はこれまで以上に自由に使えそうだ。少し睡眠が減るかもしれないけれど、べつにどうってことない。
働き口として案内された場所が、歓楽街の外れにひっそりと佇む娼館であることは少し自分を動揺させたけれど、客たちは意外にも優しかった。むしろ同業の女たちから向けられる好奇の目の方が、恐ろしい。
(………疲れたわ)
気付けば時計の針はもう日を跨ごうとしている。
明日は休みをもらっている。
夫の葬儀を行う必要がある、と話すと店を管理する小太りの店主は理解を示してくれた。遺体はないし、急な訃報を聞いて来る人間がどれほど居るのかは分からない。
通例であれば、葬儀の知らせは朝刊の片隅にひっそりと掲載される。役所からの手紙によると明日の新聞には載るようだから、運悪くその不幸な知らせを見つけた人は私の元を訪れるのだろう。不動産を営んでいたベンシモンのことだ、無駄に多くの人が訪ねて来る可能性もある。結婚式に来た人数よりも、その数は多いかもしれない。人間はそういった可哀想な話が大好きだから。
ベンシモンの会社の従業員にも私から連絡するべきなのだろうか。夕刻に来た借金の取立て屋は、不動産の会社は今日すでに廃業になっていたと言っていた。きっと彼らは連絡の取れないベンシモンを心配して先ず店に赴き、張り紙か何かを見たのだろう。
役所の人間は、我が家のポストに手紙を投函するよりも先に、彼の営む会社を訪問したということだろうか。それとも何処からか事故に関する情報が漏れて、慌てた従業員が責任感から店仕舞いを行ったか。
よく分からない。
この眠たい頭では、まともな思考は出来ない。
五年もの結婚生活を共に過ごしたのに、私はあまりにも彼の仕事に関して無知だった。経営が悪化して借金をしていたことすら知らなかった。
知っていたらどうという話ではないけれど、このところ妙に家で不機嫌だったベンシモンはこうした問題に対するストレスを抱えていたのかもしれない。
誕生日や結婚記念日が祝われなくなったのも、ひとえに彼が多忙を極めていたからかもしれない。私の趣味に意地悪を言ったのも、もしかすると彼には本当にそんな時間が無かったからで……
(だったら何だって言うの…もう、どうだって良いわ)
大きなあくびを一つして私はベッドに横たわる。
そして、すべての問題を明日の自分に押し付けて眠った。
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